第六話 『星神再び』
ソラは扉を開けて先に進んだ。その空間には何もなく、ただ白い風景が続いているだけだった。
歩き始めてから少ししたところで突然扉が閉まり、彼がいる部屋は暗くなって、プラネタリウムのように夜空を映し始めた。そして、彼の前には、不気味な祭司の服を着た男が立っていた。
「やあ、ソラ。また会えたね。どちらかといえば僕が会いにきた、というか君を僕に会わせにきたと言うべきかな」
「え……誰だっけ…?」
ソラは首を傾げた。ソラが目の前の男のことを思い出そうとしているのを見て、なぜかその男は笑った。
「記憶を消しておいてみたから覚えてないのも当然だね。ただ、この名前には聞き覚えがあるはずだよ。星神-ステラ」
「星神…なんか聞いたことはあるな。でもこの世界の神って七曜の七人しかいないんじゃないのか?なんか俺は例外で別の属性の魔力があるらしいんだが」
「正確には僕を入れて八人だね。僕の加護を受けている人間がほとんどいないだけで、星の魔力を持つものは君以外にも存在するよ」
同じ時代には存在しないだけでね、とステラは付け加えた。
「つまり、俺はお前の加護を受けているってことか?ていうか、お前本当に神なのか?なんか俺みたいな普通の人間の前にでてきちゃってるし、胡散臭いし」
「『胡散臭い』って前回会った時も言われたね、やっぱりちょっと傷つくなあ。まあ前回の記憶はないんだろうけど」
「……前回ってさっきからお前言ってるけど、お前俺の記憶消したのか。神様おっかねーな。なんか都合の悪いことでも聞いたか?俺この世界に来てからまだ二日しか経ってないけど」
「まあ、君が別の世界から来たことと、僕の加護を受けていることには関係があるとは言っておこうか。僕は君に興味があるんだよ」
そう言ってステラは『胡散臭い』笑みを浮かべた。
「げぇ、神様からナンパかよ、しかも男の。そんなことより、俺は”試練”とやらを受けに来たんだ。その”試練”はお前が出してくるのか、星神。できれば早く終わらせたいんでね、簡単に頼むぜ」
ソラがそう尋ねると、ステラは首を横に振って答えた。
「いや、僕はこの試練とはあんまり関係ないよ」
「え?」
「この部屋にあふれている星の神気を通じて君に会いに来ただけだよ。まあ目的は君を止めるためだけど」
「なんでだ?俺がこの先に進むことに関してお前に何か問題あるのか?」
「問題大ありさ。まず、君がこのまま進んだら、間違いなく死ぬ。僕が与えた”超再生能力”をもってしてもね。先にある強大な魔力源から出ている星の魔力に押し潰されて、ぐっちゃぐちゃになっちゃう」
「死に方怖っ!!確かに死ぬのは嫌だけど…俺が死ぬことで何かお前が困ることでもあるのか?」
「それが困るんだよねえ。理由は、今は話す必要はないかな」
ステラは、ソラの問いかけを軽く受け流した。ソラは、ステラのこの返答をどうしてもいぶかしまずにはいられなかった。
「やっぱ胡散臭えな、お前。悪いが約束があるんでね、先に進ませてもらうぜ」
「いや、忠告は聞いてもらおう。聞いてもらうというか、無理やり帰らせるというか…。まあいいや、帰って」
「”嫌だ”と言ったら……って、おわっ!?」
ステラの手の動きに合わせてソラは突然宙に浮き、扉の方向に”落下”し始めた。
「それじゃ、また会おうね、ソラ。外で何か変なことが起こっているみたいだけど、頑張ってね」
「変なこと…?」
「あと、今度会うときは、ステラって呼んでくれると嬉しいな」
「そんなことどうでもいいわ!とりあえず何が起こって……うわあああああ!」
後ろにあった扉が開いて、ソラは小さな台に勢いよく激突した。
「いってててて…あの神、なんかうぜえ、胡散臭い、嫌い」
「オマエ、どうしたのよ。”試練”は失敗したのかしら?」
「ああ…でもまだ挑戦できるみたいだし、俺もまだまだいける…」
もう一度、とソラが試練に挑もうとしたとき、突然この部屋に来る時に使った廊下が燃え始め、凄まじい熱風と共に、キュアノスが倒したはずの炎の精霊が現れた。
「なんでまたこいつが!?まさかあの隊長が仕留め損なっていたのか?」
ソラはその炎の精霊の姿を見ていた時間は短いが、自分の体に一度穴を開けた相手を忘れるはずもなく、本能的に彼の体が震え始めた。
「なんでこんなところに精霊が来るのかしら?まあ少なくとも善意でここに来たわけではなさそうね。こんな精霊程度、あたしの敵ではないわ」
そんなソラとは対照的に、ルミナは強気に精霊と向き合う。
「ルミナ、気をつけろ!そいつは普通の精霊じゃない!」
「そんなこと関係ないわ。あたしはエルフなのよ。人間なんかより長く魔法を使い、極めてきた者なのよ。多少強いくらいじゃ、問題ないのよ」
「アノカタノ、モトメシモノ……!」
「…?」
「なんだ、コイツ…?」
精霊の話す言葉には力が入っていたが、以前よりはっきり喋ることができていない。
「コロス…コロス…!」
片言の敵意の言葉を放った精霊は、ソラに向かって魔法を打つモーションをした。
しかし、その魔法は放たれることはなかった。
部屋の天井に大きな穴が開き、大量の水が精霊の上に降り注いだ。ジュワッと水が蒸発するような音がした後発生した霧の中に、二人の人影があった。
「まったく、こんなすぐに復活するとは思わなかったよ。ますます火神が関わっている可能性が高まったかな」
「それでも復活したてだからでしょうか、前回より簡単に倒せましたね」
「シリウス、キュアノス!」
「あ、ソラ!やっと見つけたわ。…と、その子は?」
「こいつはルミナ。この遺跡の中で出会った、迷宮の主の親友らしいエルフだ」
「へえ、じゃあ何百年もここに通い続けているのか。もしくは、ここに住んでいるかだけど」
キュアノスはルミナの方を見た。そのルミナの目は、敵意に満ちていた。
「…この男以外は帰ってもらえるかしら。これ以上はここを破壊してほしくないのよ」
「そうかい、それはすまない。けれど、その子を置いていくわけにはいかないな。何かその子が必要なのかい?」
「オマエらには関係のない話なのよ」
ルミナはなぜかキュアノスを突き放そうとする話し方だった。当然ソラはそのことに疑問を抱いた。
「ちょっとまてよ、ルミナ。そこまで警戒しないでくれ。この二人はこの国の魔法騎士団の人だ。水色の髪の方は隊長をやっているんだぜ、信用はできる」
「それでも関係ないわ。あの倉庫から先は、選ばれし人間じゃない者には入ってほしくないのよ」
「…わかった、なら私たちは帰らせてもらおう。その子も連れてね」
キュアノスはこれ以上ルミナを刺激しない方がいいと判断し、引き上げる決断をした。しかし、ソラはそのことに不安そうな顔をしていた。
「でもキュアノス、それじゃあ…」
「ああ、定期的に君がここに通うことは許すよ。でもとりあえず、今日は撤収かな。というわけで、帰るよ」
「ああ、ありがとう。……悪いな、ルミナ。また来るから、そんなに心配しないでくれ。次こそ”試練”を突破してやるから」
「……」
ルミナはソラの気遣いを無視し、俯いたまま無言でいた。やはり悲しそうな表情をしていた。
「じゃあ、二人とも行こうか。報告は、後で聞くからね」
キュアノスはそう呼びかけて、先に歩いて行き、シリウスはその後に続いた。ソラは少しの間無言でいたルミナを見ていたが、やがて二人が歩いて行った道を追いかけて行った。