第五話 『八つの扉』
「俺の、力を、借りたい…?」
「ええ、そうよ。オマエじゃないとダメなことなの」
ソラは、今自分の目の前に座っている少女が言っている言葉の意味が理解できなかった。言葉そのものの意味はもちろん理解できる。しかし、何故彼女がそうしたいのか、何故自分にある能力を確かめたのか、その意図がソラにはまったく読めなかった。
彼がこの状況でわかっていることは、さっき彼の腕を切り飛ばした少女が、彼の中に秘められいている、彼自身は分かっていなかった力を欲して助けを求めているということだけだった。
「…急に腕を切られた相手に、助けてほしいなんて言われても、返答に困るんだが」
「…オマエじゃないといけないとは言ったけれど、別に星の魔力がある者なら誰でもいいはずなのよ。だから、オマエが拒否するなら、無理強いはしないわ。また何百年も待つだけ…時間は永遠に近いほどあるもの」
そう言って少女は明らかに悲しそうな表情をした。
ソラは、その少女のことを見つめ、考えた。その少女は、明らかに悪事を働いた。見ず知らずの会ったばかりの相手を突然傷つけた。これは許されるべきではないことだ。しかし、この少女の精神はもう限界に近いのかもしれない、とソラは思った。三百年も、もういない友人との約束を守るため、来ないかもしれない人間を待ち続けた。その間、ずっと寂しかっただろうし、自分では何もできないもどかしさに潰されそうな日も続いたのだろう。これだけ長い時間をこのような気持ちで生きてきたら、こんなふうになるのは不思議ではない。
そんなふうに考えたら、ソラはこのエルフの少女のことを見捨てられるはずはなかった。偽善ではなく、本心から、救いになりたいと彼は思っていた。
「…俺にできるなら」
「……?」
「………いいぜ、そこまで言うなら手伝ってやる。本当に俺の力でいいんだよな」
「…なんで、どうして?別に嫌なら協力しなくても…」
「なんかお前の話を聞いていた限り、大切な友達との大切な約束なんだろ?別にそれくらいなら手伝ってやるよ」
「………そう、じゃあお願いするわ」
その少女はそう言った後、少し顔を赤らめて小声でつぶやいた。
「…本当によくわからない人間もいるものだわ」
「ん、どうした?」
「なんでもないのよ。ほら、さっさと目的地に行くわよ」
「もしかして俺に惚れちゃった?残念ながら、俺はロリコンじゃないからな。性的対象としてお前を見ることはできないぜ」
「気持ち悪いのよ!あんまりうるさいともう一回腕を切り落とすわよ」
「おお怖っ!でもほんとに切られそうだからこれ以上はやめときますぅ。でもなんか小動物みたいでかわいい……」
「切るわよ」
「ごめんなさい調子に乗りました!」
そんなふうに明るくふざけようとするソラに、少女は悪い気はしなかった。しかし、その少女はソラを見ているのではなく、ソラを通じて他の誰かを見ているようだった。
「まったく……ほら、ついたわよ。ここでオマエの力を借りたいのよ」
「ええ、なにここ…」
彼らがたどり着いたのは、円形の部屋だった。その部屋の八方にそれぞれ扉があり、それぞれ別の色のマークが描いてある。そして、部屋の中心には小さな台があり、その上には七つの宝石が置いてある。
「この扉は別の空間につながっていて、その先で試練のようなものを受けることでこの宝石を手に入れることができるのよ。この宝石を八つ全て集めると一部分だけ過去を変えることのできる“時の石”が手に入るの」
「なるほど。じゃあ別に俺を呼ぶ必要はなかったんじゃないか?」
「そこで問題があって、それぞれの扉に描かれているマークと一致する魔力の持ち主でないと入れないのよ。それなのに、今まで星の魔力の持ち主は、一人もこの迷宮に来なかった。そこで、オマエがここに来てやっと可能性ができたのよ」
「もしかして、俺ってものすごく特殊な人間ってこと?なんか嬉しいような…」
ソラは、そのことを異世界の住民の特権のように考え、ちょっと嬉しそうに照れた。そんなソラを見た後、少女は改めてソラに聞いた。
「今一度問うわ。オマエは本当に試練を受けてくれるのかしら?命の保証もないし、引き返すなら今しかないのよ」
「ああ。ちょっと不安だが、やるって言ってしまった以上、ここで引くのは男として恥ずかしいからな。あと、俺には“超再生能力”があるらしいからな。普通の人間よりはしぶとく生きて帰ってくるぜ」
「本当に、わけがわからないわね。けれど、感謝するわ。中で何があるのかはわからないけれど、オマエが宝石を持って帰ってくることを待っているわ」
少女はようやくソラに笑みを見せた。
「なあ、ひとつ聞きたいんだが、お前はその“時の石”とやらで何をするつもりなんだ?」
「…オマエには関係のない本当に些細なことよ。けれど、協力してくれるのだもの。試練に勝って帰ってきたら、教えてやるのよ」
「ケチだな〜、まあいいさ。それじゃ、行ってくるぜ。えっと…そういえば、お前の名前は聞いてなかったな。名前、教えてくれよ」
「…ルミナ。ルミナ・フルミーネよ」
「そうか。いい名前だな」
そう言って、ソラはもう一度ルミナに笑顔を見せた。そして扉の取手に手をかけ、ゆっくりと開けてその先に進んだ。