第三話 『大倉庫』
ソラは自分から最も近い距離にいるゴーストの正面に立ち、自身の知っているマンガのキャラクターをイメージして短剣を構えた。
「意外と正面に立ってみるとでかいな、このゴースト」
ゴーストの見た目は、空中に浮いている火の玉に手がついているような感じである。遠くからだと人魂に見えるが、その実際の大きさはソラの半分ほどあった。
「大体こういうのはあれだ。魔力は大河の水のように、ゆっくり流していく感じってやつだ」
ソラは深呼吸してから短剣を強く握り、おなかに力を入れて魔力が流れていくようなイメージをした。すると、心なしか剣にオーラがまとったように彼は思えてきた。あくまでも彼がそう思っているだけである。
「なんかいい感じな気がする...!キュアノス教えるのほんとに下手だったけど、俺才能あるからいけちゃうやつか、コレ?」
やはりこういう状況になると、なぜか急に自信がわいてくるソラである(異世界だからだろうか)。彼は短剣で目の前のゴーストに切りかかった。
しかし、彼の攻撃はゴーストに当たることなく通り抜けていった。ソラが自分の剣を見つめて思考を停止ししている間に、ゴーストの目の前に大きな死神の鎌のようなものが現れた。ゴーストは手でそれをつかみ、ソラに向かって大きく振りかぶった。
「やばいやばいやばいごめんなさいごめんなさいどうか命だけは...!!」
ソラはこのまま立ち向かうのはさすがに自殺行為だと感じ、持ち前の逃げ足の早さで真後ろに逃げていった。
「はぁ、また全力逃走しちまったぜ...。それにしても意外と広いなここ。もしかしてこの落とし穴の道が正規ルートってことか?」
ソラは息を整えてまた歩き始めると、扉のある壁を見つけた。扉は少し開いており、中には松明の火の明かりが見えた。
中に入ってみると、野球場レベルに広いスペースに、倉庫のように木箱や棚が並んでいた。そのうちの一部の、特に本だけが並べられている棚がソラの目に入った。本棚がある部分だけを切り抜けば図書館のようにも見えなくはなかった。
ソラはこの世界の本が気になったので、その”図書館”のある部分に向かって歩いて行った。
「なんかいろいろな本があるな。今まで読書とか全然してこなかったけど、なんか貴重な情報とかありそうだし、読んでみるか。......そもそも俺ってこの世界の文字読めるのか?会話は問題なくできるけど...」
本棚には、大小や新旧さまざまな本が置いてあった。布に書かれている古いもの、手帳サイズだが非常に分厚いものなど、この世の本が全て集められているのではないかと思うくらい、たくさんの本がある。
ソラは、その中から自分が興味のある星の観察のような挿絵が書いてある本を見つけた。彼がその本に手をのばしたとき、横から聞き覚えのない声が聞こえた。
「そこのオマエ、勝手に本に触らないで頂戴。そもそもここに人間の客を招いたことなどないはずなのだけど」
「……なんか既視感あるなこの構図」
ソラは、シリウスに会った昨日のことを思い出したが、その声はまだ幼い少女のものだった。ソラが声のした方を向いて見ると、案の定そこには見た目的には九歳〜十歳くらいの見た目の女の子が立っていた。彼女の髪は金髪で長く、艶があった。また、彼女の眼はエメラルドのような青に近い緑色をしており、どこか引き込まれるような美しさがあった。
「人間がこの大倉庫に何の用なのよ?そもそもどうやってここに辿り着いたのかしら?」
「まるでお前人間じゃないような言いようだな……」
その少女はその見た目の年歳に似合わない無愛想な話し方で、彼女が知りたいことを端的に聞いてきた。人間と同じような見た目をしているが、神秘的な雰囲気の少女を、ソラは質問を聞き流して見つめていた。
「…よく見たらお前の耳長いな。ということはまさかお前エルフか?本当に人間じゃないパターンだったか!」
「うるさいわね、そんなことはどうでもいいのよ。オマエはなんのためにここに来てどんな手段でここにきたのかを答えなさい。返答次第ではオマエの命がなくなるわよ」
「おお怖!エルフ怖!まあ隠すつもりもないし、隠しても意味もないから話すけどよ。俺はホシノ・ソラ。この地下迷路に騎士になるための訓練として何故か閉じ込められた可哀想なやつだ。どうやってきたのかは……まあ迷路の中で落とし穴に落ちたってことでいいのかな。どうだ、殺す要素ないだろ?」
「いや、ありえないわ、そんなこと。ありえないのよ。そもそもこの迷宮に落とし穴は存在しないわ。オマエが落ちたのは本来この迷宮の主が招いた者のためにしか開かない通路なのよ。第一…」
何か言いかけて、その少女は口ごもった。
「なるほど、この話の流れだとこの遺跡の主はお前じゃないってことになるな」
「……この迷宮の主はもう三百年も前に死んだわ。そいつの代わりにあたしがここを管理しているというわけなのよ。あたしが他人を招くときは別の道を使ってここに連れてくるのよ。だけどあいつはいつも、オマエが通ってきたあの通路を使っていた。つまり、死んだはずのあいつが、三百年の時を待ってオマエを招き入れたということになるのよ」
少女は、昔のことを思い出して俯いた。その顔はソラにははっきりとは見えなかったが、どこか寂しそうな雰囲気だった。
「それで、お前はその落とし穴を自由に動かせないのか?」
「ええ、そうなのよ。だからこそ不可解なのよ。あいつが死んだ後にわざわざ人間のオマエを選んで連れてくるなんてありえないのよ………」
彼女はそう言うと黙って考え込んでしまった。ソラは、改めてこの大倉庫を見回してみた。見渡す限りに色々なものが置いてある。全部見て回ったら日が暮れそうなほどだ。地下なので日は見えないのだが。
少しすると、少女の顔がソラの方を向いた。
「………そうか、そうなのよ、そういうことなのよ。オマエ、少し実験に付き合ってくれないかしら」
「ん、実験?どんな……」
ソラが続きを話すより前に、彼の腕がエルフの少女の手から出た稲妻によって切断されて飛んでいった。
「痛っっっっっ!?!?!?…てめぇ…なに…しやがる………!?」
「実験よ。オマエの体に関する実験なのよ。安心するのよ。あたしは他人が苦しむ姿を自分から進んでは見たくないの。すぐに気絶はさせてやるわ」
そう言って彼女は指先をソラの方を向け、空中を軽く弾くと、ソラは崩れ落ちるように倒れた。