第一話 『魔力』
「なにこれ、めちゃくちゃウマい!」
ソラはシリウスに案内され、彼ら以外誰もいない昼下がりの食堂で、彼の異世界生活初めての食事を楽しんでいた。といっても、彼が食堂で食べていたものは、シリウスが騎士団内の売店で買ってきた丸いパンであり、元いた世界のものとほとんど変わらないものだった。
「ここの騎士団のパン屋さんはね、三百年以上変わらぬみんなに愛される味で、ずっと人気なんだって」
「へえ〜三百年もお店続いてるのか。…ん?それって三百年間ずっとあのお店のパンを食べ続けてる人…いやもうそれひとじゃないけど、がいるってことか?長命の種族とかもいるんだろうな〜、さすが異世界」
「でも、三百年も同じ味って普通に考えてあり得ないわよね。なんかそういうパン作りの技術を受け継ぐ魔法とかがあるのかしら?」
「ちなみにあそこの店主さんはずっとあの人から変わってないよ、三百年間」
シリウスの席の後ろには、なぜか髪の毛が少しボサボサなキュアノスがいた。
「ふぇ!!?た、隊長!もうお仕事終わったんですか?」
「お前隊長にビビりすぎだろ…。それより、三百年店主が変わってないってどういうことだ?」
「あの人はエルフなんだよ。成長速度が人間とは全然違ってね、あれだけ長いことパン屋を経営していても、彼女はかなり若い方のエルフらしいね」
ソラは、そのパン屋の店主の方を見た。すると、長い耳を見つけて、彼自身の知っているエルフ像とあまり変わらないな、という感想を抱いた。
「なるほど、エルフか……。ほんとに異世界って感じ」
「……なるほど。シリウスの報告通り、君は別の世界から来たような発言をしているね」
「その件については信じなくてもいいけどよ…」
そう言って少し悲しげな顔をして、ソラは再び黙々とパンを食べ始めた。彼は、異世界のことについてこの世界の住民に話しても、信じてもらえないのが普通だともうすでに割り切っていた。
「……いや、十分とは言えないが、信じられる要素がある。私が見た限り、君の魔力は特殊で、今までに見たことのないような不思議な性質をしている」
「それって、どういうことだ?」
「理由まではよくわからないけど、君は普通じゃないってことさ」
「なんかその言い方ちょっと傷つく!けど、そもそも俺に魔力なんかあるのか?もしかして俺も魔法を使えるってこと…!?」
「そもそもどんな生物は生まれた時から微量でも魔力をもっているのよ。だから、どんな人でも修行すれば魔法は使えるようになるものなの」
「マジか…!俺もついに憧れの魔法が使える!どんな魔法が使えるようになるんだ?あの炎野郎が使ってたやつとか、二人が使ってた水系魔法ってやつか?やっぱり俺は空とか飛んでみてえなあ。名前ソラだし」
「まあまあ落ち着いて。魔法には七属性あって、それぞれ七曜の神々の加護を受けて使えるようになるの」
「七曜の神々?」
「やっぱり知らないのね。その名の通り、この国で崇められている、七曜…日月火水木金土の神々のことよ。たとえば私と隊長は、水の神であるアクアマリンの加護を受けて魔法を使えるようになっているの」
「なるほどね。じゃあ俺の属性はなんだ?何の魔法が使えるんだ?」
ソラは、小さな子供のように心をわくわくさせてシリウスに聞いた。しかし、シリウスは横に首を振った。
「私じゃ一般人程度の微弱な魔力の属性はわからないの。だから、隊長の”目”で見てもらって」
「何か特別なものなのか、その海みたいに青い目」
ソラは改めてキュアノスの目を見た。その目をずっと眺めていると、深い海の底に引きずり込まれそうな気がした。
「そうだね。この目は”水鏡の目”と言って、特に水神の加護を強く受け、水魔法を極める域まで達した者のみがもっている目だね。今の王国には持ち主は私しかいない。能力としては、見た対象の魔力に関するありとあらゆる情報を観測できるといった感じかな。そして、さっき言った通り、君はとても不思議な魔力の持ち主なんだ。七属性のどこにも属さない、謎の属性……。これはやはり……」
「?」
「星、神」
「星の、神……?」
(星神…?なんかどこかで聞いたことあるような……。全く思い出せねえ…)
「おっとすまない。今のことは忘れてくれて構わないよ。ほとんど憶測に近いことなんだ」
キュアノスは今の発言を取り消そうとしたが、ソラは、なぜかその星神のことが気になって仕方がなかった。
「なあシリウス、星神って、本当に存在するのか?」
「わからないけど、いわゆる忌むべき存在として言われている時代、地域もあったわ」
「へぇ〜…………ってことは、俺七曜属性の魔法どれも使えないってこと!?それすなわち俺の魔法ライフ敗北確定!?」
「…ちょっとなにを言っているのかわからないが、誰でも身体強化魔法や武術魔法は使えるようになる。まあ頑張って修行すればの話だけどね」
ソラのノリはどうしても会話の中で浮いてしまうことがわかり、彼はこのノリを抑えようと決心した。
「キュアノス、いや隊長、俺を鍛えて強くしてください!お願いします!」
「なんか急に態度が改まったんだけど……まあ別に、私は構わないよ」
「え…?思ったよりすんなり……」
「昨夜不審な魔獣災害が突然各地で起こり始めてね。その事件の一環だと思われるあの遺跡の崩壊に居合わせて生きて帰ってきた君を利用しないわけにはいかないだろう?騎士団に入りたいって言ったのは君だし、しっかりと働いてもらうからね」
キュアノスの顔には謎の笑顔が浮かんでいた。
「え?」
「キュアノス隊長から直々に指導されるなんてよかったわね、ソラ。きっと明日からはぐっすりと眠れるわよ」
「えええ……!?」
こうして、戦える騎士になるためのソラの修行が始まった。