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6.過去への手がかり

 佐藤岬は図書室の奥深くにあるアーカイブスペースで、黄ばんだ新聞の切り抜きを眺めていた。埃っぽい空気が鼻をつき、古い紙の匂いが漂う薄暗い部屋は、時間という海に沈んだ難破船の中。


「二十年前の高杉女学院……失踪事件?」


 岬の指が、黄ばんだ新聞の見出しをなぞる。その動きは、過去の謎を解き明かそうとする探偵のようだった。


『高杉女学院で女子生徒が失踪。捜査は難航』


 記事の日付は、ちょうど二十年前の今日だった。岬は首を傾げた。その仕草は、記憶の中の霧を払おうとしているようでいて、同時に何か恐ろしいものを見たくないかのようでもあった。


(どうして私、この学校のことを全然覚えていないんだろう)


 岬の記憶の中で、自分の小学生時代はぼんやりとしていた。両親に聞いても、「あなたは転校が多かったのよ」と言うだけで、詳しいことは教えてくれない。その返答は、霧の向こうに隠された真実を覆い隠すベールだった。


 そんな思いに浸っていると、背後から声がかかった。


「佐藤先生、こんなところで何をしているんですか?」


 振り返ると、そこには鈴木久美子校長の姿があった。その突然の出現に、岬は心臓が口から飛び出しそうになった。校長の微笑みは優しげでありながら、どこか不自然さを感じさせた。


「あ、校長先生。これは……」


 岬は慌てて新聞を隠そうとしたが、鈴木の鋭い目はそれを見逃さなかった。その眼差しは、闇夜に光る猫の目のように、岬の心の奥底まで見透かしている。


「二十年前の事件ですか。懐かしいですね」


 鈴木の表情が、一瞬だけ歪んだ。その歪みは、平穏な水面に落とされた一粒の石。それが岬の心に波紋を広げた。


「あの事件のことを知っているんですか?」


「ええ、もちろん。当時、私もこの学校の教師でしたから」


 鈴木は深いため息をついた。その息は、長年封印されていた何かが解き放たれるかのようだった。


「あれは、本当に悲しい出来事でした」


 鈴木校長の声は低く、どこか遠い場所から聞こえてくる気がした。


「今でも、毎年この時期になると胸が痛みます。あの日の悲鳴が聞こえてくる気がして……」


 岬は、勇気を振り絞って質問した。その勇気は、暗闇に差し込む一筋の光。


「失踪した生徒さんは、見つかったんでしょうか?」


 鈴木の目が、一瞬だけ冷たく光った。


「残念ながら……ね。でも、佐藤先生。過去のことにあまり拘泥(こうでい)するのは良くありませんよ。今を生きる生徒たちのために、力を尽くしましょう」


 そう言うと、鈴木は立ち去ってしまった。岬は、なぜか背筋が凍るような感覚に襲われ、氷の刃が背中を這う感触がする。


 その日の放課後、岬は再び高橋玲奈を呼び止めた。


「玲奈さん、ちょっといいかしら」


「はい、先生。何でしょうか?」


「実は、二十年前の失踪事件のことを調べているの。何か知っていることはない?」


 玲奈は、少し困ったような表情を浮かべた。その表情は、秘密を抱えた人特有の曖昧さを帯びていた。彼女の瞳の奥に、何か言いたくても言えないものが潜んでいるようだった。

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