4.不気味な夜回り
「佐藤先生、今夜、一緒に旧校舎を見回ってもらえませんか?」
中村健太が真剣な表情で岬に告げた。その目には、決意と同時に、何か測りかねるものが潜んでいた。
「え?」
「最近の噂のせいで、夜に旧校舎に忍び込む生徒が増えているんです。危険ですからね」
岬は戸惑いを隠せなかった。夜の旧校舎。噂の舞台に足を踏み入れることへの不安が胸をよぎる。闇に潜む何かに飲み込まれそうな感覚がする。
「わ、わかりました。お手伝いします」
自分の声が震えているのが分かった。その震えは、これから起こる何かを予感させるものだった。
夜の帳が降りた頃、岬と中村は旧校舎に足を踏み入れた。懐中電灯の細い光が、二人の行く手を照らしている。しかし、その光は闇を照らすどころか、むしろ周囲の闇をより濃密にし、無数の影が彼らを取り囲んでいるような錯覚を引き起こしていた。
「こちらです。三階に上がりましょう」
中村の後を追いながら、岬は息を殺していた。軋むような音を立てる階段。埃っぽい空気。全てが、岬の不安を掻き立てる。建物自体が生きているような錯覚さえ覚えた。
三階の廊下に着いた時だった。
「聞こえました?」
中村が急に立ち止まる。岬も足を止め、耳を澄ませた。
そして、聞こえた。
「岬……」
かすかな、しかし確かな声が、岬の名前を呼んでいた。それは、風のようでいて風ではなく、人の声のようでいて人の声ではなかった。
「きゃっ!」
思わず声を上げる岬。中村が慌てて彼女の肩に手を置いた。その手の温もりが、現実との唯一の繋がりのように感じられた。
「大丈夫ですか、佐藤先生!」
「い、今、私の名前が……」
動悸が激しくなる。冷や汗が背中を伝う。恐怖そのものが岬の体内を駆け巡っていた。