2.同僚との出会い
職員室に一歩足を踏み入れた瞬間、岬は緊張で息が詰まりそうになった。室内には何人かの教師たちの姿があったが、全員が新入りの岬に好奇と歓迎の眼差しを向けている。その視線の重みが、岬の肩に静かにのしかかった。
「みなさん、新しい仲間をご紹介します。国語科の佐藤岬先生です」
鈴木校長の紹介に、岬は再び深々と頭を下げた。
「佐藤岬です。至らない点も多々あるかと思いますが、精一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします!」
緊張からか、声が少し裏返ってしまう。しかし、周囲からは温かい拍手が沸き起こった。その音が、岬の緊張を少しずつほぐしていく。
「佐藤先生、こちらがあなたの席になります」
三十代半ばくらいの男性教師が、岬に声をかけた。その表情には、親しみやすさと同時に、何か測りかねるものが潜んでいるように見えた。
「中村健太と申します。となりの席ですので、何かわからないことがあればいつでも聞いてくださいね」
「は、はい! ありがとうございます、中村先生」
岬は、中村の優しげな眼差しに少し緊張が解れるのを感じた。しかし、その安堵感は長くは続かなかった。
彼の背後に見える窓からは、森に囲まれた別の校舎が目に入った。朽ちかけた赤レンガの外壁。鬱蒼とした木々に埋もれるように佇む、旧校舎だ。時間が止まったかのような、不気味な静けさを湛えている。
(あれが……噂の……)
その瞬間、背筋をぞわりと何かが這い上がるような感覚に襲われた。氷の欠片が、脊髄を伝って頭まで駆け上がる気がした。岬は思わず旧校舎から視線を逸らす。
「佐藤先生、大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが」
中村の心配そうな声に、岬は慌てて取り繕うように笑顔を作った。
「いえ、大丈夫です。少し緊張していただけで……」
そう言いつつも、岬の心の中には不安が渦巻いていた。噂。旧校舎。そして、どこか懐かしい感覚。全てが繋がっているような、そんな予感が岬の心を掠めていった。
新任教師としての船出。それは、思いもよらぬ恐怖への旅立ちでもあったのだ。岬の瞳に映る教室の風景は、これから始まる未知の冒険を予感させる、不気味な輝きを放っていた。