表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/23

お仕事はウインクから

海の大げさな注意に、そこまで心配しなくても子供じゃあるまいしと考えて、ああそういえば今の自分は子供だったなと思い出す。

この世界での自分は、確か十五、六歳ぐらいの年齢だったはずだ。はずだ、というのはじっくりと鏡を見て確かめたことはないからである。しかし周りの反応からなんとなくそうだろうとは確信している。

一番の決め手は、下女寮で同室の雪が同じ歳の友達ができたと喜んでいたことだ。彼女はどこからどう見ても十五、六歳の少女だった。


ああ、そういえば雪ちゃん、大丈夫だったかな……。


親切のつもりで白蓮様の執務室の清掃を交代してから早三日。まさかこんな勘違いをされることになるとは夢にも思っていなかった。逆に大変な迷惑をかけてしまったなと、私がぼんやり空を見上げていると、通用口から海が顔をだし手招きした。小走りで駆け寄ると、海の向こう側からひょっこりともう一人、別の男性が顔を出す。

四十代後半ぐらいだろうか。白髪(しらが)の混ざった髪と髭に日に焼けた肌。左頬には大きな三日月型の傷跡がある。それがいい感じのワイルドさを醸しだした妙齢のオジサマである。


「ほおお、これが噂の相手か! 思ったよりも若いな。お前もなかなかやるじゃないか」


オジサマは顎鬚を撫でながらにやにやすると肩先で海を小突く。オジサマはかなりの勢いで肩を当てたはずだが、仏頂面の海は微動だにしない。流石は騎士様の体幹である。


(じん)、そこを退け。澪が入れん」


いつもの海とはひとあじ違った、ぶっきらぼうさの混じる物言いに私は目を瞠る。二人は余程親しい間柄らしい。


「お、澪ちゃんて言うのか。可愛い名前だな! よろしくな澪ちゃん」


沈と呼ばれたオジサマは笑顔で手を差しだしてくれる。私はためらいつつも、ちょこんとオジサマの手を握った。


「俺は沈雨(じんう)(じん)と呼んでくれ。この西門の警備長(けいびちょう)だ」


オジサマは沈雨と名乗りながらとびきりの笑顔でウインクした。あと二十年若かったら、かなりの威力があったのではと思わせる笑顔だった。人によっては今でも十分威力があるだろう。


「警備長様とは存じ上げず、大変失礼をいたしました」


城門の警備長といえば各院の局長に匹敵する役職だ。しかし私が急いで頭を下げようとすると、沈雨は軽く手を振ってそれを制した。


「まあ、色々あって西門の警備長なんぞやってるが、俺も堅苦しいことは苦手でね。それよりも、さあ中にお入り」

「沈に部屋を用意してもらった。そこで話の続きをしよう」


先を歩く沈雨がにやにやとこちらを見返す。


「ほほおぅ、話の続きねぇ」


わざとらしい語尾の強調に、眉間に皺を寄せた海が後ろからさりげなく蹴りを入れる。完全に死角からの一撃だったにも関わらず、沈は軽い体重の移動だけでそれをかわした。案内されたのは通用口からほど近い、奥まった場所にある一室だ。


「ここなら邪魔も入らんだろう。壁が厚いから外に声も漏れないしなー」


後半、沈はわざとらしく海の耳元に口を近づけて囁く。海は思い切り顔をしかめると、容赦のない勢いで沈雨の顔を払いのけた。しかし沈雨はそれをひょいと戯けた仕草で避ける。身軽なオジサマだ。


「話をするだけだ。澪おいで」


促されて私は中に入る。広くはないが品の良い調度品が置かれた四人掛けの部屋である。正面には窓があり、部屋には明るい日差しが差し込んでいる。窓の向こうには小さな庭も見えるが、庭は生垣によってきっちりと仕切られ、外からは中の様子が伺えない造りになっている。局長が大店との会談に使用するような商談室だ。


「今日は夕方まで予定を入れておくから、時間は気にしなくていい。終わったらそのままにしておいてくれ」

「この借りは、今度」

「気にするな。それよりも俺は安心してる」

「は?」

「氷の騎士様にこんな甲斐性があったとはな」

「その呼び方はやめろ」

「見たか、さっきのお前の顔。犬猫だけじゃなく人間相手にもまともな対応が出来るんじゃないか。お前のあんな顔……おっと!」


なんの前置きもなく海が仕掛けた足技を、沈雨は片足を上げてひょいと避ける。


「ま、楽しめよ」


朗らかな笑い声と共に沈雨の足音は遠ざかっていった。海は息をついて髪を搔き上げると、私に席を勧めてくれる。


「沈は煩いが悪い男じゃない。腕も立つ」

「海様のお友達なのですね」


私はいつもの習慣で、何も考えずに長椅子の端にちょこんと腰を下ろした。その私の隣に当たり前のように海が座る。


「腐れ縁だな。さ、あの男のことはどうでもいい。それよりも澪、ここなら落ち着いて話せるだろう? 時間も気にしなくていい。この三日間に何があったのか教えてくれ」


海は長い足を組むと、椅子の背に片腕をのせて私の方に顔を寄せた。

 

ち、近い……近いです海様!


海の意外に長い睫毛までしっかりと見える距離だ。私はなんとか動揺を表に出すまいと深呼吸で気を紛らわせる。そんな事で動揺しているような場合ではないのだ。


ところで海様って、こんなお顔だったっけ?


海には何度も会っているはずなのだが、いつも慌ただしい合間の時間で常に私はどこか上の空だった。しっかりと目を見て話したことも、それどころかちゃんと御礼も言っていなかったかもしれない。

文字通り海は命の恩人なのに、そんな大事なことが曖昧になる程この国に来た頃の私は混乱していた。そしてこの国にきてからの半年間は生きることに必死だった。きっと海にも混乱して訳の分からぬことを色々と言ってしまったはずだ。しかしそれでも海様は私を見捨てないでいてくれたのである。それは本当にありがたいことだった。

 

「海様、あの……ありがとうございます」


私は海に向かって深く頭を下げた。


「どうした、急に?」

「私、海様に森で助けていただいた時のお礼を、まだちゃんど言ってなかったと思って」


私は顔を上げるとしっかりと海の目を見つめて笑顔を作った。ちょっと照れてしまい、てへっとした感じになってしまったが気にしないことにする。海はわずかに目を見開いて固まると、ふと表情を和らげた。


「ちゃんと聞いているよ。澪は礼を言ってくれている」

「そうですか、だったらよかったです」

「澪、何があったか教えてくれ。もし君の言いづらいことでなければだが……」

「海様、その……ご心配なさっているようなことは本当に何もないんです。でもどこから話せばいいか分からなくて……」

「どこからでもいい。君が話しやすいところからで構わない」


私は海に促され、この三日間の出来事をぽつりぽつりと話しはじめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=116827076&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ