第354話 スパーリングと雑談会
第354話 スパーリングと雑談会
なんとなく、本当になんとなくだけど「上野さんは本当に天才なんだな」って変な感想を持ってしまった。
偏見かもしれないけど、天才ってどこか欠けてたり能力や人格が偏ってたりすると思うんだよね。例えば私の身近な例で言うと、魔法の天才の蓮は魔法以外の結構なことがからきしだし、戦いの天才の彩花ちゃんは性格に多大な問題がある。世界中探したら完璧な人もいるのかもしれないけど、そうそういるもんじゃないと思ってる。
上野さんのことを私はほとんど知らない。私の中で上野さんは「儚げな人」という印象だ。個人的にしゃべったりもしていないし、ある意味私の人生とは関係ないところを歩いて行く人だと思ってた。
――が、颯姫さんから聞いたここ最近の彼の話で一気に解像度が上がってしまった。
体壊して死ぬ寸前まで行ったのは、全然自分の管理ができないからなのかーって。
「結局、私自身も10年の間に変わったと思ってたのにそんなに変わってなくて、あの人のやることに一喜一憂してるし……」
「どこがいいのか私にはわからないけど、なんだかんだ言って好きなのねえ」
一層深いため息をついて颯姫さんはぽつりと独り言のように呟き、それに被せるようにママが言ってはいけない一言を放った。途端に颯姫さんは、途方に暮れたような顔で前を向いてハンドルを握っているママを見つめた。
「……そういうことだと思います?」
「そういうことだと思いますよ」
私から見てもそういうことだと思うから、きっちり止めを刺しておくことにする。颯姫さんって、びっくりするくらい思い切りがよくて男前なときと、呆れるくらい優柔不断で諦めが悪いときがあるね。
それからたっぷり1分ほど、颯姫さんは「ひえええええ」とか細い声で呻きながら両手で顔を覆っていた。
大山阿夫利ダンジョンの1層でアグさんに挨拶をした私たちは、熱烈な歓迎を受けた。相変わらずヤマトはべろんべろん舐められていて、その勢いに負けないように踏ん張っているのが可愛い。
今、アグさんが住める家を建てる計画が進んでて、パパが「天井高7メートルぶち抜きの家」を建てられる住宅メーカーを見つけてくれたところなんだよね。後は「フレイムドラゴンが住みますがいいですか」と付近の人に確認してから土地を買って、家を建てる。
ママ曰く、どこでも文句を言う人がいるから、先に確認をしておかないとってことらしい。
常識的に考えて、いくらテイマーがいる従魔でも、さすがにフレイムドラゴンって言葉だけじゃあみんな怖がるだろうから、ふれあい体験でもしたらいいと思うんだけどね。
でっかいけど、こんなに表情豊かで可愛いドラゴンなんだから、直接見たら可愛いって言ってくれる人もきっといるし、「近所に飼いドラゴンいます」って防犯上の謳い文句として強そうだし。
颯姫さんがルーちゃんにアグさんを攻撃するように命令して、私たちは持ってきたシートに座って雑談をしながらそれを眺めることにした。
最初は痺れ毒欲しいから少し潜って狩りをしようかなと思ったんだけど、上野さんの話を聞いてて颯姫さんの状態が気になっちゃったんだよね。
「颯姫さん、大学行きたいって言ってましたよね。それはどうするんです?」
一緒に住んだら上野さん専属介護士みたいになっちゃうのでは? と思って尋ねたら、颯姫さんはパチパチと瞬いた。
「勉強してるよ。最初の半月ぐらいは勉強の仕方忘れてたから調子が出なかったけど、車の教習所にも通い始めたからやっと思い出して」
「あ、それは上野さんのお世話と並行できるんですか」
「できるできる。あの人は完全に数日目を離したりすると危ないけど、少なくとも私がある程度近くにいるときはエナドリも飲まないし。この前倒れたときもこってり赤城さんに怒られてたしね」
上野さん、赤城さんに怒られたのか……赤城さんもそこで叱れるなら、前回死にそうになるまで放置しないで欲しかったな。
また乾いた笑いが漏れてしまったけど、他にも気になる話があったからそっちに話題を振ることにする。
「何の勉強するんですか?」
これね、颯姫さんってママと同じ系統の人だから、新宿ダンジョンで大学行くって宣言した時から、何を勉強するつもりなのか凄く気になってたんだよね。気になってたんだけど、タイミングが合わなくて聞きそびれてた。
その私の質問に、何故か颯姫さんは私を見てにこりと笑う。
「そもそもなんで大学行くのかってところは、一般教養でいろいろかじりたいからなんだよね。それと、元々歴史をやりたかったんだけど、高校生の時は親に反対されててね。歴史勉強しても生活できないって」
「えー」
親に進路を反対されるとかあるんだ……。颯姫さんの場合、高校卒業前から冒険者してたから、全然違う次元の問題になっちゃったっぽいけど。
「でも今は自分のお金で大学行けるから好きなことできるわ。ゆ~かちゃんから前世の話を聞いたりして、日本の古代史もいいなー、歴史学もいいけど考古学方面から勉強するのも面白そうだなーって。どうせ4年で卒業しなきゃとかの焦りもないし、やりたいことやろうかなって思ってるの」
笑顔の理由、それか! 私的にはそこら辺は特に勉強したいと思うようなことはなくて、調べ物ついでにwikiを読んだりしても「通説と違うけど、証拠があるわけじゃないし混乱するようなことは言わないでおこう」とか思うだけなんだけどね。
「考古学大変らしいわよー、若くないと。発掘調査の時の体力が。学生はめちゃくちゃ使われるらしいし」
「その辺は、ステータスもあるしそこいらの体育会系大学生よりも余程体力あるとは思ってますよ。……そうか、上野さんにダンジョンアプリ入れさせて、無理矢理鍛えてステータス上げれば倒れなくなるかも!?」
「ステータス……あーっ!」
颯姫さんもとんでもないこと考えるなあと思った瞬間、私は恐ろしい事実に気づいてしまった!
「今思い出した! ヤマトの方がアグさんより強いんですよ! というか、私でもLV高いしかなり強いから、ここまで来なくてもスパーリングできた!」
「あっ」
「あーっ!?」
ママと颯姫さんが、「それ忘れてた」と揃って声を上げる。
うん、私も「従魔のスパーリング=アグさん先生」って刷り込まれてた。うっかりだよ。
「……まあ、いいか。アグさんに会えるのも楽しみだったし」
「そうね、遠いからなかなか毎日通うようなことはできなくて」
一応試してみたけど、ヤマトはルーちゃんとあんまり体格が変わらないから、攻撃を受け続けてもずっと無視してるのが辛いみたいでじゃれたくてうずうずしてたし、私は私で「効かない攻撃を一生懸命してくるツノウサ」というのが可愛すぎて悶えちゃったんだよね。
熟練のアグさん先生は、背中を向けて無視してたり、尻尾でうまくあしらったりしてる。この辺のさじ加減がうまいんだ!
結局、従魔の相手は慣れてるアグさんが一番適任だった。
私たちは3時間くらいダラダラとお菓子を摘まみながらお喋りして、ヤマトはその間2層に解き放っておいた。帰り際に迎えに行ったら綺麗にモンスターが全滅してヤマトは昼寝してたから、ドロップを拾ってダンジョンハウスで換金。
そのお金で帰りにお茶をして、ついでに買い物もして帰った。
よし、なんか配信できそうな企画も思いついた。
この時はまだ、さすがに半月くらいの間にふたりが結婚を決めるなんて思ってなかったんだよね。




