第353話 ダメ人間がてんこ盛りです
久々に颯姫さんから連絡が来て、卒業式の次の土曜日は大山阿夫利ダンジョンに一緒に行くことになった。
引退してなかったんだ!? って驚いたけど、用があるのはアグさんらしいんだよね。
「すみません、時間もある程度取れるようになったから教習所に通ってるんですけど、まだ免許が取れてないので……」
「いいのよー、大山は電車じゃちょっと行きにくいもんね。私もアグさんに会いに行こうと思ってたし、颯姫ちゃんにも会いたかったわ」
ママと一緒にヤマトを連れて茅ヶ崎駅に迎えに行ったら、颯姫さんは普段着姿で小さなキャリーを持っていた。ま、まさか、これは!?
「颯姫さん、もしかして、そのキャリーの中は……」
ヤマトがフンフンと匂いを嗅いでるけど、なんとなく私も中にいるのが何か察してしまった。前に飼いたいって言ってたもんなあ。
「ツノウサ! 名前はルーちゃんっていうの。一昨日テイムしてきたんだ」
車の中で颯姫さんはツノウサことミニアルミラージをキャリーから出した。やっぱりツノウサだ! うわー、小さい! ツノウサってこんなに小さかったっけ!?
最近、寧々ちゃんのところのマユちゃん(サモエドサイズ)とか、上級ダンジョンのミニじゃないアルミラージばっかり見てたから、大きさの感覚が狂うなあ。
「目指すんですね、第二の寧々ちゃんを……ご家族のOKでたんですか」
寧々ちゃんが新宿ダンジョンの修行から帰ってきたとき、進化してクイーンアルミラージになったマユちゃんを見て悶えてたもんね。飼いたいけどこの大きさはきついって言いながら。
「家族の許可は出てないんだけど、実家出ることにしたんだ。広くてペット可のマンションを買うことにしたの」
「あら、ひとり暮らしするの? いいじゃない」
車を発車させながらママが声を弾ませた。
ルーちゃんは颯姫さんの膝の上に座って、颯姫さんに向かい合ってピタリと張り付いている。くっ、やっぱりウサギの可愛さは格別だ、無表情なのが可愛い。
ヤマトは後部座席をウロウロしながら、ルーちゃんを真似たのか私の膝に飛び乗ってきた。そして私の胸にぺったりと貼り付きながら「ドヤ、可愛いでしょ!」と言わんばかりのお目々でこちらを見た。
ああああん、ヤマトも可愛い! 最強可愛い!
そんなことを考えていたら、隣の颯姫さんからの爆弾発言で私はヤマトを膝に乗せたまま仰け反る羽目になった。
「いえ、実はひとりじゃなくて、上野さんと一緒に住むんです」
「ええっ!?」
「えっ? あのプロポーズの断り方したのにですか!?」
まさかの颯姫さんの発言に、私とママは車の中で驚きすぎて叫んでしまった。お付き合いどころか最初からスタートだって言ってた割に進展早くないですか!?
ところが、ルームミラー越しのママの視線と隣からの私の視線を受け止める颯姫さんは、頬を染めるでも照れるでもなく、地獄の底から響くような怨念の籠もった低い声で恨み言を漏らした。
「あの人、薄々気づいてましたけど、実務能力はともかく生活面その他がダメ人間過ぎる。私が見てないとまた死にますよ……」
「なんかあったんです!?」
「元いた会社に赤城さんからの推薦もあって再就職したんだけど、既に一度倒れたの。信じられる? 前にそれで死ぬほど体壊したってのに、全然懲りてないの!」
ひえ……たった1ヶ月の間に健康体から倒れられる会社があるんですか? 私にはそっちの方が怖いよ!
「新宿ダンジョンから出て、3日目にはもう部屋決めて入居してたんだけどね、1週間したときに私が様子を見に行ったら、エナドリの空き缶がゴミ箱いっぱいになってて。新宿ダンジョンにおいてた冷蔵庫とかまるっと家電はあげてたんだけど、冷蔵庫の中にゼリー飲料とエナドリとビールしか入ってなくて。必要なカロリーをほぼそれで摂ってたみたいなの、もう、アホじゃないかと!」
「う、うわあ……」
「……あの人、もう一遍死ぬべきなの? 颯姫ちゃん、面倒見るばかりじゃダメよ、一生世話焼くことになるわよ?」
「私もそれはわかってるんです、もう2回も喧嘩してるし。でも、それでも心底は見捨てられないというか、結局『ここでこの人を見捨てたら私の10年は一体?』って思っちゃうんですよね」
はぁぁぁぁー、と車内に私とママと颯姫さんの溜息が同時に広がった。
これは――これは完全に颯姫さんもダメなやつだ。失礼だけど、颯姫さんもある種のダメ人間だ。……そう、手が掛かる人を放ってはおけず、ずっと面倒を見てしまうというタイプの「ダメ人間製造機」だ。
あれだけ怒ったり叱ったりしながら結局バス屋さんのことを嫌ってなかったりした辺り、私と同系統の「放っておけない人間」なんだろうなーと思ってたけど、私より重症だ。私も散々迷惑を掛けられてるけど、彩花ちゃんのことを一向に嫌えないんだよね。
結局、颯姫さんは「ダメ人間」と言いながらも上野さんのことを嫌っていない。それはわかる。私も颯姫さんも、嫌いな人間くらいさすがに放っておく。
「それで、こんなことしてたらまた入院することになりますよって文句言ったら、母親でも彼女でもないのにそこまで言われる筋合いはないって反論されて。で、じゃあ彼女になってやろうじゃねーの、って売り言葉に買い言葉で」
「ハハハハッ……」
あ、ダメだ。本格的にダメな奴だ。思わず乾いた笑いを漏らしてしまった。
「腹黒四天王なのにどういうことです? それって上野さんの手のひらで踊らされたんじゃないですか?」
「そんな気はした! でも少なくとも、私がいれば休憩もするしご飯も食べるから、1日置きぐらいに居座ってちゃんと栄養バランスを考えた食事を食べさせてて。……そしたら、『10年の間にリモートワークできる会社になっててよかった、こんな人間的な生活を送れるなんて夢にも思ってなかった』って涙流しながら言うから」
「え、ちょっと待って! リモートワークしてたのにぶっ倒れたの!?」
カッと目を見開いて手のひらを見つめながら颯姫さんが切々と訴えた状況に、ママの声がもう悲鳴になってるよね……私も開いた口がふさがらない。
ていうか、上野さんって10年の間に幸せな夢見てたんじゃないの? 幸せな夢の中でも人間的じゃない生活を送ってたのかなあ。それとも、人間的な生活そのものを知らなかったんだろうか。