第352話 鎌倉ダンジョンRTA・パーティー戦
10分間の作戦会議タイムが終わり、装備を確認した私たちは1層に移動した。階段からそれぞれ等間隔に位置取り、スタートの合図を待つ。
「用意――スタート!」
橋本先輩の号令が轟くや否や、様子見もせずに飛び出したチーム――いや、人がいる。
予想通りの、彩花ちゃんだ!
「ラピッドブースト! うははははは! さあ、みなのもの、ボクに付いて来いっ!」
「ちょ、おま! さっきまで立ててた作戦は!」
「……わかってた、なんとなくこうなると思ってた」
木刀を掲げてダッシュで階段を降りて行く彩花ちゃん、ムンクの叫びで焦ってる小柴先輩、いきなり疲れた顔で最後尾を付いていく倉橋くん。
「えっ、えええーっ!?」
そして、動かない私たちと、既に2層に突っ込んでいった小柴パーティーを何度も見比べ、混乱の極致にいる蓼沼先輩。ご愁傷様です!
「じゃ、うちも行くぞー! 走れぇー! 小柴組に遅れを取るんじゃねえぞ、野郎どもォ!」
「押忍! ラピッドブースト!」
「組長!」
「付いていきます!」
若干変なノリになりつつ、小柴パーティーにちょっと遅れてうちも走り出す。
蓼沼先輩の表情を見ながら、ニタァっと石井先輩は笑いを浮かべていた。
「指示出しヨロ!」
「5層までは分岐はあっても大部屋はないので、差は付かないと思います! 左、左、右で最短です!」
「ラジャー!」
先頭の渡辺先輩が、刀を持ったままで走る。ペースは朝活ランニングよりちょい速いくらい。
敵は出るけど、基本無視だ! アンデッドもそんなに素早くないし、比較的素早いスケルトンなんかは反応が鈍いから、「横を突っ切っていこうとする」セオリー通りの動き方をしない私たちには判断が遅れる。
前方から、彩花ちゃんの高笑いが聞こえてくる。ガスッ、とかドゴッ、とかの鈍い音も。
「長谷部、ペース落とせ! ドロップ拾えない!」
「ドロップ? そんなの無視無視! 帰りに拾えばいいのだー!」
橋本先輩の悲鳴が轟き、傍若無人な彩花ちゃんの発言が飛び出し……ああ、可哀想に、あのパーティー……。
「うちもドロップ無視で行くよ! 蓼沼くんに拾わせればいいや!」
「えええ、それでいいんですか!?」
「ここで拾ったものなんて、この後の宴会の軍資金になるだけだから! 大丈夫、蓼沼くんはドロップを無視できる性格じゃない!」
うむむ、さすが3年生。お互いの付き合いが長い分性格も把握されている。
これは、完全に蓼沼先輩の作戦ミスだね。最後尾を行くことになったのは戦闘の疲労を防ぐという面では効果的だけど、最後尾のせいで前2パーティーのドロップを全部回収させられるという面倒を背負わされている。
蓼沼パーティー、寧々ちゃんもだけど割と常識的な人が集まっちゃったのかな。
彩花ちゃんと石井先輩が振り切ってる気もするけど。
「おまえらァー! 自分たちで出したものくらい拾えー!」
後ろから蓼沼先輩のお怒りの声が飛んでくるー!
でも、知らぬ! うちのリーダーの石井先輩が無視していいと言ったからそうするんだ!
2回目の分岐で、うちは小柴パーティーとは違う道に入った。
こっちの方が最短で、彩花ちゃんがあまり考えずに突入していった道は大回りなんだよね。
時々小柴先輩と橋本先輩とおぼしき、「長谷部ーっ!」って悲痛な叫びが聞こえてくる。
橋本先輩はチーム分けした責任があるけど、小柴先輩は……まあ、こういうのもきっといい思い出になるよね!
5層からは大部屋がある。私はいつもの調子で大部屋を突っ切るルートを指示したんだけど、ミスったかも!? と即座に思っていた。
体育祭期間とかでやってた鎌倉ダンジョンRTAで大部屋を突っ切るのが速かったのは、蓮の氷コンボがあったからだ。
部屋を迂回したルートなら最小限の戦闘で済むけど、物理オンリーパーティーの私たちには部屋の奥の方からもモンスターが群がってくる。
「まともに戦わないで突っ切れ! 最後尾の柚香ちゃんがなんとかしてくれる!」
「なんとかしまーす!」
鎌倉武士も真っ青のバーサーカー采配をする石井先輩に驚きつつ、集まった敵は木刀の一振りでぶっ飛ばす。スケルトンはバラバラになり、ゴーストは断末魔の悲鳴を上げ、魔石が落ちるカランという音が聞こえたけども、無視!
「そうだ! 柚香ちゃん、すぐ追いつけるくらいでいいから、ここでちょっと戦って」
「え? はい!?」
「ククク……蓼沼くんはドロップを見たら放置できない……ここにたくさんにアイテムをばら撒いていけば、奥歯ギリギリいわせながら拾うはず」
石井先輩が悪ーい顔でスケルトンに斬撃を浴びせている。この人も策士だなあ。
「先に行っててください、全力出せばすぐ追いつくので」
「頼んだ!」
渡辺先輩に道を教えておいて、私は大部屋に残ると木刀で思いっきりスケルトンをぶっ飛ばした。それに巻き込まれて何体かのモンスターが消える。
アンデッドに対して有効な属性が武器に付いてるとか付いてないとか、もうこのステータスがあると関係ない。
私は瞬く間に部屋中の敵を倒し、ドロップアイテムは全部残したままでパーティーに合流するためにスピードを上げて走った。
「ただいまです!」
「速い!」
「よしよし、これからずっとこれで行こう!」
あっという間に合流した私に渡辺先輩は驚いてたけど、石井先輩は満足げだ。
そして、大部屋を通る最短ルートをずっと突っ走り、時々小柴パーティーの悲鳴を聞きつつ――。
「勝ったー!」
最下層の20層でスケルトンロードを見た瞬間、石井先輩が背伸びする勢いで拳を突き上げた。
ちょっとの差で小柴パーティーが来て、先着した私たちの姿を見て崩れ落ちている。
「ここまで、ここまで長谷部の暴虐に耐えて来たのに!」
「暴虐!? 『民衆を導く自由の女神』バリに格好良く先陣切ってきたのに!」
私たちにボスは任せたとばかりに、小柴先輩や橋本先輩は階段にぶっ倒れている。
いいのかな? ボス倒せるのに。
「いいよ、倒しちゃって。お願いします、ユズさん!」
「はい、じゃあ、まあ……」
パーティー登録してるから、私が倒しても経験値は一応入るし、サクッと片付けますか。
とはいえ、スケルトンロードは通常ボスだから、本当に一撃だった。眷属召喚1度だけだったし、それも簡単に片付ける。
「……長谷部が容赦なくガンガン先に進むから、たまに倉橋からストップ掛けてもらわないと追いつけなくて……」
「こいつ、倉橋の言葉以外聞きやしねえ」
橋本先輩たちは息も絶え絶えだ。ずっと走ってきたんだろうなあ。
うちのパーティーもずっと走ったけど、私が先頭じゃなかったから常人離れしたペースにはならなかったし、最短距離通ったもんね。
そして、前2パーティーに遅れること5分以上――。
「おまえら、全員そこに正座しろ! 誰ひとりドロップを拾っていかないってどういうことだよ!」
エコバッグをふたつ持った蓼沼先輩が、こめかみに青筋立てて最深部にやってきたのだった。
もう、戦うことを放棄してる! 絵面が面白い!
蓼沼先輩の「おまえらがドロップ拾わないから、俺たちが全部後片付けすることになった」というお小言を聞きつつ、今度は地上へと戻る。
地上に出たらドロップを換金して近くのコンビニで飲み物と食べ物を仕入れ、また鎌倉ダンジョンへ戻る。
1層にシートを敷いて宴会モードにして、それからは反省会と雑談をしながら追い出しパーティーになったけど、「俺たちが拾ったから買い物できたんだぞ」という蓼沼先輩のお怒りがずっと続いてた。
「蓼沼くんがせこくコバンザメ作戦をしようとしてたから、こっちも対策取った結果だよ」
「なっ……石井さん、気づいて!?」
「蓼沼はドロップ見過ごしておけないってのは、俺も織り込み済みだった」
小柴先輩にまでそんなこと言われて、何もかも作戦倒れした蓼沼先輩は落ち込んでいたけども。
彩花ちゃんも「どう? さすがに今日は惚れたでしょ!」と倉橋くんに向かって堂々と言って、倉橋くん及び周囲の人から「どの辺にそういう要素があったのか、むしろ教えてもらいたい」って言われてた。
今日の彩花ちゃんは、立派な暴走列車でしたよ……さすがヤマトの元主人。
あー、いつもと違うメンバーで違うことをするのも面白かったなあ。
でも、石井先輩や五十嵐先輩、滝山先輩たちはもう卒業しちゃうんだ。
それは寂しいな。会おうと思えば確かに会えるんだけども。