第348話 Y quartet+1
「マナ溜まりの本当の意味を何故知っていたかと問うならば、私がとある神社の神職の家系だからと答えておこう。神々の意思を我らは代々教え聞かされてきた」
「なるほど、そういうことなんですか」
「嘘だがね」
ダンジョン自体神様案件だし、神社の家系なら仕方ないなーと納得し掛けたのに、一瞬でぶち壊された! 本当に何なのこの人!
納得したり怒りかけたり、私がめまぐるしく表情を変えるのを見て、赤城さんはまたお腹をゆすって笑っていた。
「疲れるんだよ、この人と話すと」
ぼそっと上野さんが呟いたけど、全面同意! こういう人だって覚悟して相対さないと、どんどん混乱していく!
「上野、みなさんに御礼は渡したのか? マナ溜まりにいるうちならリソースが使えただろう」
「……渡してないです」
「おまえはやはり残念な男だ。まあ予想していたが。では、私からこれを。我が家に代々伝わる家宝だが、生憎と活かしようがない」
私が頭を抱えて呻いている間に、赤城さんはポケットから拳大ほどの珠を取り出していた。凄く雑に出された「家宝」に、ママがぐえっと悲鳴を上げる。
「え、なんなんですか、これ」
「スキルオーブよ」
怯え始めた蓮に、ママが掠れた声で答える。スキルオーブって……ええええ!
伝説金属紡績とかのレアスキルを習得できる、超貴重なものでは!?
「『自己強化』のスキルオーブだ。私には不要だが、あなたたちなら役立てられるだろう」
「い、いらないいらない」
「もう俺たち冒険者引退するし」
売ればすっごい高額なのがわかってるのに、颯姫さんたちがこっちに押しつけてくる! なんで!
「私たちも十分強いですし! LV上げ手伝ってもらった御礼のお手伝いにまた御礼って意味わかんないです!」
「でもこんな地雷臭がするものいらない! これからも冒険者する人が使うのが一番後腐れないから!」
「ははははは、誰が使うかはよく考えて決めたらいい」
スキルオーブの押し付け合いをする私たちを見て、高らかに赤城さんが笑った。
「ああああああああ!?」
「なに!」
「今度はバス屋!?」
状況が混乱してる真っ最中に、バス屋さんが突然大声を上げた。周囲からは半分悲鳴のように反応が返ってくる。
「待って! 結局俺ってどうしたらいいの!? 捨てられるの!?」
「捨てるってそんな、人聞きが悪い」
「だから、バス屋はこれから他のパーティーでも稼げるから」
「嘘だー! アネーゴもライトさんも、『これでバス屋の面倒見なくて済む』とか思ってるんでしょ! でしょ!?」
……颯姫さんとライトさんは、すっとバス屋さんから視線を逸らした。これは、黒!
「あーっ! そうだ、俺もY quartetに入れてよ!」
「はぁ!?」
ライトニング・グロウ内部のゴタゴタだと思って一瞬傍観してたら、まさかの流れ弾がこっちに来た! まさかすぎる!
「どうしてバス屋さんがY quartetに入るんですか!」
「俺だって入る資格はあるはずでしょ!? そしたらちょうど4人でカルテットだし」
「Y quartetは私たち3人とヤマトのYで合わせてカルテットなんですよ。なんでバス屋さんが!?」
「俺の名前、矢橋海斗!」
「うわあああっ!?」
そ、そういえば、この人の名前「バス屋」じゃなかった! 初対面の時に確かにそんな自己紹介された気がするー!
私と蓮と聖弥くんが悲鳴を上げる中、鼻息荒く彩花ちゃんがバス屋さんを押しのけてきた。
「ずるいずるい! そしたらボクも入れてよ! 彩花の『や』にYが入ってるじゃん!」
「さすがにそれは無茶苦茶すぎる!」
飛び火が燃え広がって大惨事になって、それまで他人事だった私たちが混乱に陥ってるのをライトさんとタイムさんと颯姫さんが生温い笑顔で見守っている。酷い!
「で、でも、そもそも蓮と聖弥くんのSE-RENをサポートするために私が入ったわけで、私はおまけみたいなもんだし、ヤマトは私とセットだから……」
「バス屋さん、アイドルする気あるんですか? 果穂さんの気持ちひとつで俺たちは歌って踊ってMV撮ったりもするんですよ?」
「ダンジョン行くときだけでいいよ! ねー、一生のお願い!」
……こういう「一生のお願い」って、割と何度も繰り返されるんだよね、私知ってる。
とうとうヤマトを懐柔しようとヤマトに向かって土下座をし始めたバス屋さんを横目に見つつ、私と蓮と聖弥くんはおでこをくっつけるくらいの距離で相談を始めた。
「どうする? 企画ものの配信の時は混ざらないって条件なら、ダンジョン攻略の戦力としては頼りになるのは確かだよね」
「そもそも俺たちだけでも戦力飽和だし、誰かの胃に穴が開くかもしれないけど」
「バス屋さんが一番歳上なのに?」
うーん、と3人で同時に悩む。そして、とんでもないことに気づいてしまった。
混乱に乗じたのか、赤城さんの姿が消えているのである!!
「ねえ、赤城さんいなくなってる!」
「うわー、何なんだあの人!」
「そういう人なんだ。大丈夫、俺が電話番号知ってるし」
混乱を引き起こすだけ引き起こして、さっさと赤城さんは逃げていた――逃げるって言い方もよくないか。説明はちゃんとしてくれてないけど、御礼も渡されたわけだし。
とりあえず、上野さんが復活したのを知って来てくれたわけだし、赤城さん自身も説明が面倒だから煙に巻いたわけで多分悪気があるわけじゃない。――そう上野さんに説明されたけど、若干納得いかない。
結局置いて行かれたスキルオーブの扱いだけちゃんと決めようということになり、相談した結果ヤマトに使わせることにした。
ダンジョンの外に出て鑑定したら、自己強化のスキルはMPを15消費してステータスを1.5倍にするものだったから、ヤマトの無駄にあるMPが有効活用できるだろうということでね……。
ビクビクしながらヤマトにスキルオーブを渡したら、ちょっとコロコロ転がして遊んだけど、すぐにピカッと光ってオーブが消えた。
あー。
使ってしまった、数億、もしくは10億以上するものを……。またヤマトが無駄に強くなる。
そして、ヤマトを眺めながら蓮がぽつりと言った。
「『Y quartet+1』で、『プラス《《ワン》》』をヤマトと捉えるかバス屋さんと捉えるかはその人次第ってことでいいんじゃないかな……ワンだし、犬だけに」
「蓮ー! オレ、オマエ大好き!」
「なんかもう、説得するのが面倒になってきたし」
槍持ちシベリアンハスキーの別名を持つバス屋さんの加入をすっごい後ろ向きな理由で容認した蓮は、バス屋さんにぎゅうぎゅうと抱きしめられて目が虚無ってた。
……うん、説得するのが面倒は激しく同意。この人、いつまでも叫んで粘りそうだし。
私と聖弥くんも顔を見合わせて、へにゃんと頷いた。
結局五十嵐先輩や寧々ちゃんみたいにサポート要員というスタンスで、バス屋さんが無理矢理付いてくることになった。
「なんか……ごめんね、ゆ~かちゃんたちに何もかも押しつけたみたいになって」
「俺たちも……いきなり完全引退じゃなくて、休みの時とかバス屋にたまには付き合うようにするから」
「颯姫さんとライトさん、本心からそう思ってるなら目を逸らすのやめてくださいよ」
相変わらずバス屋さんの件に関しては目を合わせてくれないふたりに愚痴りつつ。
上野さんとライトさんは「後で服返すよ」「じゃあ連絡先交換で」とかやりとりしてるし、颯姫さんと上野さんのことに関しては私たちが口出しすることは何もない。ママは若干不満そうだけども。
ぐだぐだ感を残しつつ、赤城さんも消えちゃったしねと私たちは新宿ダンジョンを後にすることにした。
ここにはもう何も用はないから。LVは嫌というほど上がったし、豪華設備も堪能したし。
これでやっと、ヤマトがいてダンジョンに潜りっぱなしじゃない日常が戻ってくる。
少し形は変わったけど、撫子が私たちの前に現れる前の、騒がしいけどある意味普通の日々が――。
……そう思ってたんだけど、4ヶ月後にいきなり上野さんと颯姫さんから結婚式の招待状が届いて、私たちはひっくり返りながら爆笑したのだった。





