第347話 ラスボスですか?
上野さんが苦渋の決断で颯姫さんに全てを託したことはわかった。
颯姫さんも途中から「好きだから助けたい」が「諦めたら自分のせいで上野さんが死ぬ」という別の気持ちにすり替わりながらも、それを全うした。
ぶっちゃけ、10年同じ気持ちのままでいるって無理だよね。まして、会ってもいない、話してもいない人と。だから10年前と同じ気持ちの上野さんと、颯姫さんの間に温度差があるのは仕方ない。
「つまり、赤城さんがラスボスなんですね?」
「結局のところそうなるわよね。上野さんを復活させたら全部謎が解けるかと思ったら、結構な部分を赤城さんが握ってるじゃない」
チャッと棒手裏剣を構えた私と、鞭を手にしたママが上野さんに確認する。上野さんは引きながらも頷いて「そういうことです」と赤城さんラスボス説を肯定した。
「俺が100層のマナ溜まりから出たら、81時間後にこの新宿ダンジョンは消えます。そういう風に作ったので。ついでに赤城さんの電話番号にも通知が行ってます」
「ああ、時間差でセキュリティ組んであるんですね、関係者を特定されないように。ダンジョンが消えたってなったら大事ですし」
「電波届かないのに通知するとか、そんなことできるんです?」
聖弥くんは世間的に大騒ぎになるであろう事態を予測し、蓮は割と素朴な疑問を上野さんに投げかけていた。私も蓮に同意だなー。そんなことができるなら電波通しておいて欲しかった!
「電話回線とパケット通信は違うところ使ってるから」
「全然わからないです」
また理系のバス屋さんが簡潔に解説してくれたけど、そこが違うとどうなるのか私は知らない。大人組は少しわかってるらしく頷いてるけど、高校生組は理解できてないね。
まあ、そこら辺のことは後でググれと言われたから「気になったら調べます」ってことで終わらせ、私たちは後片付けをしてダンジョンを出ることにした。
多分ダンジョンから出たら赤城さんが待ってるだろうから、そっちから話を聞いた方が良さそうだってことになったんだよね。
上野さんはアカシックレコードを利用してここを作り上げたけど、「アカシックレコードを使う」という知恵を貸したのはそもそも赤城さんなわけだし。
今まで颯姫さんたちが一年の半分くらい住み込んでた新宿ダンジョンだから、片付けは大変かなと思ったんだけど、そうでもなかった。
元々大物の家具はダンジョンのリソースを使って生成したものだったし、家電の一部やアメニティ、それと食料くらいしか持ち込んでないんだって。
それも、私たちのLV上げが始まって急激に攻略が進み始めた頃から、私物はみんな少しずつ片付けてたそうだ。
あとは、アイテムバッグにまとめてポイだね。本当に楽でいいよね。
ポータルから5層に跳んで、いつも通りザコ敵を蹴散らしつつ1層へ向かう。
相変わらずの過疎っぷりで、本当に私たち以外は人がいないね。アクセスだけなら日本の中でも凄くいい方なのに、「着替える場所がない」っていうのは本当にマイナスだ。まあ、ドロップもないからうまみも少ないけど。
1層へ上がると、太めの中年男性が入り口の側に立っていた。
ダウンジャケットとトレーナーにジーンズという凄くラフな格好だけど、その人は私たちを見て片手を挙げた。
「赤城さん」
颯姫さんはやや呆然と、上野さんははっきりとその人に呼びかける。
上野さんの上司っていうからスーツとか着てるのかと思ったら、この福々しい人が赤城さんなの!?
「颯姫さん、不肖の部下を助けてくれてありがとう。あなたに心からの感謝を」
「あ、ハイ」
赤城さんは当然のようにピンクのバラを取り出して颯姫さんに差し出し、颯姫さんは勢いでそれを受け取っている。
「美しい人には美しい花を。ピンクのバラの花言葉は『感謝』だ」
キャラが、濃いな! 上野さんと颯姫さん以外は、恥ずかしげもなく平然と「美しい人」とか言う赤城さんを口を開けて見ている。
「変わってませんね。10年で颯姫さんは大人になったのに」
「ははは、私を褒めても何も出ないぞ」
低音のイケボで、赤城さんはお腹を揺らして笑う。なんだ、なんだこの人。上野さんから見ても10年前と変わってないように見えるのか。
「あの……あなたは、マナ溜まりがアカシックレコードと関係があることを知ってたんですか? 世間的には、落ちたら発狂して廃人になるって言われてたのに」
「ゆ~かさん、あなたたちにも感謝を。想定よりも早く上野が戻ってきたのはあなたたちの力も大きい。私の予想ではY quartetと繋がりがなければあと2年は掛かると思っていた」
「俺たちのことを、知って」
私の問いかけに対して、私とY quartetの名前を出した赤城さんに蓮がさっと緊張を強くした。私もびっくりしたけど、蓮ほどには警戒していない。
「知ってるとも。一晩で50万再生のシンデレラガールと、幸運の女神を捕まえたアイドル。私の職場にも何人か君たちのファンがいる。そして、マナ溜まりに関するあなたの質問にはYesと答えよう」
「あ」
「蓮、自分たちの知名度を甘く見すぎだよ」
そう、私たちは顔と名前がそこそこ知られてるからね。――でも問題はそこじゃないんだ。
「マナ溜まりとアカシックレコードのことを知っていたなら、どうして上野さんをマナ溜まりに入れる必要があったんですか? 赤城さん自身が知っているなら、上野さんを危険にさらす必要はなかったんじゃないですか?」
私の真剣な問いかけに、赤城さんは口元を笑みの形にすると片方の眉だけをぴくりと引き上げた。
「ゆ~かさん、あなたはひとつ誤解をしている」
「誤解?」
手品のようにもう一輪バラの花を出して、赤城さんは私にそれを差しだした。ちょっと迷ったけど、とりあえず受け取っておこう。お花に罪はないからね。
「私はマナ溜まりがどういった本質のものか知っていた。それは否定しない。だが、私自身はマナ溜まりに入ったことはない。上野から相談を受けたときにマナ溜まりから叡知を受け取ることを提案はしたが、そのリスクは上野本人が負うべきと考えた。私にはその危険を負うまでの理由はない。運命に介入するほど自分を偉大だとも思っていない」
「……あっ」
そうか、赤城さん自身はマナ溜まりに入っていないんだ。……それなら、誰かから聞いて知っていたとするなら、辻褄が合う。