第343話 新宿ダンジョン100層
「――本当に、リザレクションだ」
颯姫さんのその声からは、驚きとかの感情はくみ取れなかった。
だけど、私たちの間には微妙な緊張感が漂う。上野さんはマナ溜まりから知識を得たんだろうというのはあくまで私の推測だったんだけど、それがほとんど確定になったから。
「部屋に戻ろう。それで、明日は95層から100層を目指す。それでいいか、姫」
「うん、そうしよう」
ライトさんの提案に、ダンジョンに戻りながら颯姫さんが答える。その声には迷いはない。
「颯姫ちゃん、大丈夫?」
「はい、1週間の間に私も色々考えました。この10年の間のことと、これからどうしたいかとか。今まであまり考えないできたから……終わりがはっきり見えなくて考えられなかったから」
その言葉の続きは、居住区域に入ってから颯姫さんが私に向かって言ってくれた。
「ありがとう、ゆ~かちゃん。私には時間が必要って、猶予を作ってくれて」
多分、本当に心が決まったんだろうな。さっきは凄い緊張してたけど、今の颯姫さんは落ち着いてる。よかった、と私は心から思うよ。
ヤマトがいなくて落ち込んでた私を助けて、颯姫さんは何度も力になってくれた。心も支えてもらった。私にとっては、お姉ちゃんみたいな存在だから。
「颯姫さんの気持ちが落ち着いたならいいですよ。私にはこれくらいしか御礼ができないけど」
「ううん、見返りが欲しくて助けたわけじゃないから。推しが困ってて自分に手助けできる状況があったら、手助けするのは当たり前だよ」
……ママの弟子というと蓮と聖弥くんなんだけど、颯姫さんもこの辺りママの影響強いんだよな。「推し」ってさ……。
「明日は3回目の99層頑張りましょう!」
「3回目、そうだね、3回目なんだよね……ごめんね、あんな面倒なフロアを3回も攻略させて」
「いやー、いいですよ、一生に一度くらいこんなことがあっても。ほら、誰かが命の危機になるようなダメージは受けたりしてないですし、蓮と颯姫さんっていう魔法エキスパートがいるから、物理アタッカーも安心して戦えるっていうか」
一生に一度くらいっていうのは、そもそもこんな特殊ダンジョンじゃないとあんな敵は出ないから本当にその通りの意味なんだよね。
これから先、上級ダンジョンを何度クリアしても、絶対に「セフィロトわらわら」とかはあり得ない。
けど、私の言葉を颯姫さんはちょっと違うように取ったらしい。少し笑うと、感心したような目を私に向ける。
「さすがゆ~かちゃん、人生2周目」
「1周目の経験は特殊すぎて今の人生の参考にならないものばかりなので、カウントしないでください」
そっかぁ! 達観した言葉とかそういう風に思われるんだ!
でも人生n周目の彩花ちゃんなんか、ほとんどそういう言葉吐かないよね!
その日の夕飯は、新宿駅にも入ってる高級スーパーのお惣菜パーティーだった。どうも、「最後だから」という意味と、「前の肉じゃがみたいな失敗したくない」って思いがあったみたいだね。
パンもあるけどご飯も炊いてるし、好きな物を食え! というライトニング・グロウスタイル。
今更気づいたんだけど、バス屋さんは何でも食べるけどもライトさんとタイムさんはそこそこ好き嫌いがあって、食事管理をする颯姫さんがブチ切れた結果としての「好きな物を食え」スタイルらしい。
ある程度栄養バランスとかを考慮した上で、その管理の範囲内で好きな物を食べさせてるって。――凄いな。
蓮と聖弥くんはあまり好き嫌い言わない。聖弥くんは自分で栄養バランス考えるタイプで、蓮は「作ってもらったものに文句言わない」ことを涼子さんに叩き込まれてる。そんで彩花ちゃんは、割とバカ舌。好物はあるけどなんでも美味しい美味しいって食べる、バス屋さんと似たタイプ。
――もしも、颯姫さんたちみたいに私たちが新宿ダンジョンを長年に渡って攻略する側になったら、多分私が料理係だね。聖弥くんもできそうだけど。
その晩は普段あんまり食べないおかずとか色々つまんで、結構楽しかった。
食事の後は交代でサウナに入ったりゲームしたりして、多分新宿ダンジョン最後の夜なんだけど、いつも通りに過ごす。
マリカーやってたらバス屋さんと彩花ちゃんがお互い妨害しまくりで、合間合間に「オオアリクイの威嚇」と「コアリクイの威嚇」をしあってて、このふたりは仲がいいのか悪いのかわからないよね。
翌日は朝ご飯をたっぷり食べて少し食休みをしたら、95層から攻略開始だ。
フロアはリセットされちゃうから何が出るかと心配したけど、海エリアのレアボス・リヴァイアサンは氷コンボでさっくり行けたし、初めてまともにスパイクが役だった。
特に面倒な敵は出なくて、99層はあの水まんじゅう(仮)がたくさんいたんだけど、何もしてこないからまた階段前の一体をどかしただけ。
これって、倒せる敵なのかなあ?
99層から100層に降りる階段で偵察したら、100層には特に敵がいないらしかった。その代わりに、黄色く光を放つマナ溜まりがある。私たちにとっては「やっぱり」という感じだけど。
全員が無言のままで、そのマナ溜まりを取り囲む。ちょうどシングルベッドくらいの大きさの浅いマナ溜まりの中には、ひとりの男性が横たわっていた。
顔色は――マナ溜まりの黄色さを差し引いても悪いね。土気色というのがまさに当てはまってる。頬もこけてるし、凄く病人感がある。
「この人が上野さん?」
「はい、間違いありません。私の記憶の中の上野さんと、全然変わってない」
ママの問いかけに颯姫さんが即答していた。その颯姫さんも顔色が悪い。
いくら覚悟を決めてたって、いざその場となると緊張するよね、当然だよ。
「ユズ、ちょっと脈を取ってみて」
「私?」
「この中でマナ溜まりに対する耐性がはっきりしてるのはあんただけよ」
あ、そうか。手を突っ込むだけだとしても、他の人は危険かもしれないもんね。
私はマナ溜まりの中に手を入れ、男性にしては細い上野さんの手首を触った。脈は……わからん!!
「えー、私わりとこういうの得意だと思ってたけど、全然脈がわからない」
「いいわ、とりあえず死んでないのはわかったから」
「ですね」
人に脈を取れと言っておいて、「死んでないのはわかったから」ってママぁ! 颯姫さんも、なんで納得してるの!
「なんで死んでないってわかるの?」
「今ユズが脈を取ろうとして手首を持ち上げたでしょ? 簡単に持ち上がったわね? 死後硬直が起きてない証拠よ。マナ溜まりは水とかじゃないんだから、10年前に死んでここにあるのが遺体だったら、まず形を留めてたとしても死後硬直くらい起きるわ」
ママの言葉に、蓮やライトさんが「なるほどー」と感心している。
「死後硬直、起きた後また緩むけどね」
バス屋さんが一言付け足して、全員がハッとそちらを見た。そ、そっかー!
で、結局どうなんだろう?
「ダンジョンの中って通年20度くらいでしょ? だと死後硬直が解けるのは3日くらいかなー。でもタンパク質の活動で起きる現象だから、当たり前にそのままだと腐敗するよ。だからこのままなのは生きてると思って正解」
この人、本当に時々賢いのかおバカなのかわからないな!
――と、全員の表情が語っていた。





