第338話 クラフトメン
結局、ママはなんと金曜日までにデストードの痺れ毒を3つも持ってきた。
私の棒手裏剣が増えるだけじゃなくてタイムさんの矢にも使うから、多くあって悪いことはないって、毎日ダンジョンに行ってくれたんだよね。
毒のシート加工は五十嵐先輩だけでは手が足りなくて、3年生のアイテムクラフトやってる先輩ふたりに更に手伝ってもらった。
シートにするだけなら早いんだけど、それを適当な大きさに切って、両面にビニール貼らないといけないからね。毒の扱いも毒無効の指輪がないと危ないし、さりげなく面倒なんだ、この作業。
「最初に依頼されたとき、多分何回も依頼が来るんだろうなって思って毒無効の指輪買ったんだよね。あのときの2万円は大きかったけど、間違ってなかったわー」
毒無効の指輪は嵌めていても、五十嵐先輩は毒シートに触れたりしない。夏合宿で見た鮮やかな手つきでシート状にした毒を注文に合わせて切り分け、両面にビニールを貼り、積み上げていく。
今回手伝いをお願いした先輩には、依頼料から差し引く形で毒無効の指輪を買って渡した。これは五十嵐先輩に提案されたことで、水曜のうちに横浜にある冒険者向けのお店に行って買ってきておいたんだよね。
ドロップ品の売買をしているお店というのは大都市にはあるけど、大体はネット取引が多い。でも今回みたいに「明日必要!」とかになるとどうしても実店舗に行かないと間に合わない――とはママの談。
幸い、毒無効の指輪はレアリティがあんまり高くないから、お店に在庫もあったしひとつ2万円で買えた。オークションとかフリマも見てみたけど、大体そのくらいで間違いないみたい。
毒シートの加工は、「サイズ問わず1枚当たりいくら」という価格設定になっている。それはそうだよね、でっかいシートを1枚作る方がむしろ簡単で、小さいのをたくさんとなると個別にするのが大変だし。
だから、今回の「ボウガンの矢&棒手裏剣用」のシート加工は五十嵐先輩たちにとって結構な収入になる。その分私とタイムさんから出てるけどね!
オーバーヒートをどのくらいで起こすかの検証の時にも、マジックポーションで60万円相当使ったんだよね……。
でも颯姫さんたちにはヤマトのことでお金に代えられない手助けをしてもらったから、出ていくお金のことは今回は考えないことにしてる。何より、ママもそうしてるし。
そして、棒手裏剣のことではあいちゃんも力を貸してくれた。
「ゆーちゃん、これ」
金曜日の放課後にあいちゃんから手渡されたのは、あまり大きくないポーチだった。
ベルトが付いてて飾り気がなくて、開けてみたら中には細かく仕切りがある。なんだろう? と思って私が色々調べていたら、あいちゃんの方から説明してくれた。
「これね、ヒヒイロカネで作った棒手裏剣のホルダー。サバゲーのマガジンポーチとか見て、どの形状だったら棒手裏剣を安全に収納できて、動きの邪魔にならないかって色々考えたんだけどさ。ゆーちゃんの場合、これ以上脚に付けるのは無理だからウエストポーチタイプにしたの。この仕切りがある部分は毒付けた状態で入れる部分で、使用済みはこっちの大きいところにまとめて入れて」
「あっ! あいちゃん、ありがとうー!」
棒手裏剣のホルダーね! そうだよ、増やすのはわかってたけど、収納は考えてなかったわ。確かに今は太腿にベルトで5本付けてるけど、あれは「動きの邪魔にならなくて、投げやすい」を前提にしてるんだよね。
さすがに合計15本を脚には付けられないね。あいちゃんの言うとおり。
「聖弥くんから聞いたけど、投げる運用じゃないんでしょ? だったらこれでいいかなって。一応持ち歩きするときにはこのカバーの部分はしておいて、実戦になったら後ろにガパッと回すと、オープントップになって棒手裏剣が取り出しやすいようにしたから」
「うへえ、細かい! さすがあいちゃん。材料代とか払うよ、いくら?」
「終わったらそのまま返して。材料変換しちゃうから、お金いらないよ。だからさ……」
いつものように私の前の席に座って、でもあいちゃんの声も表情もいつもよりずっとずっと真剣だった。
「ちゃんと無事に帰ってきてよね、ゆーちゃんだけじゃなくて聖弥くんも蓮くんも。これは半分しかゆーちゃんのためじゃないの。半分は聖弥くんに無事でいて欲しい私のためだからさ」
「うん、大丈夫、約束する」
そっか、聖弥くんに無事でいて欲しい――それがあいちゃんの気持ちだよね。当然だ。
私は蓮の側にいられるけど、あいちゃんはそういうわけにいかない。だから私に託すしかないんだ。
確かに新宿ダンジョン、敵が半端なく強くて危険だよ。属性スライムと戦った時なんて、今までこんなにダメージ受けたことないよ! ってくらい攻撃されて、蓮にバリバリ回復してもらったし。
100層にとんでもなく強いボスがいるのか、それとも上野さんがいるだけなのかもわからない。
でも、これまで破格に強い敵と戦ってきたライトニング・グロウのノウハウが積み重なってるから、大変は大変だけど慎重に行けば大丈夫だと思ってる。
颯姫さんのMAGが120になったらリザレクションも使えるようになるはずだし、そうなると颯姫さんの安全さえ確保してしまえば命の心配も要らなくなるし。そうはいっても、死にたくはないけどね!
私にはインフィニティバリアもあるし、回復魔法を使える人が結構いるから、とにかく安全第一にすれば大丈夫……だと思う。
あいちゃんは聖弥くんから新宿ダンジョンの事も聞いてるんだろう。彩花ちゃんが聖弥くんに特訓付けてるのに、いつも同行してるんだし。
ライトニング・グロウに、うちのママ。強くて経験豊富な人がいてくれるから、私は心強く思ってる。それでも水まんじゅう(仮)の時みたいに予想外のことは起きたりするけども。
そしてあいちゃんは現場に行けない代わりに、私たちのことをたくさん心配してくれてるんだろう。
だから私は心配しないでという気持ちを込めて、いつものようににぱっと笑った。
「これ、月曜日に持ってくるからね」
「……うん」
そのやりとりが、私とあいちゃんの約束。
ちゃんと無事に帰って来るよって伝わったみたいで、あいちゃんはちょっと泣きそうな顔をしていた。