第337話 柚香のオーバーヒート問題
月曜日に帰って、すぐに寧々ちゃんに依頼はしておいた。やっぱり寧々ちゃんもスパイクの話をしたら「耐久性を考えると、既製品は怖いね」って。
寧々ちゃんは天之尾羽張をカスタムクラフトで作ったことが広まって、今依頼が凄いらしい。でも「安永式」でMPとDEXを上げてクラフトしてるから、クラフト自体には時間が掛からなくて回転率が物凄いことになってるって。
うん、棒手裏剣は金沢さんに頼んで正解だ。寧々ちゃんが注目を集めちゃってるから、他のクラフトマンさんに注文を分散させるのも必要。
火曜日の放課後に棒手裏剣の分の鉱石を持って、私は金沢さんのところへ向かった。
「聖弥くんの武器を作ったときに聞いた『角材が出ちゃった人』って颯姫さんのことだったんですね」
「柚香ちゃんは最近ライトニング・グロウとも行動してるんだよね。そうなんだよ」
久々に会った金沢さんだけど、基本的に私の配信は見てくれてるみたいであらかたの事情を把握してた。――ていうかさ。
「そういえば、そもそも金沢さんのパワーレベリングに付き合ったのって、うちのママたちだったんですね。まんまとやられましたよ……」
「遂にこの日が来てしまったか」
乾いた笑いを浮かべて、金沢さんは前に会ったときには伏せていた一連の事情を説明してくれた。ママから紹介されたけど、黙っててと口止めされてたんだって。
金沢さんの説明によると、モリモリパーティー(毛利さんがリーダーをしてる、ママと颯姫さんが一時所属してたパーティー)に主に護衛をしてもらって、その縁でママと奥さんが友達になり、お互い若俳沼なので意気投合し、今ではママは金沢さんより奥さんと仲がいいらしい。
で、颯姫さん経由でライトニング・グロウの武器もクラフトしたんだそうな。
やっぱり人脈って大事だよね。特にクラフトの場合、ぼったくる人かどうかとか、付き合いがあるとわかりやすいから知人に依頼することが多い。
ヒヒイロカネで棒手裏剣を10本クラフトしてもらい、私はそのまま鎌倉ダンジョンに向かった。蓮と待ち合わせして、私のオーバーヒートがどのくらいで起きるか確認するため。
最初は蓮も一緒に金沢さんのところに行くって言ったんだけど、前のビビり具合を知ってるからひとりで行ったよ。ひとりで行くって言ったら、すっごいショック受けてたけど。
「お待たせー」
「……おう」
ひとりでダンジョンハウスで待ってた蓮は、拗ねてるなあ。不機嫌が思いっきり顔に出ている。
「よくも俺を置いていったな。アイリですら長谷部と聖弥の特訓に毎回同行してるのに」
「えー、そっちとこっちは事情が違うじゃん」
そこは彩花ちゃんが気を遣ってるというか、もはや彩花ちゃんと聖弥くんは経験値入ってもあまり意味がないから、あいちゃんに経験値のお裾分けをしてる意味合いが強いんだよね。
決して「彼女は彼氏と一緒に行動すべし」とかじゃない。
「蓮、びびってる姿を私に見られたかった?」
最初に金沢さんのところに行ったとき、格好付けなのをぶん投げて怖さのあまり「手繋いで」って言ったんだよね。出会ってそんなに経ってない私に向かって。
今の立場的に余計そういうの見られるの嫌がるだろうと思ったんだけどな。
蓮は痛いところを突かれたようで、喉の奥でぐぅと呻いた。
「見せたくない、けど」
「じゃあこれくらいいいでしょ。学校も放課後もダンジョンも一緒なんだしさ。はいはい、蓮にしかできないオーバーヒートチェックお願い!」
強引に背中を押すと、まだ「解せぬ」って口を尖らせながら、蓮は渋々ダンジョンへ入っていった。私は急いで更衣室で着替えてからその後を追う。
今日は「どのくらい魔法使ったらオーバーヒートの前兆を起こすか」のチェックだから、実戦と同じ装備は必要だけど実際にモンスターと戦うわけじゃない。
相変わらず人のいない1層で、フル装備の状態でまずサモン・ファミリアを唱えた。一番負荷が掛かる状態を試さないと、「確認の時はもっと行けたのにサモン・ファミリアを併用したら思ったよりダメだった!」とかになりかねないもんね。
白いコウモリがパタパタ天井近くを飛ぶのを見ながら、ふと「この子に名前付けてないな」と気づいてしまった。
霊体状態だし私の分身っぽいから、コロッと忘れてたよね。
「よし、この子の名前はナツにしよう」
「ナツ? なんでナツ? てか、おまえは使い魔にも名前付けるのか」
「蓮は付けないの?」
「付けないな……でも、自転車とかにも名前付ける人いるよな」
自転車には名前付けないけども、コウモリは見た目ちょっと可愛いからね。
手のひらで包んでモフモフできないのが残念。
「名前はねー、日向夏から。柑橘系で白いから」
「日向夏って白いっけ?」
「日向夏は白い綿のところ食べるじゃん」
「いや、食べたことない」
すげない蓮の言葉! がーん!
私もそんなにたくさん食べたことがあるわけじゃないけど、あのふかふかした白いところを食べるっていうのが新感覚で、印象深かったんだよね!
というわけで、使い魔コウモリ改めてナツを介して、MPが空になるまで魔法を連発する。私の場合最大MPが蓮ほど高くないから、とりあえずマジックポーション5本までは何の問題も起きなさそう。
MPが空になったらマジックポーションを飲んで、多分負荷が高そうな最上級魔法をガンガン撃つ。すぐに「ここは湖でしたよ」ってくらい水が溜まってしまったので、今度はフロストスフィアで凍らせて、ファイアーウォールで溶かすのを繰り返す。
「大丈夫か?」
10本目のマジックポーションを飲んだ私を見て、蓮が凄くビクビクしている。前に蓮がオーバーヒート起こしたときは、マジックポーション8本だったっけ。あの時はポーション中毒も起こしたんだよね。
「大丈夫、まだなんともないよ。10本飲んだけど、根本的に蓮とはMPの高さが違うもんね……」
「いや、でも柚香もLV上がってるし、MPかなり上がっただろ」
「あ」
忘れてた! でも今のところまだ私はなんともないんだよね。
というか、私の素のMPと補正を足したくらいが、蓮の装備補正とあまり変わらない。……本当に蓮って魔法に関しては破格だなあ。
異変が起きたのは、ポーションを12本飲んだ後だった。
頭痛というより、むかつきがしてきた。脳のオーバーワークより先にポーションの中毒症状が出たっぽい!
「気持ち悪い……」
多分この「気持ち悪い」状態でナツを出したままにしてると、更に頭痛とかしてくるんだろうな。
慌ててナツを消して口元を押さえる私に、蓮がおろおろしながら肩を貸してくれた。
「ダンジョンハウスに戻ろう。果穂さんに迎えに来てもらうか?」
「……ママは今日、大山阿夫利ダンジョンに行ってる」
うっかりしてたなあ……脳の過負荷で頭痛が先に来てたら少し休めば済む話だったんだけど、ポーション中毒はちょっと時間が掛かる。
「一応連絡してみる」
私をダンジョンハウスに抱えていって、店員さんに小部屋の使用許可をもらって横にさせてから、蓮はママにLIMEでメッセージを送っていた。
「ポーション12本か……体質的にやっぱり中毒の起こしやすさが違うんだろうな。柚香はポーション10本を目安にした方がいいぞ。それにしても、マジでおまえってサモン・ファミリアと相性がいいんだな」
目の上に冷たいタオルを載せていると、蓮のちょっと呆れたような声が聞こえてきた。確かに私も前からサモン・ファミリアに関しては向いてる魔法の気がしてたけど、蓮からお墨付きをもらうとなんか嬉しいな。
「ただ練習で魔法を撃つのと、戦闘中に魔法を撃つのとだと脳への負荷は違ってくるだろうけど……大丈夫か。柚香の場合、過負荷問題よりもポーション中毒の方が先に来るんだもんな」
「あー、確かにいきなり倒れるとかはなさそう。今も気持ち悪いだけだもん」
ある意味、中毒の方は「何本がやばいレベル」ってわかりやすいから対処しやすいかもしれないなあ。確認しておいてよかったよ。
私がそんなことを思っていたら、LIMEのメッセージ着信音がした。
「果穂さん、今から来てくれるって。デストードの痺れ毒はもうゲットしたらしい」
「うへえー……」
ママからのメッセージを蓮が伝えてくれたんだけど、思わず力ない変な声が漏れた。
もうデストードの痺れ毒ゲットしたって、どんだけアグさんに無双させたんだろうか……。