第336話 最終攻略への準備
新宿の路上で倒れてるのはさすがにまずいよねって、私とママで颯姫さんを新宿ダンジョンの1層へと運んだ。
「ど、ドンマイ」
「まあ、次95層から戦えば120になるよ」
ライトさんとタイムさんが、ちょっとうろたえながら励ましてるけど、颯姫さんはなかなか起き上がれないでいるね……。
私の中にも、99層であんなに戦ったのにっていう気持ちがちょっとある。でも、颯姫さんたちは高LVだから、そもそも上がりにくいんだろうな。LV1上げるのに膨大な経験値が必要になってくるんだろう。
「颯姫ちゃん、ショックなのもわかるけど、このまま100層に行かなくてよかったわね。どっちにしろ次の土日にしないと無理だったのよ」
「……ううう、やっぱり蓮くんみたいに低レベルから魔法が使えたわけじゃないから、成長率が厳しいです。私が攻撃魔法取れたの、LV7からだし」
「それでも十分早いですよ!?」
世間一般では聖弥くんの「MAG75」ですら、魔法使いとしては一流と言われるんだよね。ひとりの人間が取れる魔法の系統は大体2種類っていうのが常識だから。
やっぱりMAGの初期値が与える影響は大きいよ。LV10までに魔法を使えるようになるかどうかで、その後の成長率が大きく変化するからね。
「蓮を比較対象にしちゃダメです! 魔法に関しては異常だから!」
「そっか! そうだよね、蓮くんは異常だった!」
私が颯姫さんに力強く言うと、ガバッと起き上がった颯姫さんが同意してくれた。でも今度は蓮が「解せぬ」って顔で割り込んでくる。
「俺が異常者みたいな言い方やめてくださいよ!」
「蓮のMAGは十分おかしいよ?」
「いやー、聖弥くんのMAGでも世間的には凄いんだけどね」
蓮に聖弥くんがツッコみ、更にタイムさんがその聖弥くんにツッコんでる状況。その中で、ママと彩花ちゃんが「ケッ、どうせMAG低いよ」みたいに目を逸らしていた。
「じゃあ帰ろうか。帰りに寄りやすいコートコに寄りながら。蓮くん、聖弥くん、彩花ちゃん、親御さんに『ファミリーパックのお寿司買って帰る』って伝えておいて。奢ってあげるよ」
ライトさんが車のキーを取り出して、指先でくるくる回す。おおお、お寿司奢るってなんか凄いね! ファミリーパックは5千円しないけど。
「やったー! さすがライトさん、大人はこうでないと!」
「ライトさん! 俺には!? 俺には奢ってくれないの!?」
諸手を挙げて大喜びする彩花ちゃんとは対照的に、バス屋さんがライトさんにしがみついてる。バス屋さんは……奢ってもらわなくてもたくさんお金あるんじゃないのかな、ライトニング・グロウなんだし。
「えっ? おまえとタイムさんは、そもそもうちで一緒に食べるんだと思ってた」
「あざっす!」
当然だが? ってむしろライトさんが驚いてるよ。なんだかんだ言って、ライトニング・グロウも仲良しだよね。寝食共にするってやっぱり強いなあ。
「いやー、俺あまりにも家にいなくて、とうとう親にご飯用意されなくなってさー」
「うわ、悲しい。バス屋さんは実家なんですか?」
バス屋さんは笑ってるけど、それは切ないなあ。でも、ふらっと出かけていつ戻るかわからないとそうなっちゃうのかな。
「俺とアネーゴは実家。ライトさんとタイムさんはひとり暮らし。俺の家は鎌倉」
ふむふむ。颯姫さんは横須賀に住んでるって前にも聞いたなあ。なんか、横須賀を拠点にしてるから、なんとなく全員横須賀に住んでるのかと思ってた。鎌倉と横須賀もそんなに遠くはないけど。
とりあえず颯姫さんが立ち直ったから、みんなでぞろぞろと新宿駅東口のロータリーに向かう。前と同じくそこで車を出して乗って、私たちは帰路についた。もちろん、途中でお寿司を買いつつ。
車の中でダンジョンアプリ起動してステータスを確認してみたら、私のLVは77まで上がってた!
STRは300超えてるし、MAGもなんと200超え。元々一番高いAGIに至っては400以上。
初めてヤマトを見たときとんでもないステータスだと思ったけど、そんなのを軽々と超えてるよ。本当に新宿ダンジョンの経験値の入り方と、LVリセット後の成長率凄いなあ。
まあ、蓮のMAGが450超えてるから、乾いた笑いしか出ないんだけどね……。
「柚香ちゃん、来週までに棒手裏剣を増やしておける?」
「寧々ちゃんに頼めばすぐですよ」
そんなことをタイムさんに尋ねられて答えたら、ヒヒイロカネ鉱石を渡された。しかも何個も!
「えっ」
そんな、アポイタカラほどじゃないけど高価なものをぽんっと!
私が顔を引きつらせていると、「ああ」とタイムさんは笑う。
「大丈夫、あげるわけじゃないから。新宿ダンジョンの攻略が終わったら、材料変換して返してくれればいいよ」
「なるほど、そういうことならお借りします」
「クラフト代もこっちから払うから、寧々ちゃんに聞いておいて。それで作れるだけ作ってもらって」
颯姫さんが続きを引き取って言うので、私は悩んだ挙げ句に渋々頷いた。私が使うけど、タイムさんが言うとおり「新宿ダンジョン攻略が終わったら返す」なら、所有権はライトニング・グロウにあるんだもんね。
私が蓮と聖弥くんの装備品の所有権を持ってて、貸し出してるのと一緒だ。だったら、クラフト代は颯姫さんたちが出すので間違いはない。
「じゃあ、今度の土曜日に。一度攻略したフロアだから、覚悟も準備もしやすいね」
そんなことを言われて、大船駅で別れる。私はそれまでの間に、全員の靴のサイズを教えてもらっていた。追加のヒヒイロカネ鉱石も預かっている。
あの場では有効に働かなかったけど、蓮の「敵の足元を氷で封じて移動できなくする」っていうのはやっぱり強いと思うんだよね。でも「私たちは自由に移動できる」のが前提。
だから、靴に着脱できる滑り止めスパイクも作ってもらおうと提案したんだ。市販品だと敵の攻撃を受けたときに壊れるのが怖いから、ヒヒイロカネ製の布とヒヒイロカネを使って。これも伝説金属紡績が関係するから法月紡績さんにお願いして、それから寧々ちゃんに頼まないといけない。
あまりに寧々ちゃんが忙しいかな? 棒手裏剣の方は金沢さんに頼もうかな。
それと、ママに頼んでなんとかデストードの痺れ毒をもうひとつくらい入手してもらう予定。
大山阿夫利ダンジョンならアグさんが戦えるから、ママだったらそんなに苦労しないでゲットできると思うんだよね。
「スパイク、追加の棒手裏剣、毒シート……あと用意しておけそうなものはあるかな」
「理想を言えば、不滅の指輪が欲しいね」
「それは無理だろ。レアボスの青箱だぞ」
私が指を折りながら確認していたら、聖弥くんが無茶を言ってすぐ蓮に否定されていた。それは、本当に理想だよ!
「待った、ゆずっち、これ見て!」
彩花ちゃんがひとりだけスマホいじってるなあと思ったら、ネットオークションを見てたみたいだ。急に興奮した声で私に画面を見せてくる。
何かと思ったら、「魅了無効の指輪」だって!
「こんなものあるんだ!?」
「毒無効の指輪があるんだから、こっちもあるんじゃないかと思ったんだよね! 不滅の指輪はやっぱりどこにも出てなかったけど、これ一個だけ出てる」
お値段は2万スタートで15万即決、終了は5日後だ。最低価格が毒無効の指輪の相場と同じか。
魅了を使ってくるモンスターは毒を使ってくるモンスターに比べて圧倒的に少ないけど、上級ダンジョン下層でも出ることを考えるとこのくらいのお値段になるのかな。
「彩花ちゃん、リンクちょうだい」
画面を一瞥したママが彩花ちゃんからLIMEでそのオークションの場所を教わり、即決価格で入札した。
私も買うべきと思ったけど、ママの決断が早い!
「ないより遥かにマシよ。ユズは未成年だから私が取引した方が早いし、即決にしないと土曜日に間に合わないわ」
あ、そうか。いろいろやりとりして送ってもらわないといけないもんね。
LVアップで蓮はRSTが上がって更に安全になったから、不滅の指輪は私が、届いたら魅了無効の指輪は彩花ちゃんが使うことになった。
私がアイテムバッグに入ったお寿司を蓮たちの家に配達してる間に、ママはヒヒイロカネ鉱石を法月紡績さんに持っていき、布にしてもらえるように頼んでいた。
寧々ちゃんや金沢さんと相談して、やっぱり棒手裏剣は金沢さんにお願いすることに。単純に、水曜納期で寧々ちゃんに依頼が入っていて、金沢さんはたまたま予定が空いていたから。
新宿ダンジョン100層へ向けて、準備は着々と進んでいる。
今日は月曜日だから土曜日まで4日しかないけど、その間に颯姫さんは気持ちをまとめられるかな……。