第334話 柚香の困惑
「俺、思うんですけど」
そろりそろりと蓮が挙手をした。そして私と颯姫さんの上に交互に視線をよこしながら喋り始める。
「俺がもし余命ちょっとで、柚香だけが俺を生き延びさせる可能性があるってわかったら、俺は悪いと思いつつ柚香に賭けます。こいつの実力と根性と豪運を信じてるから」
「ちょ……豪運じゃないよ? 私はヤマトをテイムして、ヤマトが隠し部屋を見つけたから豪運って世間から言われたけどさ。そもそもヤマトは私か彩花ちゃんじゃないとテイムされてくれないし、私たちがダンジョンに出入りを始めたからその気配を察してあそこに現れたんだろうし」
「だから、そのヤマトが現れた日、本来の主である長谷部が『たまたま』ダンジョンに来てなくて、『たまたま』柚香に先に会ったからヤマトはおまえの従魔になったんだろ? それを運って言うんだよ」
蓮に言われて私はまた言葉を詰まらせた。それを見て、蓮はゆっくり言葉を続ける。
「そもそも、柚香の場合大概のことは自分でどうにかできるから、僅かな可能性に縋るとか、一か八かの賭けに出るとか、そういうことしないです。だから、その前世で自分から生け贄になったってのは、本当にそれ以外こいつにとっては道がなかったんじゃないかと思う。柚香は、逆の立場だったら俺に賭けてくれるか?」
蓮が真面目な顔でじっと私を見つめている。
……何故こうなった。颯姫さんの話だったつもりなのに。
「蓮に、命を賭ける、かぁ。うーん、でもそうすると蓮が失敗したとき、必要以上に責任を負っちゃうよね。それはやだな」
「おまえなー、こういう時は賭けられるって言うんだよ! 相変わらず自分のことは信じてても人のこと信じてないな!」
「ごめん、そういうつもりじゃないんだけどそう考えちゃうんだよ!」
そういえば付き合うことになった時も、似たようなこと言われたぞ! つまり私って進歩がない人間ってこと!?
「俺は柚香が失敗しないって信じられるから、それが1%の確率でも賭けられます」
「リア充強い……もごっ」
堂々と言いきった蓮をバス屋さんが混ぜっ返して、ライトさんに口を塞がれている。ほんっとうにこの人は空気読まないっていうかさあ!
「失敗しないって信じられるから、か……そう考えれば、蓮に命賭けられるかな。私は蓮の根性も凄いと思ってるし。なんか、失敗されるのありきで考えるのがデフォルトになってたかも」
彩花ちゃんが蓮をつついていて、その彩花ちゃんをママが凝視している。――うん、この場合、ママが正解かな。
「言われてるぞ安永蓮」
「えっ、俺って必ず失敗するって思われてんの!?」
「違う違う! 蓮じゃない! 前世でやらかし大王がいたから、その時の考え方がベースになってるみたい」
彩花ちゃんはガーンという顔をしてるけど、あの人行く先々でトラブルに巻き込まれてるからね。ごたごたを片付けに回ったんだから仕方ないといえばそうだけど、割とやらかしてる話も多い。
「仕方ないんだよ、それは。私は、いや、弟橘媛は、小碓王を生かすための身代わり的な役目を運命付けられてたからさ。もう、名前からして弟橘じゃん。橘って非時香菓っていう不死を授ける木の実のことだし。不死を授けるってことは、相手のために自分が犠牲になるってことだよ」
彩花ちゃんを除くその場にいた全員が、「ヒッ!」って驚いた顔をしてる。彩花ちゃんは、悲しそうにうなだれていた。小碓王は知ってたのかな? 気づいてなかったっぽいな、この反応だと。
「ママは、パパに命預けられる?」
「預けられないわね」
試しに訊いてみたらまさかの即答だった。うちの両親、仲はいいけど微妙にママからパパへの能力的な信頼が薄いんだよなー! 前にも生活面で頼りないとか言われてた記憶ある。
その生活面頼りないパパに私を任せて、ダンジョンに行ってたくせに……。
「僕はアイリちゃんに命賭けられます。それで死んでも、何もしないままでも死んだなら賭ける価値はあると思うし」
「さっきから思ってたんだけど、なんでずっとカップルの話になってんの」
聖弥くんのきっぱりした発言にも一理あるなと思った瞬間、バス屋さんの言葉で私まで首を傾げてしまった。本当だよ、颯姫さんと上野さんの話なのに、カップル前提の話になってる。
「それは仕方ないんじゃないかな、発端が姫と上野さんの……」
「付き合ってません! それに――」
颯姫さんは何かを言いかけて、ぐっと言葉を飲み込んだ。
そして、悩ながらもみんなに向かって言った。
「そういうことも含めて考えなきゃ。心配掛けてごめん。多分ゆ~かちゃんの言ったとおり、私まだいろんなことが心の中で決着付いてないんだと思う。10年もの間あまり考えないようにして、ただ目先の新宿ダンジョン攻略とかLV上げのことばかり考えて逃避してたツケが回ってきたのね」
だから、と一度言葉を切って、颯姫さんは頭を下げた。
「次の土日までっていう猶予を作ってくれてありがとう。――あー、少し気が楽になった」
もしかしたら強がりかもしれないけど、颯姫さんはそう言って笑って見せた。
いろんな人の心に大なり小なりモヤモヤを残しつつ、颯姫さん自身は少し落ち着いたみたいだ。
「俺はカップルじゃなくてもタイムさんなら命預けられる。人格面はともかく能力的には信頼してる」
「ごめん、僕はライトさんには命預けられないな。謀略系が弱いっていうか、そこはやっぱりこのメンバーなら藤さんが一番安心できる」
ライトさんとタイムさんの間ではそんなやりとりがあって、「二度と援軍出さない!」「ゲームと現実は違う!」って掴み合いになってた。その後ろで「誰も俺に命賭けられるって言ってくれない」ってバス屋さんが膝を抱えてるし。
そこは仕方ないんじゃないかな! 小碓王以上のやらかし大王だしさ!