第330話 UNKNOWN・3
「可燃性の粉塵が大気中に浮遊してるとき、一定条件下で引火すると爆発するんだよ。ポイントは空気中に一定量以上の可燃性物質を漂わせることと、酸素量の調整。あとは静電気でも火花があれば一気にドカン」
まるで、「水を火で温めるとお湯になります」くらいの調子で、バス屋さんがスラスラと粉塵爆発の理論を説く。
本人以外の全員が、私含めてポカンと彼を見ていた。
「小麦粉が有名だけど、まあ石炭の粉とか硫黄の粉とか、アルミとか金属も多いよ。要は燃えるならなんでもいいわけ。でも意図的に起こそうとすると結構難しいよ。可燃物の濃度の調整もだし、均一に分散させるのも難しいし。湿度とかも関係するしさ」
「……本当に理系だったんだ」
颯姫さんが呆然と呟いた一言が、全員の心情を代弁してたと思う。バス屋さんは「え、今更?」とへらりと笑う。
「意外すぎワロタ」
全然笑ってない真顔でタイムさんがぽつりと言った。これは、混乱極まった感じ!? 私も気持ち的にはそんな感じだけど!
「えーと……まとめると?」
ママが難しい顔で額を押さえている。バス屋さんがしゃべったことは聞き取れたけど、意外すぎて理解できなかったって様子かな。
「つまり、粉塵爆発を起こすのは現実的じゃないかなー」
「………………バス屋の口から現実的って言葉を聞くのが違和感ある」
ライトさんもめちゃくちゃ苦悩している。バス屋さんがこの場で粉塵爆発起こしたみたいな惨状だよ。
ライトニング・グロウのなかでひとりだけ若いし、戦ってるときはともかくその他の場面では言動が軽すぎて、私たちを含めてもヒエラルキー最下層扱いされてる人だけど、頼れるときもあるんだなあ。
うん、でも今この瞬間も態度は軽いね。
「じゃ、粉塵爆発はなしってことで」
「あ、ハイ」
まだ「解せぬ」って顔をしたままでライトさんがまとめると、発案者の彩花ちゃんが素直に頷く。
そして、謎の沈黙がリビングに満ちた。
「今、何の時間だっけ?」
粉塵爆発に全てを持って行かれてその前が思い出せないよ。私の問いかけに、何故か10秒くらいしてから颯姫さんが立ち上がった。
「水まんじゅうの対策話してたんだよね!?」
「アネーゴ、大丈夫!?」
「大丈夫じゃありません! 混乱中!」
この場に最大の混乱を引き起こしたバス屋さんが、颯姫さんを案じるように覗き込んでる。
結局、「夕飯の後にまた相談しよう」ということで、一度作戦会議はお開きになった。誰も思考回路が正常に働いてなかったもんね……。
結局その日はみんな若干ぼーっとしたまま夕飯を終え、夕飯後の作戦会議でも有効と思える案は出なかった。というか、みんなまだ「ステータス:混乱」って状況だった。
「とりあえず、明日もう一回様子を見よう。もしかしたら、一晩でしぼんでるかもしれないし」
ライトさんがそんな事を言う時点で、大分思考を放棄してる……。まあ、しぼんでてくれたらいいなと思うけどね。
そして翌日、私たちはまたインフィニティバリアを唱えて水まんじゅう(仮)と対峙していた。
気づいたんだけど、インフィニティバリアを通過してくるね。ということは、物理攻撃をするつもりも、今魔法の発動直前とかでもないってことか。
「インフィニティバリアを通過してるから、攻撃意思はないみたいです。……そもそも、モンスターなのかもわかってないけど」
「インフィニティバリアってそんな感じなのか。バリア内で攻撃行動を取るとどうなる?」
「バリア外に弾き出されます。奥多摩ダンジョンで確認済みです」
もう一度インフィニティバリアを唱えると、タイムさんは「なるほど」と頷いている。
「試しに、ヤマトに攻撃してもらおうか。一番打撃が強いからね」
「ヤマト、GO」
警戒をしつつも、ヤマトは私にコマンドを出されると謎の水まんじゅうに飛びかかっていった。そして、ばいん、と跳ね返されている。トランポリンで跳んだみたいな動きだった……。
「やっぱり跳ね返されるし、それでも攻撃意思はないわね」
進退窮まって全員が唸ったその瞬間――。
「ウー……」
飛びかかっていって跳ね返されたのが悔しかったのか、ヤマトがまた水まんじゅう(仮)に向かって行った。そして、勢いよく飛びかかることはせずに頭でぐいぐいと水まんじゅう(仮)を押している。
「あれ!?」
全く効果は無いように思えたんだけど、ずりっと水まんじゅう(仮)が押されて動いた。
「押されてずれた!」
「もしかして動かせる!?」
それに気づいた私と聖弥くんは、ヤマトの隣に走って行くとできるだけ勢いを付けないように水まんじゅう(仮)に手をくっつけて、そのまま力を入れて押してみた。
私とヤマトと聖弥くんに押されて、更にずりずりと移動していく水まんじゅう(仮)。これは、行けるかも!
「勢い付けると跳ね飛ばされるから、ゆっくり押してください!」
聖弥くんの言葉で全員が加わって押すと、階段の前にはなんとか人が通れるくらいの隙間ができた。私はそこで手を離して高々と拳を突き上げる。
「これで通れる! 行きましょう!」
「えええー? こんなの有りなの? 倒さなくていいの?」
私が階段に入ったのでみんなが後に続いてくるけど、颯姫さんが昨日バス屋さんの話を聞いた時みたいに困惑してる。
それでも、なんとか全員が階段に入ったので一度居住区域に戻る。私と聖弥くん以外は「解せぬ」って顔をしてるけど、いいんだよこれで!
「昨日颯姫さんも言ってたじゃないですかー。大事なのは階段を降りられないってことだって。倒せなくても通れたから無問題ですよ」
「そうです、経験値的な問題だったら、他の階で稼げばいいんですよ」
私と聖弥くんが堂々と言うので、そのうちみんなも納得したみたいだ。
颯姫さんは一番戸惑ってたけど、お茶を飲み終える頃には気持ちを切り替えられたみたいだ。
私はインフィニティバリアを連発しちゃったから少し休ませてもらうけど、その後は86層からまた攻略開始だね。