第325話 いきなり因縁の敵
そうそう、タイムさんにデストードの痺れ毒を渡さなきゃね。せっかく奥多摩ダンジョンで拾ったんだから。
「タイムさーん! 奥多摩ダンジョンでモンスターハウスに遭遇して、デストードの痺れ毒をふたつ拾ったんですよ。ひとつあげますね、シートに加工してもらってありますから」
新学期始まってから、五十嵐先輩にシート加工を頼んでおいたんだよね。どさっとテーブルに毒シートを積むと、低い声で颯姫さんと言い合っていたタイムさんがこっちにきた。
「おっ! 嬉しいなあ、いくら? お金払うよ」
「いやー、いいですよー」
「ダメダメ、未成年から奢られる大人とか、いくらドロップ品でもダメだよ」
タイムさんって真っ当な大人だなあ! バス屋さんだとそのまま奢られる気がする!
ちょっと感動しつつ、スマホで五十嵐先輩に払った金額を調べて、私はそれをタイムさんに見せた。
「毒はドロップだしオークションとかに出回ってないから、今回はお金いいです。シート加工代だけもらいますね。横須賀ダンジョンに行った時に一緒だった五十嵐先輩にクラフトはお願いしてます」
「ああ、ミレイちゃんね、覚えてるよ。じゃあ、この分地上に出たら払うから」
私の示してる金額をタイムさんはスマホにメモして、毒シートを受け取った。そしてアイテムバッグから毒無効の指輪とボウガンの矢を出して、さっそく貼り付け始める。
毒無効の指輪、準備してあったんだ。さすがー!
「ごめん、ちょっと時間掛かりそうだからみんなはウォーミングアップしてて」
「手伝います!」
ボウガンの矢は数があるから大変だね。五十嵐先輩には「ボウガンに使います」って発注したから、シート自体も小さく作ってあるし、これは時間が掛かる。
「ありがとう、慣れたらすぐできるようになると思うんだけどね」
「数が多いから……多分すぐに慣れますよ」
私も毒無効の指輪を付けて、タイムさんのシート貼りを手伝う。ふたりでやると私がそこそこ慣れてるせいもあって、それほど時間掛からずに終わった。
その後はウォーミングアップして、フロアに降りる前のミーティングだ。
「今日は76層から。1層終わったらお昼で戻って、午後は3時間を予定してるけど、目標層は定めてないから。想定されるモンスターは、75層の時に引き続き荒れ地エリアのモンスター。今までと同じく、スリープ&パラライズでいこう」
「私と聖弥くん、補正込みだと多分颯姫さんよりMAG高くなってるけどどうします?」
「あっ」
前回は颯姫さんと蓮のふたりでスリープ&パラライズだったけど、今回は私たちもできるんだよね。
「聖弥くん、サポートメイジにウィザードなんだね、物理攻撃のイメージ強いからそんなにMAGが上がってるって思わなかった」
「村雨丸はMAG補正が弱いから、ゆ~かちゃんはそのうち魔法使うための杖を作った方がいいかもね」
「えー、邪魔ですよ、武器2本も持って戦うの」
タイムさんは素直に驚いてて、颯姫さんはちょっと悔しそうにため息をつく。何か……すみません。
確かに蓮のロータスロッドみたいにMAGとMPに思いっきり補正入ってるものがあれば、私の魔法はもっと強くなるけど。
背中に80㎝クラスの杖背負って、村雨丸は腰に佩いて、って邪魔でしかないよね!
「じゃあ、姫は左、ゆ~かちゃん中央左、聖弥くん中央右、蓮くん右でいこう。魔術師4人体制か……凄いな」
ライトさんもしみじみしてる。9人中4人がジョブウィザードを取得してるって、確かになかなかないよね。
そして、向かった76層――。
「なにこれー!?」
「こんなこと……あるんすか!?」
「あー、レアフロアって奴ね。一層丸々同じ敵っていう、ごく稀に起きる奴」
階段からフロアを覗き込んだ颯姫さんが驚いた声を上げ、蓮は絶叫し、ママが解説してる。
何がいるんだ? って私たちも階段の下の方まで降りて行って、絶句するやら爆笑するやら。
そこにいたのは、灰色のゴーレム――つまり、ミスリルゴーレムの群れだった。
「えっ、いきなりスリープ&パラライズが効かない奴じゃん」
「あーははははは! おっかしー! ヤマトが無双する!」
「しょうがないな、降りたら即聖弥くんはラピッドブースト、蓮くんはパワーブースト、姫はデクスターブースト、ゆ~かちゃんはレジストブーストで。それ掛けたら片っ端から殴り倒そう」
私は一瞬引いたし、彩花ちゃんは爆笑するし……でもライトさんはすぐに立ち直って指示を出した。うん、ミスリルゴーレム相手ならそれが早いね。
「じゃあ、――GO!」
ライトさんの掛け声で一斉に私たちはフロアに降り、手近なミスリルゴーレムに物理攻撃を仕掛け始めた。
私は村雨丸を納刀したままで、殴りかかって倒し、回し蹴りで倒し。ヤマトも疾風のように駆け回りながら、頭突きや蹴りで敵を仕留めていく。一撃ずつで倒れていくから気持ちいい!
「柚香! 10メートル先にメイルシュトロム撃ってくれ!」
「えっ、なんで!?」
そんなケルナグール祭の中、何故か蓮が私に魔法を要求してくる。
「ミスリルゴーレムの移動を封じる。足元だけ氷の中に閉じ込める」
「あー、なるほどね。わかった、メイルシュトロム!」
確かに直接の魔法は効かないけど、氷の中に封じ込められるのは効くよね。蓮に言われたとおり10メートル先の地面を狙ってメイルシュトロムを打つと、水がある程度広がったところで蓮がアブソリュート・ゼロでそれを凍らせた。
結構な範囲の広さで、足を氷に封じられたミスリルゴーレムは身動きできなくなってる。更に倒すのが楽になったね!
と、思ったんだけど。
「ぎゃん!! やーすーなーがー! 余計なことすんな!」
「あ、私も無理! これ問題あるわ」
彩花ちゃんとママが、氷の上歩いて行こうとして滑ってる……。彩花ちゃんなんか思いきり転んでお尻打ってたよ、これは痛い!
私たちの靴はモチーフがそもそも「安全靴」だから裏がギザギザになってて行けるんだけど、確かに冒険者用の靴って滑り止めが付いてるものはあまりないよね……。
「おのれ安永、末代まで祟ってやる」
「……蓮、コンボも考えものだよ」
「悪かった! ファイアーウォール!」
ママは中距離からの攻撃に切り替えたけど、彩花ちゃんがお怒りモードに入ってしまった。蓮は仕方なく炎で氷を溶かしている。
うーん、靴だけなんとかすれば有効な気もするけどな。