第319話 「おかえり」
考えてみれば、「積極的に手は貸さない」とは言ったものの、最後尾にはアグさんとママがいるわけで、中層階から戻るのにバックアタックを警戒する必要は完全になくなった。
フレイムドラゴンに自らアタックしてくるモンスターは、いないのよ。人間相手だとどんなに相手が強かろうが攻撃を仕掛けてくるのに、モンスターは同類の強さには敏感だ。
――そして、先頭を走るヤマトも、アグさんと同類の強さなわけで。
「戦術の訓練にならない!」
「ヤマトが一緒に行けないのは夏合宿と修学旅行だけだから、もういいよ!」
盛大に愚痴るママに、思い切り開き直って返す。
これからヤマトとはずっと一緒だもん。撫子はもういないし、ヤマト的には不本意かもしれないけど、私が冒険者やめてもこの大きさなら問題なく家で暮らせる。今までもそうだったように。
だから、帰ったら今度はアグさんのことを考えなきゃね。でっかいアグさんが住める場所を作らなきゃ。
そんなことを考える余裕があるくらい、1層へ向かって上っていく行程はトラブルもなく進んだ。戦闘回避はしない分時間はかかったけども。
途中でママはパパに連絡を入れていて、近くにあるヘリポートに許可を取ってそこで待ってるって返事が返ってきた。さすがパパ、抜かりない。
「うわー、やっと1層だー!」
なんだか、奥多摩ダンジョンに足を踏み入れてから凄く長い時間が経ったような気がして、思わず階段を上ったところで叫んでしまった。実際には1日半も掛かってないんだけど。
「そういえば、なんでここだったんだろうね、ヤマトがいたのは」
「ああ、それね」
普通は秩父ダンジョンにいるって思うじゃん。大口真神なんだから、三峯神社から最寄りのそっちにいるって思うよね。
ふと気になって誰とはなしに言ってみたら、ママが反応した。
「それね、スレに書いてた人がいたわ。このダンジョン、三峯神社と武蔵御嶽神社を直線で結んだちょうど真ん中の位置にあるらしいのよね。根拠がオカルト的だからその理由は検討材料に入れられてなかったみたいなんだけど」
「いや、もうダンジョン自体、神様案件自体がオカルトの分野だよ! 一番信憑性あるよ!」
そもそもダンジョン作ったのがいろんな神様たちだしさ、ヤマト自身が神様の内に入ってるし。
思わず大声を出してしまったら、ママが「あー……」と自分のおでこを叩いてた。
「私自身はそういう根拠は信じられなかったのよ。だって、寒川神社がレイラインの上にあるとかで急に流行ったじゃない? 地元民的に『なにその理由』って思ってたからなんか拒否反応でちゃったのかも」
「なんか……わかる」
「僕も」
ぬぬう……確かに物心着いた頃から初詣に行ってる神社を引き合いに出されたら、納得するしかない。蓮と聖弥くんも頷いてるし。
「ダンジョンが神様案件だって知ってる人が多ければ、ここも真っ先に捜索されたかもしれなかったわね……でも公にできない話だし」
確かに、それは私がマナ溜まりに落ちてアカシックレコードにアクセスしたから知った話で、それはごく一部の関係者以外知らないし言えない話だもんね……。
外に出たら既に日が暮れていた。でも、やっぱりダンジョンじゃない森の中は空気がいいな!
ヤマトもうーんと伸びをしていて、外の空気を満喫している。
「じゃあこれから道にぶつかるまで山を下りましょ。そこからは、私が車を運転するから――ユズ、アグさんに乗っていいわよ」
「えっ、私が乗っていいの!?」
「むしろあんた以外に誰が乗るのよ」
ママの意外な発言に驚いたら、何故か呆れられた。なぁぜなぁぜ!?
「うちの車、定員4人よ。後部座席に3人ぎちぎちに座っていいならそれでもいいけど」
「あーっ! アグさんに乗る! せっかくだもん!」
そっか、ママが車を運転したら、後乗れるのは3人だ。後ろに3人は乗れないこともないけど、確かに狭い。
というか、アグさんに乗って飛べる機会があるんだから、これを逃す手はないよね!
「やったー! ドラゴンで空飛べるー!」
「ちぇー、ゆずっちいいなー」
「俺は絶対やだな……」
彩花ちゃんは羨ましがるし、蓮は嫌がる。まあ、予想通りの反応ですな。
「ワンワン!」
じゃあこれから山を下りますか、となった時、ヤマトが尻尾を振りながら「こっちこっち」というように鳴いた。
「付いて来いって?」
「でしょ? 元々ヤマトって道案内の神使だし」
「ワンッ!」
なんとなくヤマトの言いたいことがフワッと伝わった私が呟いたら、彩花ちゃんが思いっきり頷いてる。そうだ! そういえばそうだったよ。
「ヤマト……おまえ、最高に心強いな」
蓮がヤマトに抱きついて撫でたら、ヤマトは「でしょう!」と言うように柴スマイルでパタパタと尻尾を振る。
そしてママはアグさんに乗って一足先に山を下り、私たちはヤマトについて道路まで下った。
そして――お楽しみのアグさんタイムだ!
ヤマトは蓮が抱っこして車に乗るはずだったんだけど、私がアグさんの上に乗ったらぴょんとこっちに飛び乗ってきて、私の両腕の間に収まった。
「グァ?」
「ゥワン」
落っこちない? 大丈夫? というようにアグさんが長い首を巡らせて背中を見ていて、ヤマトが「平気だよ」と返事したみたいだった。
ああ、なんということでしょう! ヤマトと一緒にアグさんの背中の上だなんて!
盛大に悔しがる蓮には「明日遊ばせてあげるから」と約束しておいて、私を乗せたアグさんはすうっと空へ飛び上がった。
なんだろう、これ。魔法的な力でも働いてるのかな。もっと飛び始めるときバッサバッサと翼を動かして揺れるんじゃないかと思ったけど、まるで紙飛行機が飛び立つように滑らかだ。
先行してる車を追いかけるように――でもスピード自体はアグさんの方があるから、時々車を見失わない程度にぐるりと回って――奥多摩の空を私はドラゴンの背に乗って飛んだ。
――風が直撃してきて、めっちゃくちゃ寒かった……。ヤマトも風に耐えて足を凄い踏ん張ってた。
ああ、昼間だったらきっと眺めが良かったんだろうなあ。でも日が暮れたとはいえ視界が効かないわけじゃない。
黒いのは山、少し明るいのは空。茅ヶ崎よりは星が見えやすいかな。
寒いけど、ヤマトと一緒に空を飛んだのはきっと一生の思い出になるんだろうな。
ヘリポートにアグさんが降りて、ママたちと合流して最初に私が言ったのは「寒い」って一言だった。もう、手とか感覚ギリギリだったよ! 冷えすぎて!
「ごめーん! 防寒させるの忘れてた!」
「許すまじ」
手を合わせて謝ってくるママに顔を強ばらせたまま答えると、パパが保温バックからホットのミルクティーのペットボトルを取り出して渡してくれた。準備がいい!
「こうなることはわかってたからね。この時期に風防も無しに飛ぶのは寒いだろうと思って買っておいたよ」
「ありがとうパパ!」
ミルクティーをまず飲んで口の中を温めて、残りは凍えた手で暖を取るのに使う。
ママはそれ以上言われる前にと思ったのか、車をアイテムバッグに入れるとアグさんに乗って先に飛び立っていった。
帰りのヘリからは夜景がよく見えて、私たちは窓の外に釘付けになっていた。でも、楽しくはあるけど早く家に帰りたい気持ちの方が強いかな……うちに帰ったら、ヤマトと一緒にお風呂に入って、また一緒に眠るんだ。
そして数十分後、茅ヶ崎のうちのヘリポートに着いた私たちは、そこで解散することになった。パパはママが車で迎えに来るまで待つらしい。私はヤマトと一緒に走って帰るけどね。
「じゃあ、蓮、明日ね」
「うん、明日な」
「由井聖弥、あいっち経由で連絡するから特訓サボるなよ」
「アイリちゃん経由? うーん、それならいいかな。アイリちゃんも一緒にダンジョンに行けばLVアップできるし」
それぞれに約束をして、久しぶりに――本当に久しぶりに、心配事なく家へと向かう。
玄関の鍵を開けてヤマトを抱きかかえたまま家に入って、私は家中に響くような声を上げた。
「サツキー、メイー、カンター、ただいまー!」
サツキとメイが待ち構えていたように玄関まで飛んできて、カンタは久しぶりなヤマトに警戒したのか階段の途中で「やんのか」の体勢になってる。
「それから……ヤマト、おかえり!!」
腕の中のヤマトをキュッと抱きしめたら、頬をペロペロと舐められた。
温かくて、くすぐったい。
ああ、やっと、戻ってきたよ。
おかえり、私の日常。