第314話 進軍開始
とりあえず慣れるためにしばらく使い魔コウモリは出しておくことにして、私たちは29層を進んでいく。左側は回廊、右側にそれに沿って小部屋があって、さっき私がテレポートしたところだ。
道順通りに行くと、この回廊を通って右折して、小部屋の入り口を通り過ぎつつ進んでいくんだけど……時短かつ経験値を稼ぎつつ進むならこうだよね。
「感覚共有できるなら、多分使い魔から魔法撃てる気がする。試してみるね。蓮は回廊の方の敵を倒しちゃって」
「あー、それ試したけど俺は駄目だったやつだ。じゃあ回廊の方は任せろ」
マルチタスクが得意かどうかでそこまで変わるものなのかな? でも割と感覚的なものだから、性別による得手不得手以前に受け入れられるかどうかに個人差がありそうな魔法でもある。
なんだか、使い魔のコウモリを従えてるのって魔女っぽいな。案外、そういうところに由来があるのかもしれないけど。
私はコウモリにもう一度壁抜けをさせて、そっちの視界を意識しつつ蓮の氷コンボを使ってみることにした。
「アクアフロウ! フロストスフィア! ハリケーン!!」
どれも手加減無しの最大出力。ハリケーンが特に込める気合いで威力が増減しやすい魔法だから、そこは特に気合いを入れて。
コウモリの視界の中で、生み出された水球が凍り、ハリケーンの中に魔力で生じた真空刃で砕かれて周囲に飛び散っていく。
ズガガガッと氷の破片が壁に激突する音が響く。同時に小部屋の中にいたモンスターの大半は、マシンガンで撃たれたようになって消えていく。
うーん、一部始終を見たのは初めてだけど、エグいなあ……。
私の魔力だと、威力が足りないか。ここは上級ダンジョンの下層だしね。
「ファイアーボール、ファイアーボール」
コウモリを飛び回らせて、生き残った敵を追いかけて魔法で潰していく。
これが小部屋の外からできるのは反則だよね。
「どうだ?」
私がモンスターを掃討し終えた時には、蓮も回廊の敵を一掃していた。なんか心配そうに聞かれたから、「大丈夫」と笑顔で答える。
多分蓮は、自分がオーバーヒートで倒れたことがあるから、「サモン・ファミリアを維持しながら攻撃魔法のコンボを使う」私に掛かる負荷を心配したんだろうね。
でも私自身はそんなに気にならないかな……アカシックレコードにアクセスしたときの方が段違いに脳みそ使った感じがした。
コウモリは小部屋の出入り口から先行させて、索敵しつつ蓮の魔法とコウモリから撃つ魔法で回廊のモンスターを挟み撃ちにしていく。
「これは、便利!」
「使い手を選ぶ魔法だけどね」
あまりのチートさに思わず叫んだら、聖弥くんの冷静な声が応えた。そうか、聖弥くんもダメなタイプか。マルチタスクとかめちゃくちゃ得意そうに見えるんだけども。
「颯姫さんとか使ってないのなんでだろう? 確かになくても平気な魔法だけど、一度便利さに慣れたら戻れないよ。例えば、3人で作る氷の塊とか削るのに、私じゃなくて使い魔から魔法撃てるんだもん。テレポート不要になるよ」
「使い魔の移動速度が追いつくかってことと、その間柚香自身が周囲への注意力が全く下がらないなら、それも有効だけどさ」
「うっ……」
蓮の指摘に思わず私は呻いた。
確かに、サモン・ファミリアを維持してる間は、100%いつもと同じ注意力は発揮できない。せいぜい80%ってところかな。
でも、視界が広がるのは凄い有利なんだよね、悩ましい。
コウモリの方に意識取られすぎて、自分本体がバックアタック食らったりしたら目も当てられないけど、そもそも私ひとりで戦ってるわけじゃないしなあ。
なんてことを説明しつつ、28層に上がるところで私は一度コウモリを消した。
覚えてる限り、28層は大広間と大回廊がある。行きは広間を通らずにアグさんの力で回廊の方を爆走してきちゃったけど、今回はまともに戦わないとね。
まずはヤマトに先行させて、私も村雨丸を抜いて大回廊の敵と対峙する。
回廊とはいえ広さが結構あるから、私と聖弥くんと彩花ちゃんが並んで戦えるんだよね。
ここは湿地エリアだから、ヤマトにはデストードには攻撃しないように命令しておいて、蓮がデストードをライトニングで狙い撃ちしていく。
物理攻撃メインの私たちは、キリングトードやマッドゴーレムを相手取る。
「マッドゴーレムって、焼いたら煉瓦みたくならないかな!?」
「やってみよう!」
彩花ちゃんのトンデモ発想に聖弥くんが即答して、ファイアーボールがドカンとマッドゴーレムにぶつかっていった。
あ……倒しちゃってる。聖弥くん、MAGの補正も高いからなあ。
「うーん、火力が重要だなあ。ゆずっちお願い」
「煉瓦職人かな? こういう時は、ファイアーウォール!」
ファイアーボールだと衝突の勢いがあるから、何かをこんがり焼くには向いてないんだよね。
ゴーレム系はおしなべて動きは鈍重なんだけど、マッドゴーレムはその中でも「泥」という性質のせいか殊更に遅い。ウロウロと逃げ場を探していたけど、他のモンスターがファイアーウォールを避けたせいで回廊の中で身動き取れなくなっている。
武器を構えた私たちが少し離れた場所から警戒を続けていたら、ファイアーウォールが消えた頃には水分が飛んで普通のゴーレムのようになったマッドゴーレムが立っていた。
私のファイアーウォールが蓮や聖弥くんの火魔法ほど威力が高くないせいもあるけど、泥だけあって火には強いんだな。
……などと感心してたら、ヤマトがどーんと体当たりしてマッドゴーレムを砕いてしまった。
「あー、ヤマト! ボクが倒そうと思ってたのに!」
「彩花ちゃん……あと2層上がればエルダーゴーレムが出るからそっち狙いなよ。いちいち焼いて、は非効率」
ぶーぶーと文句を言われたけど、回廊を抜けて大広間を索敵した結果を伝えた途端、彩花ちゃんの目は爛々と輝いた。
「一度やってみたかったんだよね、モンスターハウスで大暴れ」
「ワウ!」
「ヤマト、そこで彩花ちゃんに同意しないで!」
そう、上級ダンジョン28層なんて場所で、よりにもよって大広間にみっちりとモンスターが詰まっていたのだ……。





