第313話 サモン・ファミリア
ケンジ騒動が片付いた後は、特に何事もなく朝を迎えた。
ヤマトはやっぱり私の足元で寝てたし、お味噌汁のいい匂いがしてる。
一足早く起きたらしいママが、携帯コンロでお味噌汁を作ってるらしい。
「おはよう、ママ」
「おはよう、ユズ。そこに水タンクと洗面器置いといたから顔洗ってきなさい。使った後の水は床に撒いて大丈夫よ」
「はーい」
声を掛けるとママは手が離せないらしく、私の方をちょっと振り向いただけで指示をされた。
冷たい水で顔を洗い、置いてあったハンドタオルで濡れた顔を拭く。そうか、洗顔用だけならハンドタオルで十分か。きっとこれもアイテムバッグに10枚ぐらい入れられてるんだろうな……。
寝る前に解いた髪をいつものポニーテールに結っている最中に、蓮と聖弥くんがほとんど同時に目を覚ました。起きるタイミングが一緒とか、仲良しか。……と思ったら、もそっと彩花ちゃんも起き上がる。
「うーん、お味噌汁の匂いー。戦いの予感ー」
「彩花ちゃん……確かに今日は戦闘するけどそんなものは感じ取らなくていいから」
新宿ダンジョンでも言ってたけど、本当に「朝がお味噌汁=ダンジョンの日」なんだな……これはちょっと一度彩花ちゃんママに報告した方がいいかもしれない。
「……なんか、真水で顔洗った後に化粧水付けないと変な感じがするな」
「蓮はもうスキンケア用品一式を常に持ち歩いた方がいい気がするよ。あー、僕らもそのうち髭剃りセットとかも必要になるんだろうなー」
そんな聖弥くんのぼやきを聞いた彩花ちゃんが、おもむろに聖弥くんの元に歩いて行った。
そして、じっくり顔を見つめた後でいきなり手を伸ばして顎を撫でてる!
「は、長谷部さん!?」
「髭、ほとんどないじゃん。なーんだ」
慌てる聖弥くんを尻目に今度は蓮にターゲットを変えて触りに行こうとしてるけど、蓮は気づいて逃げている。何やってるんだろう、この人たち……。
「俺も髭ないから! 寝起きの髭があるのは前田と中森!」
「あー、なるなる。あいつら男性ホルモン濃そうだもんね」
……なんで蓮は、前田くんと中森くんの寝起きの髭情報なんか持ってるんだろうなあ。夏合宿の時同じ部屋だったっけ。
とりあえず、彩花ちゃんは蓮の顎から興味を失ったようだった。
「ほらー、小碓王の頃もさー、ボクって体質なのかほとんど髭が生えなかったんだよねー。そのせいか何なのか知らないけど、転生してもあんまり髭が濃かったことがなくて」
「そんな影響あるの!? 確かに小碓王は女装美少年の面影がずっと残ってたけど」
武人だけどガッツリ筋肉って感じじゃなくて、小碓王は綺麗なまま成長して若いうちに死んでしまったんだよね。今の彩花ちゃんと筋肉的には大差ない気がする。
「だから髭に憧れる……素戔嗚尊とか髭凄かったっていうんだから、血縁関係にあったボクだって髭もじゃでもおかしくなかったのに」
髭もじゃの小碓王……それはちょっとないわ。私的にない。
そんなアホな事を話している間に、別のお鍋でレトルトご飯が温まった。
いくつかレトルトのおかずが一緒に温められていて、ダンジョンだというのに朝から温かいご飯とお味噌汁、それと煮魚とかのおかずが並ぶ。
「今日は来たのと同じ道を戻るわ。でも基本戦闘回避はしないで、モンスはいるだけ倒しちゃうつもりでね。予定は午後5時までに地上に出る感じ」
お味噌汁を飲みながら、ママが簡単に今日の予定を説明した。昨日は午前中に到着して多分午後6時くらいにはここに着いてたから、それよりちょっと余裕を持って戦闘をするつもりなんだろうな。
ヤマトも含めて朝ご飯はバッチリと食べ、ママの監視の元歯磨きもきちんとし、ちょっとだけ時間をもらってヤマトとアグさんとフライングディスクで遊ぶ。うん、朝はこうでなくてはね。
エアマットやシュラフなど、持ち帰るものは全てアイテムバッグにポンポンと放り込み、階段に設置してある罠はテグスを切って鈴は回収。宝箱は棒手裏剣を取り出してから蓋をして放置。これでいつの間にか宝箱は消えちゃうんだよね。蓋を開けたままだったり、アイテムバッグに入れたりすると持ち歩けるんだけど。
それでもダンジョンの外には持ち出せないようになってる。多分木とかと一緒で資源扱いなんだろうな。
階段を登る前に、ママは一度立ち止まった。アグさんと前に立つことはせず、後ろに下がる。
「さて、ここから先は私とアグさんは後詰めに回るわ。あなたたち、特にユズは以前とは戦闘スタイルが変わってるから、ヤマトとの連携も確認しつつ立ち回ること。私とアグさんがセットで一緒にいるのはもうこの帰り道だけだと思って、ね」
「イエスマム!」
そうだよね、新宿ダンジョンにアグさんは行けないし、「ママとアグさんがいる戦闘」に慣れてしまうのはいけない。この強さは依存性がある。
テイマーとしてヤマトに指示を出しつつ、私は魔法での戦いと武器での戦いの最高効率を心がけながら……あれ?
「テイマーで、ワイズマンで、基本物理攻撃って、私もしかして万能?」
「今更かよ……」
ふと気づいたことを呟いたら、「出会ったときから魔法一筋」の蓮にすっごい呆れた顔でぼやかれた。
「僕とは別の意味で万能だよね、柚香ちゃんは」
「うんうん、ゆずっちは多分世界最強。仮にボクが戦っても、遠距離から魔法で潰される。ゆずっちママとアグさんのコンビくらいしか相手にならないでしょ」
確かに、聖弥くんとできることは似てるんだけど、なんか「万能」の意味合いがこう、ニュアンス的に違うなあ。
聖弥くんは細かいことまでできるけど、私はもうちょっと大雑把かもしれない。
で、彩花ちゃんは私にしか負けないみたいに言ってるけど、蓮にも負けるんだよね、遠距離だったらの話だけど。
「隊列どうしようか。聖弥くんと私でW先頭、彩花ちゃん後衛で蓮が真ん中って感じ?」
「長谷部さんがいるから今日のところはそれがいいかな。普段は今まで通り柚香ちゃん前衛、僕が後衛で蓮を守るフォーメーションでいいと思うけど。やっぱり索敵能力は僕よりも柚香ちゃんの方が上だし」
「つまり安永蓮は常に姫ポジション」
「うるせえ、パラライズ掛けるぞ」
私と聖弥くんが真面目に話し合ってるのに、彩花ちゃんが蓮をからかって蓮が「口が悪いアイドル」全開になっている……。
あ、パラライズと言えば――。
「そういえばさ、上級魔法にサモン・ファミリアってあるじゃん。あれって使い勝手どうなの? 要は使い魔召喚でしょ?」
まだ一度も使ってない上級魔法があったことを思いだして蓮に尋ねたら、蓮は凄く微妙な顔になった。
「サモン・ファミリアな。あれ、いまいち使い勝手がわかんねえ」
「魔法コンボ開発の鬼の蓮でも、使い勝手がわからない魔法……」
なにそれ、嫌すぎる。せっかく習得したのに。
「待って、サモン・ファミリアだったら蓮くんよりユズの方が使いこなせるかもしれないわ」
「へ!? そんな魔法があるの?」
ママが突然そんなことを言うから、思わず変な声が出ちゃったよ。
「試してみればいいわ、敵がいる状態で。なんでユズの方が向いてるかって、体感した方が多分早いと思うから」
「えええ……」
いきなり実戦は怖すぎるなあ。でも、ママにアグさんもいる今だから、敵がいる状態でもまだ安全に使う事ができるとも言えるか。
とりあえず階段を上りきる寸前で、サモン・ファミリアを使ってみることにした。使い魔っていってもいまいちピンとこないし、さすがに敵のど真ん中で使うのは私も怖いよ。
「あれ、何これ!?」
「うん、そういう反応になるよな」
視界がダブってるし、蓮の声がステレオ的に聞こえる。上を見上げたら、白いコウモリがパタパタと羽ばたいていた。
なるほど、これが使い魔か。で、もしかして感覚共有してるのかな。コウモリの視界と私自身の視界が重なって見えてるんだ。
「おもしろー! 慣れないと酔うかもしれないけど」
意識するだけでコウモリが自由自在に飛び回る。どうも霊体状態みたいで、モンスターからはターゲット取られないし壁もすり抜けちゃうね。
「柚香、普通に使えるのか?」
コウモリを平然と飛び回らせて性能を確認してる私を、蓮が覗き込んでくる。眉の間に思いっきり皺が寄ってるなあ。今どういう心情なんだろうか。
「うん? そうだねー、自分の視界も認識しながらコウモリの視界も把握できるよ」
「えええええええ、俺、それができないんだけど」
「……なぁぜなぁぜ?」
私が首を傾げていると、聖弥くんもサモン・ファミリアを使ってコウモリを出した。こっちは黒いコウモリか。色に個体差があるんだ、それは可愛い。
「あ、わかった。マルチタスクだよ、これ。だから柚香ちゃんの方が得意なんだ」
ちょっとだけコウモリを飛び回らせて、すぐに聖弥くんは魔法を解除する。
マルチタスク……って、パソコンとかで複数の作業を並行してやることだよね?
「マルチタスクって、並行して処理してるように見えるけど、実際には複数の作業を脳内で高速切り替えしてるんだよ。そこの管理は女性の方が得意らしいんだ」
「そうそう、だから蓮くんよりユズの方が適応できるんじゃないかと思ったのよね」
「ほほう? あれ? もしかしてこれって……テレポート」
テレポートは視線が通ってないとできない。逆に言えば、見えるところには跳べる。
そして、今私は自分の視界と使い魔コウモリの視界のふたつを使えてる。
「やっぱり行ける!」
コウモリに壁抜けさせておいて、そこから見えるところにテレポートできる!
これは、ある意味便利! 索敵に圧倒的なアドバンテージが取れる! 多分こういう使い方は既にしてる人がいて、魔法の専門サイト見たら載ってるだろうけど。
壁を抜けた先の小部屋にいるモンスターにタゲられたから、とりあえずコウモリをまた壁抜けさせて元のところに再度テレポートする。
うん、多分やりすぎると脳の処理が単純に倍になってオーバーヒート的なことになるかもしれないけど、私との相性は悪くなさそう。





