第311話 ここをキャンプ地とする!
わいわいとバーベキューをしながら雑談配信をして、その間にヤマトは足元で寝てしまい、私たちもお腹いっぱいになったのでそこでいろいろとお開きになった。
……というか、さすがママですよ。
水がタンクで入ってたのもちょっと驚いたんだけど、全員分の歯ブラシやコップとかも揃ってる。
簡易トイレもあるし段ボール製の衝立もあるし、凄いな!
「ダンジョンで寝るのはさすがのボクも初めてだけど……こうなるとは思わなかった」
「うん、私も」
私と彩花ちゃんはフロアの隅っこの方で並んで寝っ転がりながら、そんなことをしゃべっている。
こんなこと――エアマットの上にひとりひとりのシュラフがあって、全然地面の固さは感じないし全く寒くもない。ダンジョン内は季節問わず気温が一定だから、実に快適。
アイテムバッグ様々すぎる。
ママから聞いたところによると、モリモリパーティーでも共有財産としてアイテムバッグを途中から持てたので、「体力の無駄な消耗を避けるため」快適さは追求してきたらしい。
このエアマットとかシュラフは「そのうちまた使うでしょ? 少なくとも卒業まで冒険者するなら」とママに押しつけられた形だ。
もそもそとヤマトが私のシュラフに潜り込んできて、うつ伏せになって顔を出すと、ふん、と鼻を鳴らした。そこで落ち着いたんだね。
「ヤマトー、今日からまた一緒に寝ようねえ」
猫よりは固い、でも柴犬としてはちょい柔らかめの毛を撫でて、私はヤマトの首筋に顔を埋めた。
うーん、若干の獣臭……犬がいるって感じ! 猫はほとんど匂わないから、この匂いも懐かしく感じる。
「羨ましい。……ってボクははっきり言うけどね。そこのヘタレは言わなさそうだよね」
彩花ちゃんが私越しに、ちょっと離れたところで寝っ転がってる蓮に視線を送った。
挑発してどうするんだ……いや、いつでも挑発して牽制して、あわよくば別れさせたいんだよね……そういえばそうだったわ。
「誰がヘタレだよ。俺だって羨ましいよ! 一緒に寝たいよ!」
「れ、蓮、そこはっきり言うんだ……」
「ひぇ……」
何故か逆ギレした蓮に、聖弥くんは顔を引きつらせ、私は「ここでそういうこと言う!?」とビビり散らした。
「ヤマト! たまには俺と寝ようぜ! こっちおいで! ほら」
蓮の顔は大真面目で……あ、羨ましいって「私と寝る」のがじゃなくて「ヤマトと寝る」のが羨ましいのか。チッ……。
まあ、蓮はいつでも犬成分に飢えてるからなあ。デートの行き先にドッグランを選んだりさ。
「蓮くん。ぶふっ」
ママが堪えきれずに吹きだした。彩花ちゃんはシュラフから出て行って蓮の頭をバシッとはたいている。
「じゃあおまえヤマトと寝ろ! ボクはゆずっちを抱きしめて寝る!」
「は? あ、あ、あああああ! そういう、そういうことなのか!? いや、柚香、誤解だ!」
急に彩花ちゃんの「羨ましい」の真意に気づき、蓮が顔を真っ赤にして慌てだした。
いやー……ここで慌てられてもね。というか、親同伴のこの状況でくっついて寝るとかそもそもないわ。
「蓮はいつでも犬成分が足りてないのはわかってるよ。一瞬驚いたけどね。でも今日はヤマトは私と寝るの! せっかく久しぶりに会えたんだから」
ヤマトをぎゅっと抱きしめて宣言すると、蓮が顔を赤くしたままこくこくと頷いた。
「じゃー、ゆずっち、シュラフ開いてふたり分合体させよー」
「いたしません」
調子に乗った彩花ちゃんが同衾を求めてくるので、きっぱりと断っておいた。
何もされないのはわかってるよ。彩花ちゃんはただ私のことが好きなだけで、何かをしたいとかそういう欲求を持ってるわけじゃないから。
ただ、ふたりでくっついて寝たら、純粋に暑いわ! 外のような真冬の気温じゃないから、「シュラフどこまで開けて寝るべきか」悩んでるくらいなのに。
きっと、今はヤマトもくっついてるけど、そのうち暑くなって出るね。それで朝になったら足元とかで寝てるんだ。家でいつもしてるように。
「あんたたち、そろそろ寝なさい。早く寝ておかないと大変よ」
「はーい」
ママに注意され、夜10時にもなってないけどアイマスクをして寝る準備をする。
ダンジョンの中は24時間明るさも一定だから、寝るときにはこういう工夫も必要なんだって。
体の横にちょこんとヤマトがいるのを感じて、じんわりと胸が温かくなる。
やっと、やっと取り戻した。私の大好きなヤマト。
これで新宿ダンジョンを攻略したら、きっといつもの日々が戻って……あ、ステータス見せたら大泉先生ひっくり返るかな……。「なんなんだい、これは。僕ぁ聞いてないよぉ」とか言いそうだな。
とりとめもないことが頭をよぎっていく。そのうちに私は意外にすんなりと眠りに落ちていた。
チリリン、という鈴の音に私はハッと目を覚ました。
続いたのは男の悲鳴。なんだ? と思う間もなく、ママの高笑いが響く。
「あーはははははは! この間抜け野郎が! ダンジョンのいろはも知らないくせによく今まで上級で活動できたわね!」
ママ、「なんとかのいろは」って言葉好きだな……じゃなくて、何が起きた?
アイマスクを外して周囲を見回せば、階段のところにうずくまる影がある。
「あ、さっきの! 負け犬ケンジ!」
ヤマトに腕の一部を食いちぎられ、逃げ帰ったはずのケンジがそこにはいた。でも声も出さず、身動きもしないで固まってる。
えーと、どういうことだろう?