第307話 再会
私は地面に膝をついて、ヤマトに向かって手を伸ばした。
「ヤマト、遅くなってごめんね。迎えに来たよ」
動けないまま何日も待たせてごめんね。
会いたかったよ、毎日毎日ヤマトのことを考えて何度も泣いた。
LVアップを実感する度、思うことは「この力があればヤマトを迎えに行くのに役に立つ」ということばかり。
やっと、ここまできたよ。一度は切られた縁の糸を、再び繋ぐために。
心の底から、ヤマトに言いたかった言葉に全ての感情を込めて優しく告げる。
その声を聞いたヤマトはペロリと舌を出して柴犬の笑顔を見せて、尻尾をちぎれんばかりに振りながらこちらに走ってきた!
「会いたかった……会いたかったよ、ヤマトぉぉぉ」
腕の中に飛び込んできたヤマトを抱きしめると、顔をベロベロと舐められる。ちょっと血の匂いがするけど、そんなこと気にしてられない!
『個体ヤマトが柳川柚香をマスターと認定。柳川柚香にジョブ【テイマー】を付与します』
来た来たー!! アナウンスきたー!
うううう、良かったー! 彩花ちゃんも来てるからどうかと思ったんだけど、ヤマトはまた私を選んでくれたよ!
「アナウンスきた! テイムできた! うわあああああん!!」
この場には彩花ちゃんもいるから、どちらかを選ぶだろうとは思ってたけど私を選んでくれるという100%の自信はなかった。
でもそんな不安を胸の中に持っていたのは私だけで、ヤマトはまっすぐに私を選んでくれた。サザンビーチダンジョンで出会ってから半年、前世も含めるともっとたくさんの時間を過ごしてきたけど、ヤマト自身も私といることを選んでくれたんだ!
毎日一緒にランニングして、遊んで、お風呂に入って、一緒に寝て、その積み重ねた時間を私だけじゃなくてヤマトも大事な物だと思ってくれてるんだね……。
腕の中の小さな温もりが愛しくて、ヤマトを抱きしめたまま私は号泣した。
撫子と戦ってヤマトと引き離されて、今日で6日目。1週間にも満たない時間だったけど、私には凄く凄く長く感じた。
だからこそ、やっとヤマトと再会できた今は思う存分泣くことを自分に許せる。
『おめでとう!』
『ヤマトの方からテイムされに行ったじゃねーか!』
『ゆ~かちゃん、良かったね!!』
涙で歪む視界の中、私とヤマトの再会を祝うコメントが次々に流れていく。
私はちょっと泣き止んではまた大泣きを繰り返し、その涙をヤマトがペロペロと舐めてくれた。
私の向かいには腕からダラダラと血を流しながら喚き散らすケンジがいるけど、そのパーティーの魔法使いが微妙な表情をして近寄ってきてケンジに向かってヒールを掛けた。
「てめえ……舐め腐りやがって!」
傷が治った途端、顔を真っ赤にしたケンジが武器を振りかざしてこっちに飛びかかってきた! うわー、学習能力がないにもほどがあるー!!
「ケンジ、やめろ! 死ぬぞ!」
「やってみろよ! 暴行罪で訴えてやんよ!」
「バカ! 配信されてんだぞ!?」
輩パーティーの中も仲間割れ状態だけど、ケンジのロングソードは私に届く前にガキンと音を立ててぶっ飛ばされた。
「じゃあ死んでみるか? ああん?」
私とケンジの間に割り入った彩花ちゃんは、鋭い剣筋でケンジの手からロングソードを奪っただけじゃなく、奴の喉元に草薙剣を突きつけていた。
彩花ちゃんの方が背が低いから、下から喉をなぞって顎の裏まで鋒をツツツと動かしていく。
ヒ、と喉を詰まらせた声がして、ケンジの喉仏が上下に動くのが見えた。
彩花ちゃんがその気になれば、草薙剣はケンジの喉を貫くだろう。さっき私が止めたから殺すつもりは本当はないだろうけども。
「お兄さん、そこまでにしようか。傷害罪で訴えるとか言うかな? ところで、これなーんだ?」
ニコニコと、あくまで穏やかで爽やかな笑顔を浮かべて聖弥くんが歩み寄ってきた。
その手にあるスマホを操作すると、音声が流れ出す。
”ヤマト! どこ!?”
”チクショウ! ここまで来たのにおまえなんかにヤマトを渡すかよ! タクヤ、おまえはヤマトを探せ! シュウ、いつものアレやんぞ!”
”ふざけないでよ! こっちはヤマト探すのに必死なのに!”
”バッカじゃねーの! 早いもん勝ちなんだよ! 俺らの方が先に来てたんだから俺らに権利があるんだよ!”
私がフロアに降りてからモンスタートレインなすりつけられてる一部始終じゃん……聖弥くん俯瞰設定で飛ばして撮影してたのか。本当に用意周到だな。
「いつものアレがモンスタートレインとはね。常習犯だよね、お兄さんたち。ケンジ、タクヤ、シュウ、半分しか名前わからないけど、配信で流れちゃったね、どうする?」
小首を傾げて見せる聖弥くんは、悪意の一片も見いだせないような爽やかな笑顔を浮かべている。それにコメントが沸くこと沸くこと!
『腹黒王子出たー』
『こういう時本当に聖弥は頼りになるな』
「既に要注意パーティーとしてブラックリストに載ってそうだけど、またパラライズ掛けて捕まえて警察に突き出そうか? ダンジョンの中とはいえ被害届出てそうだよね? 冒険者協会の方に通報してもいいけど、というか通報するけど」
こっちは本物の弁護士の息子だからね。親の影響か言葉で攻め出すと強いよ。
ケンジの顔が赤いを通り越してどす黒くなった。これ行き過ぎると鼻血出るんだよね。蓮がオーバーヒートでやったから知ってる。
「スイマセンスイマセン、助けてください!」
「俺はゆ~かちゃんのヤマトを横取りするなんて反対だったんです!」
残りの5人は逃げだそうとして階段でアグさんに阻まれていた。威圧も何も使わずに唸るだけでアグさんはそいつらを怯えさせ、それ以上逃げるのを防いでいる。
「ゆ~か、どうする?」
「逃がしていいよ、というか、どうでもいい。せっかくヤマトと再会できたんだから、とにかく邪魔しないで欲しい」
ママに訊かれたから率直に答えると、ママは輩たちに向かってにっこりと笑いかけた。それ、トラウマになる奴では?
「良かったわねえ、あんたたち。命拾いって本当にこの事よ。ねえ、アグさん」
「アギャス」
言外に「ゆ~かが許してなかったら始末してた」というのを匂わせつつ、ママがアグさんに少しだけどくように命令した。5人は怯えつつも壁際ギリギリを通って、アグさんから極力離れるように逃げて行く。
「おい、おいっ! おまえら、俺を置いていくってどういうことだよ! バカ野郎どもめ!」
「バカはおまえだ。さっさとボクらの前から失せろ」
ケンジと彩花ちゃんじゃ強さの格が違う。彩花ちゃんの本気の威圧にやっとケンジはのろのろと後退を始め、途中から駆けて逃げ去った。
「はああああああああああ…………」
ヤマトのお腹に顔を埋めながら、凄いため息をついてしまったわ。
まさかこんな邪魔が入るなんて思わなかった。僻地で物凄く行きにくいって颯姫さんから聞いてたから、油断したよ。
「あっ、ヤマト、ごめんね、今お水出してあげる」
モンスターだから食べなくても平気とはいえ、ヤマトは飼い犬モードの時には普通に食事をしていた。
アイテムバッグから容器と水を取り出してその場でヤマトに水をあげると、ガフガフとヤマトは水を飲む。これは……喉が渇いてたんだね。もっと早く迎えに来てあげられれば良かったんだけど。
フードも取り出してお皿にザラザラと入れていると『配信してること忘れてんだろ』ってコメントが流れていった。はい、忘れてました!
「すみません、今本気で忘れてた! この通り、なんとかヤマトを取り戻すことができました! 蓮、さっき鑑定したときの画面もう一度見せて」
「ん、これな」
ヤマト LV1
HP 130/130(+25)
MP 80/80(+50)
STR 150(+32)
VIT 160(+35)
MAG 95(+33)
RST 100(+35)
DEX 140(+32)
AGI 180(+33)
装備 【アポイタカラ・Tシャツ】
種族 【大口真神】
蓮が差し出してくれたのはテイムされる前のだから、従魔って補足やマスター名はないね。HPも満タンだし、状態異常もなし。
気のせいか、初めてテイムしたときよりステータスが高い気がするけど、多分【柴犬?】じゃなくて【大口真神】になってるせいだと思う。真名が判明したときにステータスが上がったし。
「状態異常もないし、健康状態も特に問題なさそうです。ヤマト捜索に協力してくれたみなさん、X‘sだけじゃなくて、7ちゃんねるのみなさんも……ほんとうに、ほんとうに……ありがとう!! うわああああん!」
ありがとうって言える日がやっときたよ。
お礼の言葉を言うことができて、本当にヤマトを取り戻せたんだという実感が胸に迫ってくる。
「あー、すいません、ゆ~かが泣いてて収拾つかないけど、また落ち着いたら配信します。……俺からもお礼を言わせてください。俺たちが特訓をしてる間、ヤマトの捜索でいろんな人にお世話になりました。ありがとうございます」
私が使い物にならないから、蓮がスマホに向かって配信の締めの言葉を言っている。
その声も、最後は少しだけ涙声だった。