第306話 どーもどーも、化け物の母と化け物の娘です
「ゆ~かです! ヤマトを奥多摩ダンジョン最深部で発見しました! でも先にボスと戦闘してたパーティーがヤマトに対する権利を主張してきたので、これからヤマトにどちらを選ぶか決めてもらおうと思います!」
「オイコラ、勝手してんじゃねえぞ! 俺らはこの犬をテイムしないで持ち帰って、欲しがってる奴に渡すんだよ!」
「はぁぁぁ? その頭は飾り物? 脳みそ入ってる? 従魔になってないとダンジョンから出られないでしょうが! テイマーのいろはのいも知らないくせにナマ言ってんじゃねーよ、クソガキが!」
うは、私が言い返そうと思ってたのにママが割り込んできた。鞭でびしりと地面を叩いたから、輩たちのうちの半分くらいは怯えた顔をママに向けている。
「お、おい、階段塞いでるのただのドラゴンじゃねーぞ、ただのドラゴンはあんなにでかくねえ」
「まさか、赤いからフレイムドラゴンか?」
「ば、バカ言ってんじゃねーよ。フレイムドラゴン連れた鞭使いっていったら『歩く災害』じゃねーか。引退したはずなのにこんなところに居合わせてたまるかよ」
「うふ、ご名答~☆ どーもどーも、ゆ~かの母でフレイムドラゴンのマスター、『歩く災害』こと『かほたん』よ」
アグさんを見て慄いた輩どもが慌てたように声を荒げる中、ママが場違いなほど明るく笑って名乗りを上げた。うへえー、脅すより笑顔の方が怖いんだよね、こういう時って!
それを聞いて、また半分以上が悲鳴を上げて怯えている。配信の方のコメントも「げえええ」って悲鳴が入ってるし……ママの「歩く災害」って二つ名、どこまで広まってたんだろう……。
てか、冒険者ネームは「かほたん」だったんだ……私にはそっちの方が驚きだよ。
「ママ……今配信してるけど、正体ばらしていいの?」
ずっとサンバ仮面で顔バレしないようにしてきたのに、ここにきて顔出ししちゃったし、フレイムドラゴンのマスターだっていうとんでもない事実まで公表してしまった。それがちょっと心配。
「いいのいいの。私が顔出ししなかったのは、私に対するヘイトが我が家で一番無力なゆ~かに向かうのが怖かったからよ。今のゆ~かなら、そんなの返り討ちにできる。大丈夫」
ああ……なるほど、そういうことだったんだ。確かに、パパも元冒険者だし配信し始めの頃なんかは私が一番物理的に弱かったもんね。多分。
「というわけで、ヤマトはテイムしない限りこのダンジョンから連れ出せないから。状態異常解くから、そっちから先にチャレンジどうぞ?」
私は横たわるヤマトの小さな前足を手に取って、不滅の指輪を2本の指にまたぐように嵌めさせた。
途端にヤマトは起き上がって、ブルブルと柴ドリルをする。うう、抱きしめたいけど「ずるした」と思われたくないから今は我慢だ。
「ヤマトぉ~、おいでー。ワンワンチュルンだぞ」
ヤマトをそのまま連れ出すことは諦めたらしい輩のリーダーは、猫なで声でジェル状おやつを取り出してヤマトを呼んだ。意外に準備いいな……。
「お、おい、ケンジ、やめとけよ……Y quartetだけでもバカみたいに強いのに、フレイムドラゴンにかほたんまでいるんだからおとなしく諦めようぜ。マジ、敵に回したくねえよ」
「臆病者は黙ってやがれ! 誰がなんと言おうと、俺たちの方が先に来てたんだから、優先権があるんだよ!」
ふーん、あの輩のリーダーはケンジっていうんだ。他のメンバーが止めに入ってるのに、引こうとしないね。
それは蛮勇なんだよ。中森くん以下なんだわ。
階段を塞ぐように陣取って怖い顔で威嚇してくるフレイムドラゴンに、歩く災害の二つ名持ちのそのマスター。それだけでも十分ヤバいのに、私たちの特訓前の強さだってこいつらは知ってるはず。
その証拠に、ケンジ以外のメンバーは怯えたような顔で壁際に下がってしまっている。――多分、恐れてる相手はママだろうと思うけど。
ワンワンチュルンと聞いて、ヤマトはテテテ、とケンジの方に向かった。ヤマトの興味を惹いたことで勝った気になったんだろう、顔を歪ませてケンジは私に向かって勝ち誇ったように笑った。
次の瞬間――。
「ぎゃああああああ!!」
絶叫がフロアに響き渡る。ワンワンチュルンを差し出していたケンジの手は、ヤマトにがっぷりと噛みつかれていた。私がヤマトを連れ帰った初日、ステイを練習していて噛まれたのよりも作為的に、そりゃもう思いっきり。
「グルルルルッ!」
「ひ、やめろッ! 離せ、離せクソ犬が! ぎゃああああああ!!」
更に噛みついたまま唸られ、首を振られ、私ですら「うわあ」と思わず呟いてしまうほどの手荒い攻撃を受けている。
『これが、野生のヤマト……』
通り過ぎていったコメントに同意しかない。いや、記憶は残ってるはずだから確信犯なんだろうけど。
一際高いケンジの悲鳴が、テイムの失敗をわかりやすく周囲に知らせた。ケンジの腕から肉片を噛みちぎったヤマトは、それをペッと吐き出している。
……ま、いいか。向こうにも魔法使いいるんだしヒールくらいはできるでしょ。
ヤマトを甘く見たのが悪いんだよ。
「おれの、俺の腕がああッ! バカゆ~か、賠償金払いやがれ! てめえの犬だろうがっ!」
「見るからに頭悪そうなのに、さっきから権利だの優先権だの賠償金だの、頑張って偉そうなこと言うじゃん? 残念でした、鑑定しても構わないけどヤマトは今は野生のモンスターですぅー」
蹴り飛ばしてやりたいけど、配信してるからとりあえず暴力行為の証拠になるようなことは控えておこう。
蓮がダンジョンアプリでヤマトを鑑定して、マスターがいない状態であることを証明するように画面に映してくれた。やっぱりLV1に戻ってるし、マスターの項目自体がないね。