第303話 最下層で
ドラゴンが消えた後には魔石と一緒に鱗が3枚落ちていた。大体こういう物ってクラフト素材になるんだよね。
渡す先が五十嵐先輩になるか寧々ちゃんになるかあいちゃんになるかはわからないけど、とりあえず拾ってアイテムバッグに入れておく。
「そういえば、アグさんの鱗とかもクラフトに使えるのかな」
「アグさんは脱皮とかしないのよ。従魔になるとしなくなるのか、元々ダンジョンに出るドラゴンが脱皮しないのかはわからないけどね」
私が思いつきで呟いたことにママが答えてくれる。そうかー、確かに従魔が脱皮したら鱗とか取り放題だし、そんなうまい話はないか。
ヤマトは思いっきり抜け毛出るんだけどな……まあ、ヤマトの抜け毛がクラフトの素材になるかと考えると、首を傾げたくなるところではある。羊毛フェルト的に使う事ならできそうだけど。
その後はドラゴンなんて大物が出ることはなく、私たちは順調に29層まで辿り着くことができた。戦闘はしてるけど遠距離から魔法で倒してる方が多いから、戦ってる感はあまりない。
「次の小部屋を抜けると目の前が階段……そうしたら最深部だし、ここのダンジョンのダントツの不人気具合を見ると間違いなくボスがいるね」
思わず私は歯がみした。あとちょっとなのに、焦らされる。
早く最下層を確認したいのに、100%ボスがいる!
なんでそんなことがわかるかというと、このダンジョンが不人気だから。そして、人気か不人気かは赤箱の中身でわかる。
私たちは最短距離で突っ切ってきてるけども2回くらい赤い宝箱に遭遇していて、ママが器用に罠解除して中身をゲットしていた。
ママ曰く「上級産でも青箱じゃなければ開けられる」そうだ。本当にこの人は何でもできるな!
赤箱って、「開けられない時間」と共に中身がグレードアップしていく仕組みなんだよね。だからサザンビーチダンジョンの隠し部屋の赤箱は、ずーっと開ける人がいなかったからアイテムバッグなんていい物が入っていたわけで。
ここの赤箱からは、装備した人間を一度だけ死亡状態から復活させる「梔の髪飾り」なんてアイテムが出た。もう片方は飲んだらSTRが1上がる「力の秘薬」で、どっちも高値で売れそうなものだ。
こんないい物が出てしまったんだから、年単位で最下層付近まで攻略しようとしてる人がいなかったことは確定。よって、ボスとの戦闘も確定だ。
力の秘薬を飲む候補は聖弥くんかママか彩花ちゃんだったんだけど、彩花ちゃんは一言「いらない」って言いきって、ママは「新宿ダンジョン攻略までは手伝うけど現役復帰するつもりはないから」って辞退。聖弥くんが飲むことになった。
補正は高くても素のステータスがダントツで低いからというのが選定理由でもあったから、聖弥くんはちょっと悔しそうに飲んでて「……色がないのに罰ゲームの青汁みたいに青臭くて苦い」って凄い顔になってた。
良かった、私が飲むことにならなくて……。
梔の髪飾りは、颯姫さんにプレゼントすることにした。だって、限りなくヤバい戦闘で死者が出たとしても、「死んですぐ」ならリザレクションで蘇生できるから、その魔法の使い手である颯姫さんが持つのが一番いいはずなんだよね。
颯姫さんが死なない限り、「最悪死んでも生き返る」ことができるから、颯姫さんの死の可能性を低くするのは今後のために重要。
まあそれも、リザレクションを覚えないと意味が薄くなっちゃうんだけど。
階段を降りる最中、私たちは下から聞こえてくる音に耳を疑った。
人の叫び声にモンスターらしき甲高い叫び声、そしてある意味聞き慣れた、トレント系が立てるバッサバッサという枝を振る音!
「嘘っ! 先に来てる人がいる!」
「まずいわ……あれきっとヤマト狙いよ。そうでなかったら宝箱も完全放置でここまで来たりしない」
階段から私たちはフロアを観察した。ダンジョンデータベースにあったとおり、ボスはトレント系最上級の「セフィロト」だ。フロアの真ん中にでーんと巨木が生えていて、きっと移動はできるんだろうけど、動かないままで枝を使って戦っている。それと眷属召喚で出てきたらしい植物系モンスターがわらわらと近辺にいた。
セフィロトはどのくらいでっかいかというと、多分私たち全員で手を繋いで周囲を囲んで、端っこ同士の手が届くかどうかってくらい。フロアの天井もそれに合わせてあるのか、恐ろしく高い。
どう考えても1層上のフロアと階段の段数を考えて突き抜けちゃってるんだけど、こういうところが「ダンジョン内は空間が歪んでる」ってところなんだよね。
そして、問題は先に戦ってる冒険者。6人パーティーで、見た感じ魔法使いひとりに遠距離の多分ダンジョンエンジニアひとり、後はファイター4人という構成だ。
強さは……ここまではおそらく最小限の戦闘で来たんだろうけど、ボスには手こずってる感じ。
なによりまずいと思うのは、彼らから「輩系」の匂いが漂ってるからだ。なんかラーメンの種類みたいに分類しちゃったけど、私がヤマトを初めてテイムした翌日、ヤマトを奪おうとした輩と同じ空気感がある。見た目でわかるガラの悪さというかね。
「さて、どうしましょうか。先に戦闘してる人間から敵を奪うのはマナー違反。あいつらがボスを倒すまでここで待つ?」
「彼らが『武蔵野ダンジョンにヤマトがいるかどうか』を、柚香ちゃんの味方の立場で確かめに来てたならそれでもいいんですけどね……」
ママと聖弥くんが私たちの対応を考え込んでいる。
それなんだよ。データベースの補完のために確認に来てくれたのならいいけど、データベースを見て「ここが狙い目だから先にヤマトを手に入れよう」と思われてると大変まずい。そして、その可能性は高い。未確認が奥多摩ダンジョンだけになってから、丸1日以上経ってるから。
安全地帯の階段で悩んでいると、冒険者のひとりが私たちの存在に気づいた。
あからさまにぎょっとした顔でアグさんを見て小さい悲鳴を上げた後、更に大音量で彼は叫んだ。
「やべえ! Y quartetがもう来やがった! ドラゴンも連れてんぞ!」
「はい、敵確定ー。もう、やっちゃお?」
草薙剣を握り直して彩花ちゃんがセフィロトではなく冒険者たちの方に目を向ける。
彩花ちゃん……今の「やっちゃお」は「殺っちゃお」だったよね……物騒なんだから。