第299話 空挺作戦
『忘れてた! ユズ、アイテムバッグ貸して! 車でアグさんを迎えに行くから!』
彩花ちゃんとの電話を切った途端、今度はママから電話が掛かってきた。
アグさん! ついにアグさんが大山阿夫利ダンジョンから出るんだ!
「わかった! 彩花ちゃんちに武器取りに行ったら、彩花ちゃんをヘリポートに連れてきて。その時に渡すから」
『そういえば彩花ちゃんヘリポートの場所知らないのよね!? じゃあそうするわ!』
ヘリポートでアイテムバッグを受け渡す約束をして、私たちはそれぞれマジックポーションを飲むとヘリポートに向かった。
武器と盾はバッグにしまったけど防具は着たままだから、茅ヶ崎の高台のヘリポートまではそれほど時間は掛からない。
ママたちも車で移動してたから、私たちとほぼ同時にやってきた。
「どう? ボク専用のヒヒイロカネ防具!」
車から降りた彩花ちゃんが私の前でくるんと回る。…………えーと、今までのよりも体にフィットしてるけど、全身真っ黒であまり変わらないですね……目出し帽被ったら完璧では?
「今までのとそんなに変わった感じがしない……どっちも黒一色だし」
ママの暗色迷彩の方が目立たない気がするよ。真っ黒ってそれなりに目立つんだよね。
私の感想が不服だったのか、彩花ちゃんはぷうと頬を膨らませた。
「色は一緒だけど前と違うじゃん! ほら、動き易いようダブつきがないようにしてもらったし、走っても胸が揺れないようになってるし!」
「彩花ちゃんは走ると揺れるんだね……てか、それを防げる寧々ちゃんも凄いなあ」
私の場合走っても揺れませんからね……。思わず遠い目になってしまったわ。
彩花ちゃんの武器も入れたアイテムバッグを渡すと、ママは凄く嬉しそうな顔で大山へ向けて出発していった。
アグさんに会うのって3年振りくらいなのかなあ。会えたら、きっと凄く嬉しいんだろうな。
「じゃあ、みんな乗り込んで、出発するよ。いやー、最近のヘリは暖気してなくても飛べるからいいなあ」
パパも嬉しそうだけど、これは単にヘリを飛ばせるのが嬉しいんだろうな。
初めてヘリに乗った彩花ちゃんは「おおおー」と窓に張り付いていて、私は地図アプリを見ながら現在地を確認していた。
ヘリポートから奥多摩ダンジョンへは、直線距離で大体50キロ。ヘリだと30分も掛からない。
時間が経つにつれて、私は緊張し始めた。膝の上でぎゅっと握りしめた手が冷たい。
涼香さんが言ってたとおり、「大口真神」が出現する可能性が高いダンジョンの中では、ここだけが未探索だ。
それだけでもかなり希望が持てるし、近付くにつれてなんとなく「ヤマトはここにいる」って気がしてきた。
お願い、それが私とヤマトの間に前世から繋がった糸であるなら――この予感を真実のものにして。
「……いるよ、ヤマト」
私の心中を読み取ったように、彩花ちゃんが静かに前方を見つめながら呟いた。
彩花ちゃんは私と違って撫子にヤマトとの繋がりを断たれてない。そんな彩花ちゃんの言葉なら、自分の勘よりも信じられる。
「あっ! あれアグさんじゃねえ?」
窓から外を見ていた蓮が大きな声を上げた。つられて蓮が見ている方を見ると、赤いものがバサバサと羽ばたいてかなりのスピードで飛んできている!
いや、アグさんじゃなかったらむしろ何!? てか、スピードも凄いけど、ママってあの背中に乗ってるんだよね!? ひえええ、Gとか大丈夫なのかな……。
「奥多摩ダンジョン上空に到着したよ。ユズたちは降りる準備をして。パパはみんなが降りた後、元のヘリポートに戻る。ホバリングの気流でアグさんの着地が乱れると危ないからね」
アグさんに驚くこともなく、パパはいつも通りに話している。……結局パパもいろいろ知ってて隠してたんだし、結構食えない人なんだなあ。私たちがヘリから飛び降りるって聞いてもニヤッと笑っただけだったし。
「ドア開けっぱなしになるけど大丈夫?」
「ヘリは大丈夫だよ。それよりヤマトが待ってるんだろ、行っておいで」
「ありがとう、パパ!」
私はシートベルトを外すとドアを大きく開いた。風に煽られる中で下を見ると、確かにダンジョンの入り口が見える。
「私が先に飛び降りる! 下からトルネードを撃つから、彩花ちゃんの着地は任せて!」
「え、俺は?」
「蓮と聖弥くんは自力でトルネード撃つなりテレポートするなりできるでしょ!」
テレポートをしてもいいんだけど距離に不安があるし、やっぱり人生一度はヘリから飛び降りてみたいよね!
「行きまーす!」
ポニーテールを風で煽られながら、私はひょいと紐なしバンジーのように飛び降りた。落下している間は耳にビュウビュウと風の音が凄い!
ダンジョンの周りは木が多いから、下に向かってウインドカッターを撃って、木に引っかからないようにしつつ落下の衝撃も和らげる。
私が無事に着地した後に彩花ちゃんも飛び降りてきた。黒一色だと目立つな!
その彩花ちゃんを手加減トルネードで空気の渦に取り込んで、私の元へ誘導。
聖弥くんも両手を広げてダイブして、ウインドカッターで着地してたけど蓮だけテレポートで私のすぐ横に転移してきた。
「テレポートにしたんだ……」
「なんだよ、その残念そうな顔! 俺の魔力だとここまで跳べるって思ったし、バンジー嫌なんだよ」
ああ、とうとう蓮が「バンジー嫌」って白状した……。まあ、確かにヘリからダンジョン入り口まで、私のMAGで跳べなかったらどうしようってちょっと思ったのは確かだけどね。
全員が着地したのを見届けて、ヘリはゆっくりと旋回して遠ざかっていく。それと入れ違いのように、アグさんが滑るように空を飛んできた。
私たちの真上でバサバサと羽を動かし、アグさんが地上に降りてくる。その足が地面に付いたとき、ママがアグさんの上から飛び降りた。
「ありがとう、アグさん!」
「ギャオ~」
ママがその長い首に抱きつくと、甘えた声でアグさんがすり寄っている。
うん、やっぱりアグさんはマスターであるママのことが大好きなんだ。
「アグさんって飛ぶの早いんだね、ヘリとあんまり変わらなかった」
「だってフレイムドラゴンよ? それに空は障害物がないから直線で行けるしね。あー、久しぶりにアグさんで飛んだわ!」
アイテムバッグの中からコーラグミを出してアグさんにあげながら、ママは凄くご機嫌だ。そっか、一度引退する前もアグさんに乗って移動したりしてたんだ。
「……ドラゴンに乗って移動して、驚いて通報されたりしなかったんですか?」
ごくごく正論の疑問を、蓮が真顔でママにぶつけている。そ、それは……確かにありそうだけど!
「されたことあるわよ、何度か!」
「何度もされたんかーい!」
あっけらかんと笑顔で答えるママに思わずツッコんじゃったよね。そりゃあ、ドラゴン飛んでたら普通の人は驚くよ!
「でもダンジョンの外にいるモンスターは従魔だけでしょう? それにフレイムドラゴンを従魔にしたテイマーがいるって噂は割と流れてたから、通報は行ったけど何も問題にならなかったのよね」
「そこを規制する法律はありませんからね……」
聖弥くんが呆れたようにぼそりと呟いた。確かに飛べるモンスターを従魔にしてるケースは激レアだわ。
コーラグミを食べ終わった後も、アグさんはその首をママの体にぴったりと寄せて甘えている。……本当に、会いたかったんだよね。ママの匂いが少しでもする私にべったりになるくらい。
「ママ! アグさんが住める家を建てよう! 私のお金でいいから!」
気がつくと、私はママの腕を掴んでそんなことを口走っていた。
だって、思い出しちゃったんだもん。「従魔の幸せはマスターと一緒にいること」って以前ママが言ったことを。
あの時は「ヤマトは今のままでいいのかな」ってつもりで聞いた言葉だけど、ママがテイマーでアグさんのマスターってなると話が変わってくる。
ママは、アグさんの一番の幸せは自分の側にいることだと思ってるんだ。
だけど、フレイムドラゴンは大きいし、私には冒険者であることを隠してたしで一緒にはいられなかった。
でも今は私も事情を知ってるし、「従魔以外はダンジョンの外に出られない」っていうのは常識だ。ドラゴンは最初のうちは周囲の人に恐れられるかもしれないけど、危険がないのはすぐにわかってもらえるはず。だってこんなに可愛いんだしね!
立派な家じゃなくてもいい、体育館みたいな造りでもいい、ダンジョン以外で、うちの近くでアグさんが暮らせる家なら!
「ユズぅー! ありがとう! ママ、そう言ってもらえて嬉しい!」
ママにぎゅうって抱きつかれたし、アグさんにも通じたのかべろんと頬を舐められた。
「でも、その話は一旦後回しにしましょ」
「うん、ヤマトを助けに行こう」
私、蓮、聖弥くん、彩花ちゃん、ママ、そしてアグさん――戦力飽和にも程があるパーティーだ。
上級ダンジョンは30層あるから普通は往復するのに一泊するという。
でも、このメンバーなら爆速攻略できるね!
ママからアイテムバッグを受け取っていつものように肩に掛け、バッグの中に入れておいたそれぞれの武器を渡していく。
ウォーミングアップは鎌倉ダンジョンで充分してきたよ。
――行こう、奥多摩ダンジョンへ!