07:フェルスを応援したい②
ロータス辺境伯子息さまとの縁談は有難いものである。ただ私が判断できることではないし、家に戻って母と弟に相談してから返事をすべきである。今、返事をしても問題はないだろうけれど、辺境伯家の繋がりを私が勝手に持てば、ナーシサス伯爵家の勢力図を変えかねないことだ。
「お話は有難く頂きますが、私がこの場で判断できる権利を持ち得ておりません。可能であるならば、ロータス辺境伯家とナーシサス伯爵家で話し合いの場を設けて頂ければと……」
それにロータス辺境伯閣下が彼と私の婚姻を快く受け入れてくれるのか未知数である。婚約話はカイアスさまとのいざこさを躱す為の方便だと考えていたのに、どうやらロータス辺境伯子息さまは本気のようで。私と視線を真っ直ぐに合わせて、ひとつ頷いた。
「承知した。先ほども言ったがナーシサス伯爵家に使いの者を送ろう」
辺境伯子息さまが私の提案を呑んでくれた。一応、この後に使者を送ると聞いていたけれど、確約が欲しかった。ナーシサス伯爵家からすれば凄く美味しい話である。二十年戦争で勇名を馳せたロータス辺境伯家、しかも軍神と呼ばれているご本人との縁なのだから。ただロータス辺境伯家にとってナーシサス伯爵家との縁談に旨味があるのかと問われれば、全くないと即答できる。自身の家を悪く言いたくはないが、地味で目立たないナーシサス伯爵家なのだもの。
領地運営に問題があるわけでも、多大な借金を背負っているわけでもない。普通の伯爵家として王家に貢献しているのだが、如何せん普通すぎて目立っていないというか。それであれば他の有名な伯爵家令嬢と婚約を結ぶ方が、利益はあるはずなのに。カイアスさまとの婚約白紙になったことに頭を抱えていたのに、今度はロータス辺境伯子息さまとの婚約話に、どうしてこうなっているのだろうと疑問が湧いてくる。
「固い! 固いよ、二人とも!」
少し重くなった雰囲気を打ち破ったのは王太子殿下だった。
「もっとこう甘酸っぱいというか、年頃の男女……? なのだから口説き文句のひとつでも言ってあげなよ、フェルス!」
殿下が年頃と言った所で言い淀む。ロータス辺境伯子息も私も年頃という年齢はとうに過ぎている気がするので、殿下が疑問に感じたのは仕方ない。
王国に住まう人々は他の国に住まう人たちよりも成長が早く、老化が遅いと研究結果が出ている。それ故か、他国の婚姻適齢期よりも数年遅く、二十歳から二十五歳の間なのだ。他国の事情に詳しくないので聞きかじった話だが、他の国は十八歳から二十歳前後が主流らしい。
「貴族同士の婚約だ、こんなものだろう」
辺境伯子息さまの言う通り、貴族の婚姻話に恋愛を挟むことは早々ない。一度も顔合わせもしないまま婚約した話はザラにあるし、私もどこかの家の当主の後妻になるしかないと覚悟していた。年齢の近いお方と、しかも二つ名持ちの方から話を持ち掛けられるなんて騙されているような気がするが、騙されていても良いからこのまま話が進んで欲しい気持ちもある。
「うわ、真面目! 真面目すぎる!! 男として強いのは魅力的かもしれないけれど、女の子を喜ばせることを知らないのは致命的だねえ……ナーシサス嬢」
はあと大きく息を吐いた王太子殿下が私を呼んだ。私の隣では妃殿下がくすくすと柔らかく笑っている。
「は、はい」
王太子殿下と王太子妃殿下に辺境伯子息さまという、今まで私が関わったことのない高位の方に名を呼ばれるのは緊張する。戦場で上官に名を呼ばれるのとはまた違った緊張感だった。
「こんな奴だけれど、根は良い男だよ。君の気持とナーシサス伯爵家が受け入れてくれるなら、彼を……フェルスをよろしくね」
ロータス辺境伯家の意思を無視しているのだけれど、大丈夫だろうか。殿下は冗談めかした顔から、真剣な表情に変わっていた。
非公式な場だと最初に告げていたから、王太子という立場は取り払っているという表明だったのか。幼馴染と仰っていたし、彼に婚約者がいないならば心配するのは当たり前だ。王家としても辺境伯家の男児に子ができないのは看過できない事態でもあろう。
「ハインリヒさま。貴方がエレアノーラにそんなことを言ってしまうと、彼女は頷くしかありませんよ。ねえ、エレアノーラ……と言っても、わたくしも貴女を困らせていますね」
妃殿下が王太子殿下に言及するけれど、結局のところ彼女も私に圧を掛けているのは同じことで。それに気付いた彼女は笑みから苦笑に変わる。無名の伯爵家令嬢でしかない私が、高位の方に囲まれるなんてことは初めてのことだ。緊張を読み取ってくれただけでも有難いのだろう。彼らであれば、強制的に婚約話を進められるのだから。
「ん、あ、ああ。すまない。確かにそうだね。今の言葉は王太子としてではなく、個人の言葉と受け取って欲しい……駄目だね、どうあっても命令に聞こえてしまう」
殿下の言葉に妃殿下が同意した。立場的には仕方ないことで、私も彼らになにかモノを言える立場ではなく黙って聞いている他ない。
「突然の話で申し訳ないとは思っている。だが、少しばかり考えて欲しい」
辺境伯子息さまが私を気遣うように言葉を掛けてくれた。馬車停まりまで送ろうと告げた彼に小さく頷いて、殿下と妃殿下に頭を下げて退室するのだった。