35:おまけの話⑩
王都の外へと何故か連れ出され辿り着いた先は小さな丘だった。丘の天辺には大きな樹が一本生えていて、どっしりと地面に根を張り長い時間を生き抜いてきたようである。もしかすれば目の前の立派な大樹は王都の歴史より長いのかもしれないと私が見上げていれば隣にフェルスさまが並ぶ。
穏やかに吹く風はフェルスさまの髪を揺らし、空の真上に昇る陽の光は彼の銀糸の髪に反射している。夜会会場の灯りに反射している彼の銀の髪は綺麗だけれど、自然の中で光る彼の髪も美しいと私は目を細めた。
「良い場所ですね。風が気持ち良いです!」
私は自然と笑みを浮かべ彼を見上げる。
「私も王都の外にこんな場所があるなんて知らなかったが、仲間に教えて貰うことができてね。ピクニックの場所に丁度良いと聞いていたんだが……話は本当だったようだ」
フェルスさまは身体の方向を変えたので、私も彼が景色を見ている方向へ位置を変える。視界に映るのは王都を囲う大きな壁ではなく、他の領地へと続く長い道と麦畑であり、奥には森が広がっていた。フェルスさまの手には大きめの篭があり、中身はサンドイッチが入っているそうだ。辺境伯邸の料理人の方が作る食事は美味しいから、先程外で食べると知った私は割と期待している。
私の手で再現できれば嬉しいけれど、料理人の方たちのように専門的な知識と技術まで持ち合わせていない。美味しいサンドイッチを作って彼と一緒に外へ出ることを考えていたけれど、少し先の未来になりそうだと私は籠に視線を向けていた。
「店に入ればどうしても接待を受けてしまうからな。こうして外で気ままに、君と二人で食べたかったんだ」
フェルスさまが声を上げた瞬間、私の顔が赤くなっていくのを実感する。決して、お腹が空いていたとか、早くサンドイッチを食べたいと思って籠を見ていたわけではないのに。彼は私が食い意地を張っていると勘違いしてしまったようである。そのまま勘違いをされ続けるのは貴族令嬢としてよろしくないと、私は籠からフェルスさまに視線を移動させた。
「フェルスさま……お腹が空いたとか、早く食べたいとか考えていたわけではありません! でも、フェルスさまとゆっくり過ごしながら、こうして外で食べることができるのは嬉しいです」
「分かっているさ。護衛は最低限にしているから私が準備をする。エレアノーラはゆっくりしていてくれ」
くすくすと笑うフェルスさまは馬車の荷座から簡易椅子を取り出して広げる。彼は私に座れと言いたいようだけれど、フェルスさまに全て任せるわけにはいかない。とはいえ、言い方や伝え方を間違えば固辞されてしまうだろう。上手く伝えることができるかなと少し心配になりながら私は口を開いた。
「私もお手伝いいたします。一人で見ているだけでは寂しいですし、せっかくですからフェルスさまと一緒に作業をしたいです」
「女性がこういうことはしないはずだが……でも、確かに君と一緒にできるなら楽しそうだ。そうだな……荷座に敷物があるんだ。敷いて貰っても良いか?」
私の願いを聞き届けてくれたフェルスさまに感謝をする。彼が言ったとおり貴族の女性が準備をすることは殆どない。男性だって側仕えや護衛の方に任せてしまうこともあるから、フェルスさまも珍しい類になるかもしれないけれど。
フェルスさまと私は従軍していたため、貴族の意識は薄れているのかもしれない。良いことなのか、悪いことなのか分からないけれど、同じ考えを持つフェルスさまとであれば今後も上手くいくだろう。
「はい!」
私は彼に返事をして馬車の荷座から敷物を取り出す。護衛の方たちが心配そうな目を私に向けているけれど、軽い物なので転倒することはない。心配し過ぎだと苦笑いを浮かべるものの、気遣うことも彼らの仕事なのだから馬鹿にしてはいけない。
ただフェルスさまから命じられているのか、本当に私たちの護衛だけを務めており、私たちに声を掛けたり手を出すことはなかった。私が敷物を敷いている間、フェルスさまはてきぱきとテーブルを出し私が敷いた敷物の上に置く。荷物を軽々と持ち上げているフェルスさまの姿に頼もしさを感じていると、食事を摂る準備が終わっていた。
「さて、エレアノーラ。気に入って貰えるか分からないが、外で食べられる品をと料理人に頼んで作って貰った。遠慮なく食べて欲しい」
篭の中には綺麗に敷き詰められたサンドイッチが入っており、葉物野菜と肉を挟んだもの、輪切りのトマトとチーズを挟んだもの、ロール状になったものも変わり種として入っていた。おそらくロールの中はジャムが塗られており、ベリーの赤色や紫色が目に楽しい。パンの断面も綺麗に揃えられているので、本当に職人の技が光っている。
「美味しそうです! 色合いも綺麗ですし、パンを切った断面も拘っていて料理人の方々の工夫が伺えますね」
「そうなのか……? 美味そうだとは思うんだが、エレアノーラのようにそこまで気付けなかった」
私が籠の中を覗き込みながら、隣で一緒に見ているフェルスさまは首を傾げていた。男性だから食べることができて美味しければ、見た目は拘らない方なのだろうか。
辺境伯邸で出される食事は料理人の方が凄く丁寧な仕事をされていて、味もさることながら目にも楽しい料理がたくさん出てきたのに。フェルスさまはあまり興味がないようである。彼らしいと思うと同時に、提供された料理の見目の美しさも楽しめるようになる時間が増えると嬉しいけれど。今までが今までだったから、フェルスさまも楽しむ時間がなかったのだろう。
「ほら、座って」
フェルスさまがいつの間にか後ろに回り、私に椅子を引いてくれていた。丁寧な彼の対応に少しむず痒い気持ちを抱きながら私は言われるまま腰を落とす。
「ありがとうございます」
私がお礼を伝えると彼は小さく笑って対面の椅子に座った。彼とは辺境伯邸で何度も食事を共にしているけれど、開放的な場所で食べるのは初めてのことだ。穏やかな風が吹く丘でこうして食事を頂くなんて全く考えていなかった。
こういうことがあるのも楽しいのだなあと感じながら、神さまに祈りを捧げて食事を摂り始めた。フェルスさまは迷わずお肉が入ったサンドイッチに手を伸ばしていた。私はどれを食べようかと迷っていると、彼がじっと見ていることに気付く。
「気負う必要はないし好きな品を取って食べれば良いと思うんだが、女性にとっては難しいことなのか?」
フェルスさまは手に取ったサンドイッチを口にしないまま私に問いかけた。確かに最初にお肉が入ったものを取れば、食い意地の張っている女だと思われるかもしれないという気持ちはどこかにある。
トマトとチーズを挟んだものは口を大きく開かなければいけなくて、フェルスさまを前にして食べるのは少し恥ずかしい。正直に私の気持ちを伝えるとフェルスさまは気にしてしまうだろうし、どう言えば穏便に済むのだろうか。難しいなと考えていればフェルスさまが私より先に口を開いた。
「嫌いなものでも?」
フェルスさまが凄く心配そうに私を見ているけれど、食べ物の好き嫌いはなくなんでも頂ける。弟はピーマンが苦手だと顔を顰めていたり、母はセロリが大の苦手だ。
「特に嫌いな食べ物はありません。ただ品数が多過ぎてどれを取れば良いのか迷ってしまいました」
少し嘘を吐いているけれど、大きな口を開けて食べるのは恥ずかしいと伝えるのは避けたかった。ナイフとフォークも用意されているので、小さく切ることもできるけれど……フェルスさまはきっと気軽に食べれることが良くてサンドイッチを選んだだろうから。
「そうだったのか。すまない、私が急かしてしまったようだ」
「いえ。お気遣い、嬉しいです」
フェルスさまは私の声を聞けば、手に持っていたサンドイッチを口にする。美味しかったのか二口、三口と進んでいき直ぐに手に持っていたサンドイッチが消えていた。
男性が豪快に食べる姿は気持ちの良い物なのだなあと感心しつつ、フェルスさまに心配を掛けるわけにはいかないとロール状になっているサンドイッチを私は手に取る。中はベリー系のジャムが塗られており、シンプルだけれどシンプル故に味は保証されていた。普通のサンドイッチよりも小さいし、豪快に口を開く必要はないと私は手に取ったロールサンドイッチをぱくりと食べた。
「あ。美味しいです」
「そうか。気に入って貰えたなら良かった。飲み物も用意してある。ワインでも良いがジュースもある。どちらが良い?」
お酒を飲むことができるけれど、お昼時から飲むのは少し憚ることだ。私はジュースを選べば、フェルスさまが注いでくれる。至れり尽くせり過ぎて贅沢な気持ちになるけれど、フェルスさまはなにを飲むのだろう。
「ありがとうございます。フェルスさまは?」
「君と一緒のものを飲もうかと……――ありがとう」
お互いの酌をして気恥しくなって笑い合う。そうしてお昼ご飯を終えて、少しゆっくりとした時間を過ごそうと、丘の上でただなんとなく二人腰を下ろしたまま景色を眺めている。
「エレアノーラと出会えて良かった。君と出会っていなければ、私は今頃婚約者探しに奔走しなくてはならなかったしな」
ふいにフェルスさまが声を上げる。彼が私を見て笑い前を向いた。
「私もフェルスさまに助けて頂いて感謝しております。それに婚約まで結んで頂いて」
フェルスさまは私のことを戦場で見知っていたそうだ。そして終戦を迎えてカイアスさまとのひと騒動を起こした時に彼は様子を見ていたようである。そこから気になり始めて、たった一日で彼と婚約を結ぶなんて驚いた。でも、今、婚約を結んで半年という時間を経て、婚約者が彼で良かったと心の底から感じていた。フェルスさまもそうあって欲しいけれど、どうなのだろう。
「エレアノーラ。平民の間で流行っていることだけれど……」
フェルスさまが遠慮がちな顔を浮かべて懐から先程宝石店で買った小箱に入った指輪を取り出した。小箱にある小さい方の指輪を取り、彼は私の手をそっと持ち上げる。
彼の手にある指輪が少し震えているように見えるけれど、フェルスさまは緊張しているのだろうか。顔には現れていないから、私の気のせいかもしれない。そうして私の左の薬指にシンプルな指輪が嵌る。
「私の我が儘になってしまうが……君が私のものだと周りの者たちに知らせて欲しい」
そうしてフェルスさまは『君を誰にも渡すつもりはない』と告げ、私は私の顔に熱が点り始めることを自覚した。フェルスさまにもバレているようで小さく笑い『君も私の指に嵌めてくれ。私が君のものだと周りに伝えたい』と仰った。彼は私に残った指輪の入った小箱を向ける。私は胸の高鳴りを感じながら、残っていた指輪を手に取る。随分と大きいサイズの指輪であるが、フェルスさまの指に丁度嵌るサイズだ。
「フェルスさま、手をお貸しください」
私は彼の大きな手を取り、左手の薬指に指輪を嵌める。ごつごつとしている指は今までフェルスさまが鍛えてきた証拠なのだろう。そして軍神と呼ばれるまでに活躍した証でもある。もう誰も戦場に立つことはないようにと目を細めると、彼の大きな腕が伸びてきて確りと抱き留められた。そうして私の耳元で彼が囁いた。
――好きだ。
短く、ありふれた言葉だけれど……甘く響くフェルスさまの声は私の頭の中で暫く反芻しているのだった。
明日の更新でオマケの話は最後となります。控えめ令嬢第一巻、発売中ですのでお手に取って頂ければ幸いです~! 二巻が出ればまたなにか話を考えたいなあと。一巻ではまだ結ばれていない状態だったので、新キャラ登場させて話を膨らませましたが、二巻の時はフェルスくんの惚気話がメインとなりそうな……?w






