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【10/14 第二巻発売】控えめ令嬢が婚約白紙を受けた次の日に新たな婚約を結んだ話【電子書籍化決定】  作者: 行雲流水
おまけの話

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34:おまけの話⑨

 ――エレアノーラは今日という日を楽しんでくれるだろうか?


 少し前、私はエレアノーラと王都の街を散策してみようと出掛ける約束を取り付けた。彼女は静かに笑って私の願いを聞き届けてくれたが、果たして今日のことをどう考えているのだろう。

 楽しみだとは言っていたものの、本当に喜んでくれているのか正直不安である。誰かに相談しようにも、私が女性相手に四苦八苦している姿を面白がっていた。だから今回は誰にも告げずに私自身で考えた出掛け先だ。


 少々不安を抱えつつ、王都にあるナーシサス伯爵家のタウンハウスに向かえば、エレアノーラは嬉しそうな顔を浮かべて私を出迎えてくれる。良かったと安堵しながら、御者に王都の商業地区へと向かうように頼んで、私たち二人は馬車に乗り込んだ。


 彼女の細い手を握ることにも随分と慣れてきたものの、私が力を籠めれば折れるのではないかという不安がある。


 夜会で踊ろうと請われた女性の手を握る機会が幾度かあったのだが、エレアノーラ以外の女性の手の大きさをはっきりと覚えていない。ただ、エレアノーラが私の腕に置く手が凄く細いということだけは頭が理解している。


 ハインリヒに話を聞いて貰おうと考えたのだが、きっとにやにやしながら私の顔を見て面白がるだろうと分かり切っているので止めた。今日、出掛ける先も誰かに意見を聞いたものではなく、自分自身で考えてエレアノーラに楽しんで貰いたいという気持ちが強く湧いたのだ。本当に真剣に悩んだから彼女に楽しんでもらえるのか不安であるが、嬉しそうな顔で馬車の窓から王都の街並みを見ている彼女の横顔が眩しい。

 少し前まで同じ戦場に立っていたと感じることはできない。きっと彼女は戦場で見なくても良いものを見ているはずだ。ハイドラジア侯爵子息の件や、戦場に立っていたことが心の傷になっていなければ良いのだが。そんなことを考えながら対面に座す彼女を見ていると、ふいに視線が合う。


 「フェルスさま?」


 「……ん?」


 彼女の問いに少し反応が遅れてしまった。そしてエレアノーラは私の返事が遅れたことに気付いたのか少しだけ目を細めた。


 「なにかお考え事ですか?」


 彼女は私を心配そうに見ているのだが、いつもとなにか違う。なにが違うと私自身に問いかると、今までエレアノーラが着ていた衣装より明るい色になっている……気がした。気のせいかと私の頭が否定するものの、心はいつもと違うと訴えていた。私が彼女に楽しんでもらえるか心配していたなどと告げるのは恥ずかしいし、丁度良いかもしれないと私は気になることを口にする。


 「いや、その。エレアノーラの雰囲気がいつもと違うな、と」


 「あ……。今日は明るい色の衣装を選んだので、そのためなのかもしれません。私の髪に映える色は少ないのですが、丁度良いものがありましたので」


 苦笑いを浮かべながら教えてくれたエレアノーラに私は理解する。エレアノーラが普段纏う色は落ち着いたものが多い。だが、今日は明るい……オレンジ色のドレスを纏っていた。

 もちろん夜会用ではなく昼用のあっさりとした衣装であるが、明るい色を纏う彼女の姿は本当に珍しい。彼女の変化にもう少し早く気付いていれば、出迎えの時に似合っていると伝えることができたのに。こういうところが私が鈍いとハインリヒに揶揄われてしまう所以なのだろう。しかし、どうにか気付くことができたのだ。今、エレアノーラに私の素直な気持ちを伝えても良いのではないだろうか。


 「似合っているよ。エレアノーラの髪にも合っているし、今日は良く晴れているから青い空とも映える」


 私は晴れた空の下に立つ彼女の姿を夢想した。戦場ではない、平和な小高い丘の上で日傘を差して笑うエレアノーラの姿は可愛い。軍服姿も似合っていたが、やはり平和なところで穏やかに笑っている彼女を見られることが私にとって幸せなことのようである。上手くエレアノーラに気持ちが伝えられたか分からないが私の本心だった。


 「家族以外から衣装が似合うと褒めて頂く機会がなかったので照れてしまいますね」


 エレアノーラは言葉通りに頬を染め照れている。少しだけ私から視線を外して困り顔になっていた。今の彼女の言葉でふと思う。以前の彼女の婚約者は衣装を褒めることはなかったのだろうか。

 父にもハインリヒにも好いた女性には誉め言葉や記念日を忘れては駄目だと念を押されている。確かに父が母とのなにかの記念日を忘れた際には、母の機嫌が物凄く悪かった記憶が幼い頃のものとして残っている。嘘でも良いから……とは言い難いが、彼女の元婚約者は碌に言葉や気持ちを伝えることはなかったのだろう。いや、まあ……彼女のことを疎ましく感じていたようだから仕方ないのかもしれないが。

 

 照れ臭そうにしているエレアノーラには私がたくさんの言葉を伝えよう。


 周りの者たちは彼女の黒髪黒目を良いものと捉えていないが、私にとっては綺麗なものである。彼女の謙虚なところは貴族社会で生き辛いかもしれないが私が守れば良いことだ。落ち着いた雰囲気で柔らかい笑みを携えながら、なんということもない言葉を私に伝えてくれる彼女が好きになってしまった。


 エレアノーラであればロータス辺境伯家の女主人として問題なく切り盛りできる。私も彼女に負けないようにロータス辺境伯次期当主として自身を律しなければ。彼女に私の不甲斐ないところは見せられないと気を引き締めていると、王都の商業地区へ辿り着いたようだ。御者が商業地区に着いたことを伝え、どこか行きたい店があるかと問うてくる。

 

 「一先ず、宝石店へ」


 私の言葉を聞いたエレアノーラは驚きの顔になり、何故そこにと言いたげである。貴族の男女が一緒に出掛けるのであれば定番の場所であるはずなのに、どうして彼女は驚いているのか。

 言ってはなんだが、先の戦争で私は功績を挙げているから私財に十分余裕がある。そもそも貯め込み過ぎているので、父と母と弟たちからは戦後復興のためにも使ってしまえと言われているのだ。私の懐の心配は必要ないのだが、甲斐性のない男とエレアノーラに見られているのだろうか。もしそうであるならば、彼女を心配させないように良い品を選ぶべきかもしれない。


 しかし、あまりに値の張る品を選べば、遠慮がちな彼女は引いてしまう可能性もある。難しいなと私が悩んでいると、彼女もまた妙な顔を浮かべてなにか頭の中で考え込んでいるようだ。


 「父と母が重宝している店だから気負う必要はない。気楽に店へ入ろう」


 私がエレアノーラと視線を合わせれば『はい』と返事をくれる。父と母がよく利用している宝石店であるのは間違いなく、店主も私の顔を知っているから冷やかしになっても文句は言わないはずだ。

 馬車を降りてエレアノーラの手を取りエスコートを担えば、彼女は律儀にありがとうございますと感謝を私に述べる。毎回、きちんと礼を告げる彼女の姿も好きだなと実感しつつ、宝石店へと入る。扉を開ければ、内装は凄く立派で床は赤い絨毯が敷かれている。天井には小さいもののシャンデリアがぶら下がっており、高級店だと言わんばかりの様相だ。


 「いらっしゃいま、せっ! ようこそおいで下さいました!」


 宝石店の主が私たちを見て目を見開いていた。店の主人が私とエレアノーラに視線を向けて、納得したような顔になっている。どうやら軍神である私が婚約したことは王都の高級店で働く者たちに伝わっているようである。おそらく貴族の噂を耳聡く拾っているのだろうと自然に苦笑が漏れそうになるのを我慢して気を引き締める。

 せっかく二人で出掛けているのだから、エレアノーラには私の格好悪いところを見せたくない。私たち以外に客はいないようだし、ゆっくりと商品を見ることができそうだった。


 「すまないが、店の品を見て回っても良いだろうか?」


 「勿論でございます! ごゆるりとお回りください」


 私の願いに店主は笑みを浮かべ、手を揉みながら許可を出した。エレアノーラは店の内装の豪華さに驚いているのか少し緊張している。私は大丈夫かと彼女に声を掛けてみたのだが、はいと短い返事しかこない。

 エレアノーラが物心が付く頃には王国は隣国との戦いに突入していた。ナーシサス伯爵家前当主は真面目な人物だったそうである。彼女の母君も弟君も真面目な方であったから、おそらくこういう店に足繁く通ったことはないのであろう。終戦を迎えて平和になっているのだから、これからは少しくらい慣れてもらわなければなと私は彼女の背に手を添える。


 「エレアノーラ。なにか気になる品はあるか?」


 「気になる……もの、ですか」


 私の問いにエレアノーラが一瞬だけ視線を逸らしたが、直ぐに彼女の瞳は私を射抜いた。なにかあったのかと気になるが、おそらく彼女はなにも言うまい。本当は聞き出したい気持ちが湧き出ているのだが、彼女の腰を引き寄せて暴れ出しそうになる気持ちを抑える。私が彼女を側に寄せたことで店主が『おや』と目を細める。これで店の主には彼女が私にとって特別な存在だと気付いてくれたはず。

 

 「店主、貴族女性に人気のある品はどの辺りに?」


 詳しいことは分からないので専門の者に聞いた方が早いだろう。だが、エレアノーラに似合う品を選ぶのは、彼女自身か私でありたい。


 「こちらとなります。高貴な方ならば、更に上質のものを求める方もいらっしゃいますが……」


 店主は歩を進めながら指輪とネックレスを陳列している棚へ移動し、如何なさいますかという言葉は飲み込んだようである。

 

 「ありがとう。少し二人で見せて貰うよ」


 私の言葉に店主は承知しましたと答えて、二歩、三歩と後ろへ下がって行った。そうしてエレアノーラと一緒に良さそうな品を見るのだが、どれも派手だなという印象しか湧かなかった。

 今、彼女が纏っているドレスには過剰な装飾となってしまうし、夜会に着ていくであろうドレスに似合う品を見つけろというのは素人の私には難しいことである。格好をつけて自分で選んでみたいと考えたものの、品数の多さに目がくらくらしてきた。父と母はよくたくさんの装飾品を目の前にして酔わないものだと感心してしまった。


 「エレアノーラ、せっかく出掛けたのだから記念の品を君に贈りたい。ただ私の目利きはイマイチでどれが良いのか分からない……君が気になる品はあるだろうか」


 「ありがとうございます。お気持ちだけで充分ですが……」


 エレアノーラは私から贈り物を受け取ることに気が引けているようである。貴族の男が婚約者にこうして贈り物をすることは普通であるのに、遠慮する必要はないのだが。彼女らしい言い分であるが、こういう時くらいなにも遠慮せず選んで欲しいものである。とはいえ彼女の性格を考慮すると選ぶのは難しいのだろう。品物に値段は提示されていないが、展示ケースの質で品物の値段の高低は分かる。


 私は案内された場所から店の中を見渡し、出入口付近に陳列されている品物の方へ移動しようとエレアノーラを促した。すると彼女は小さく息を吐いており、品物の値段を気にしていたようだ。少し安心した顔になった彼女は興味深そうに陳列ケースの中を覗き込んでいた。無理矢理に押し付けるよりも、彼女が欲しい品を選んでくれる方が有難いことである。


 先程いた場にあった品は彼女の生誕祝いの際に選んで贈ってみよう。エレアノーラに似合う品を私が選ぶのは大変かもしれないが、悩む時間を楽しんでみるのも良いのかもしれない。


 「あ……」


 「どうした?」


 エレアノーラが一瞬短い声を上げる。彼女の視線の先には商家の婚約者同士が身に着けるという婚約指輪が飾られていた。


 「いえ、なんでもありません」


 彼女は私に首を横に振っているのだが、気になると言っているようなものだ。しかしエレアノーラも商家の文化を知っているとは驚いた。せっかくだし話を広げても良いだろうと私は口を開く。


 「ああ。確か商人の婚約者同士であれば、お揃いの指輪を嵌める文化があると聞いたことがある」


 貴族の婚約者同士でお揃いの指輪を嵌めることはない。指輪より両家のサインを施した契約書の方に価値を見出しているのだから。


 「フェルスさま、知っておられたのですね」


 「軍の皆と他愛のない話で盛り上がったことがあって、いろいろと彼らに教えて貰ったんだ」


 戦場に立つことは本当に死と隣り合わせだったが、陣地に戻って皆と一緒に食事を摂る時は仲間としていろいろと語り合ったものだ。彼女もきっと女性同士の部隊で身分の垣根を超え、話をしあっていたのだろう。

 

 「紙切れだけでは寂しいし、こうして見える物があっても良いのかもしれないな」


 私が声を上げればエレアノーラが驚いた顔になる。そんな彼女に私はどれが良いかと聞いてみる。


 「え、あの……宜しいのですか?」


 「せっかくなら、君が選んだ品を身に着けたい」


 値段が張るものではないし、凝った職人の技が光っているものではないが……彼女とお揃いの物を身に着けられると分かって胸が高鳴る。エレアノーラも嬉しいのか、少し迷った末に凄くシンプルな指輪を見て『これが良いです』と声を上げた。店の主は残念そうな顔になってはいるが直ぐに鳴りを潜める。そうして指輪を購入し包んで貰っている間、私は店主に売れ筋の商品を聞き出し、エレアノーラは椅子に座って待って貰う。

 

 「本来なら教会の聖堂でお互いに指輪を嵌めるそうだが……」


 「騒ぎになりますよね。フェルスさまは王都の皆さまにも有名ですから」


 小さく肩を竦めるエレアノーラに良い案があると告げ、私は彼女を馬車に乗って貰い、次の場所を目指すようにと御者に告げるのだった。

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― 新着の感想 ―
和装の反物は原色や金糸、銀糸が多用された派手なものですが、黒髪の日本人が着ると良く映えて見えるそうです。 エレオノーラ嬢も案外、中間色より原色よりの華やかな色が映えると思いますよ。 せっかくのお出かけ…
エレオノーラさんの事、宝石類よりも小物の方が喜ばしく思うかもですし、女性経験が欠片も無いフェルスさんには酷でしょうけど今後に期待…ですかね?(苦笑)
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