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03:とある夜会にて

――婚約白紙受理した次の日。


 祝勝パーティーは規模の大小を問わなければ、毎夜どこかの家が主催して多くの貴族が集まっていた。今宵の主催者は国軍を統べる公爵家であった。

 私は戦果を挙げた一人として末席ながら参加資格を頂いており、新調した流行りのドレスを身に纏って会場へ弟と一緒に辿り着いたところである。正装した弟のエスコートを受けながら馬車を降り、会場へと続く大理石の廊下を歩いて行く。弟の靴底が軽快に大理石を踏み鳴らし、私が履いているヒールも天井の高い廊下に音を響かせていた。


 「凄いですね、姉上」


 弟は夜会に慣れていないのか緊張した面持ちで、高い天井にあるシャンデリアを見上げてぼそりと呟いた。その様子を見て私は笑みが零れ、彼が戦場に立つことなく争いが終わったことを神に感謝する。

 情勢が許さなかったとはいえ、誰が好き好んで人の生き死にが掛かる場に立たなければならないのだろう。貴族だから仕方のない部分はもちろんある。王命が下れば領兵を率いて戦地に赴かなければならないのだから。甘いと言われてしまうだろうが、やはり家族は大切で、必要がないのであれば戦場になど立たなくて良いと願ってしまう。

 

 「ええ、本当に。――今日のこと彼女にちゃんと伝えてあるの?」


 弟に視線を合わせる。いつの間にか私の身長に追い付いて、視線の高さはそう変わらないものとなっていた。

 男の子の成長は早いと感心しながら、彼の婚約者に今夜は私のパートナーを務めることをきちんと伝えているのか確認を取る。小さな行き違いで、カイアスさまと私のようなことになってしまう可能性もあるのだから。本当にどうしてこうなってしまったのかと、溜息が出そうになるのをぎりぎりの所で堪えた。


 「もちろんです。戦で功績を上げた姉上のお願いであれば、快く僕を送り出しますと言っていましたから」

 

 柔和に笑みを浮かべた弟に、私も笑みが零れる。弟の婚約者は子爵家出身のご令嬢で、随分と気立ての良い子だ。確りと教育を受けているし、弟に対してもちゃんと立場を弁えながらも良好な関係を築いている。


 「そう。明日にでもお礼の手紙を認めないとね」


 父の血を色濃く引いた黒髪黒目の私と、母の血を色濃く引いた弟は王国において一般的な金髪碧眼という容姿だ。

 私も弟もナーシサス家の特徴である豊富な魔力量を持ち、魔法を扱えるように確りと教育を受けた。姉弟に見えないと常日頃から周りの方々に言われているが、姉弟仲は良好そのもの。カイアスさまとの仲もこうして順調に行けば良かったのだが、どこで歯車が狂ってしまったのか。……後悔しても遅いか。既に婚約は白紙となったのだから。


 「ありがとうございます、姉上。そうしてくださると彼女も喜びましょう」


 照れくさそうに笑う弟に先を促して、会場へと向かった。まだ高位貴族の方々は入場を済ませていないようで、豪華な会場の中はいつものような騒がしさはなかった。それももうすぐすれば解消されるだろうと、弟と一緒に時間を潰す。知り合いの方を見受ければ、先の戦場でのお礼と弟の紹介を兼ねて忙しなく挨拶回りを済ませる。


 夜会が始まってからでも良いが、できる時に済ませておかなければ弟の人脈を広げる機会を失ってしまうのだから。私の人脈なんてしれたものだし、軍関係の方々が多いから意味はないのかもしれないが、なにが起こるか分からない貴族社会では、顔は広い方が良いに決まっている。

 耳が早い方はカイアスさまと私が婚約を白紙に戻したことを知っており、純粋に心配されたり、貴族として情報収集を兼ねたさぐりを入れられたり、私の婚姻先を勧めてきたりと様々だった。そんな彼らの言葉をのらりくらりと躱したり、間違えていることを言えば訂正したり。本当に貴族というものは大変なのだが、弟の苦労を考えれば弱音を吐いている暇なんてない。


 「凄いですね、姉上は。僕であれば尻込みしてしまいそうです」


 「大丈夫。こういうものは場数を踏めば慣れるものだから」


 挨拶回りを終え、少しげんなりしている弟に苦笑しながら言葉を返した。成人を迎える十八歳までは、貴族の見習い期間である。

 父が亡くなり、ナーシサス家の当主の座に就かなければならなかった弟に、無理を強いてしまっているのは姉としてなんとも情けない限りだが、いつか父の様に立派な当主になる未来を見据えて文句も愚痴も言わずに当主の座に就いている。母が当主代行をしていることに苦言を呈す方もいるが、事実なのだから笑って受け流すしかない。

 

 ふと、会場に楽団の生演奏が流れ始める。いつの間にか夜会が開会していたようで主催者である公爵閣下に挨拶をし、先の戦での功績を労いの言葉を頂いて再度会場へと戻る。

 婚約者を見つけるのであれば一人の方が良いと告げ、弟と別行動を取ることにした、その矢先。軍の儀礼服に身を包んだカイアスさまと、アナベラ・ラーフレンシア侯爵令嬢さまが私の前に立つのだった。


 「エレアノーラも参加していたのか……」


 む、と片眉を上げながら、厳しい眼光で私を見下ろすカイアスさま。彼にエスコートされているアナベラさまが私に見せつけるように、彼との距離を詰めながら口を開く。


 「エレアノーラさん。地味な貴女がカイアスさま以外の良き男性を見つけられるのかしら? わたくしはカイアスさまと婚約を結びます。両家の許可を受けて半年後、晴れて婚姻を果たしますわ」


 ふふふと笑いながら、アナベラさまが地味で目立たない貴女に興味を持つ男性なんていらっしゃるのかしら? と言葉を続けた。彼女が言う通り、同年齢でカイアスさま以外の貴族家男子の多くは婚約者、もしくは婚姻を済ませている。戦によって情勢が安定していなかったこともあり、婚姻を急ぐ家もあった。

 アナベラさまが今まで婚約者が宛てがわれていなかった理由は知らないが、もし仮にアナベラさまも婚約を破棄していたり白紙に戻しているならば、不味い状況なのではとたらりと背に汗が流れた。侯爵家という重要な家柄の子息とご令嬢である。あまり目立っていないナーシサス家とは違い、彼らの家は社交界でも名を馳せているのだから。


 「おめでとうございます」


 こうして頭を下げる他なかった。惨め、なのかな……。十年以上結んでいた婚約を、特に理由もなく白紙に戻されて、カイアスさまは既に別の女性を見つけている。


 「は、心にもないことを抜け抜けと良く言えたものだ。やはりお前との婚約を白紙に戻して正解だった。俺は糞ほどつまらない女は嫌いだ」


 眉根に皴を寄せたカイアスさまの声が低く唸った。どうして一方的に白紙に戻されたというのに、こんな蔑んだ言葉を投げつけられているのだろう。叫びたくなるのを堪えながら顔を上げると、カイアスさまとアナベラさまは満足げな笑みを浮かべていた。――こつりと床を踏みしめる誰かの足音が聞こえて。


 「カイアス・ハイドラジアと見受けるが、女性に詰め寄るのは如何なものか?」


 少し距離を空けて私の隣に立った、背の高い男性が心地よい声色でカイアスさまとアナベラさまに告げたのだった。


やっとヒーローが登場です

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