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【10/14 第二巻発売】控えめ令嬢が婚約白紙を受けた次の日に新たな婚約を結んだ話【電子書籍化決定】  作者: 行雲流水
おまけの話

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29/39

29:おまけの話④

 私の横にはフェルスさまが座し、対面の三人掛けの椅子にリヴィアさまが座り、ハインリヒ王太子殿下と妃殿下が壁際で様子を伺っている。フェルスさまの説得の言葉はリヴィアさまに届いたのだろうか。彼女は膝の上に手を置いてドレスをぎゅっと握り込んでいた。なにかを堪えるように下に向けていた顔を上げ、リヴィアさまは語り始める。


 「……だって、だって……諦められるわけないじゃない! フェルス兄さまが戦場に向かって活躍する話を聞いて、あたしも女だけれど兄さまの役に立つかもしれないって志願して軍に入った途端に終戦になっちゃったのよ!」


 そうか。リヴィアさまも貴族として国のために務めを果たそうと軍に志願をしていたようだ。二十年続いた戦争で男性の数が減り、男性の徴兵年齢の若年化に無理があると王国は女性の徴兵も開始したのだ。国王陛下も苦渋の決断だったに違いないし、取り決めた王国上層部の皆さまも同じ気持ちだっただろう。でもリヴィアさまは厳しい初期訓練を終えた直後に終戦を迎え、泣く泣く除隊したようだ。


 ――うん。


 甘やかされて育ったと言われているのに、リヴィアさまは軍の初期訓練を卒業している。女性でも容赦なく厳しい運動量を与えられ、罵声を浴びるのが訓練の常だった。平民も貴族も関係なく扱われたし、軍という特殊な環境で良く乗り越えられたものである。一応、ラークスパー伯爵家の方からリヴィアさまのことについて聞いていたため、フェルスさまも私も知っている情報だ。


 おそらくラークスパー伯爵さまがリヴィアさまの恋心を諦めさせて欲しいと願ったのは、軍の厳しい初期訓練を超えたことも影響があるようだ。貴族であれば、先に婚約を結んでしまえば他家はなにも言えなくなる。力関係次第だけれど、ロータス辺境伯家という二十年戦争で一番の功績を国に捧げた家に盾突く方は少ない。


 リヴィアさまは魔法を扱えたのか、身体能力が高かったのか分からないが、いずれにせよ軍人として戦場に立つ予定であったようだ。でも、個人的には立たなくて良かったと考えてしまう。一瞬の油断が隣に立つ人の命を敵兵が奪っていったし、助けて欲しいと叫ぶ人の声を無視しなければならない時もあった。


 フェルスさまの話を聞いていると、本当に格好良い活躍に胸を躍らせてしまう。だけど、戦場の凄まじさをフェルスさまも知っている。


 決して口にはしないけれど……夜遅く、ロータス邸の廊下を歩くフェルスさま付きの側仕えの方に出くわしたことがある。彼はお酒を持ってフェルスさまの部屋に向かおうとしていた。深夜にお酒を嗜むフェルスさまが珍しく、私は彼にどうしたのかとつい問うてしまった。彼は苦笑いを浮かべ誰にも言わないでくださいねと小声で、フェルスさまは自室の窓際に立ち月明かりの下で献杯していると教えてくれたのだ。誰のために杯を捧げているのか分からない。でも、きっとフェルスさまは戦地で散った方たちを弔うためにグラスを捧げているのだろう。


 「みんな、戦争が終わって良かったって言うけれど……あたしは全然嬉しくなかった! フェルス兄さまの隣にようやく立てる矢先に……こんなことになるなんて!」


 リヴィアさまは他人目を憚らず泣いていた。貴族女性は弱いところを見せてはならないと教育を受け、泣かないように務めるのだが、リヴィアさまは感極まって目尻から水を流している。ただリヴィアさまの気持ちを肯定するのは、部屋にいる皆さまには難しいことだ。いくら泣いても誰も受け入れてくれないだろう。その証拠にフェルスさまが珍しく表情を厳しくさせて口を開く。


 「リヴィア嬢、言い過ぎだ。部屋には限られた者しかいないからまだ良いが、絶対に(みな)がいる場所で終わって欲しくなかったなど口にするな!」


 「フェルス兄さま……?」


 リヴィアさまが声を荒げるフェルスさまに驚いて流れる涙を止めていた。私はフェルスさまの腕にそっと手を乗せれば、はっとした顔をしてふうと長い息を吐く。


 「リヴィア嬢、君が戦場に立たなかったのは幸運だ。この先誰も、あんな場に立って欲しくないと私は願っている」


 私もフェルスさまと同じ気持ちだ。壁際で話を聞いてくれているハインリヒ王太子殿下も妃殿下、そして国王陛下も同じ気持ちだろう。王家の皆さまの決断がなければ二十年戦争は終わらず、三十年、四十年戦争と呼ばれていた可能性があるのだから。

 きっと無事に終戦を迎えられたのは適切な判断を下し、敵国に潮時だと告げた王族の皆さまのお陰である。私がハインリヒ王太子殿下の方をちらりと見れば、視線に気付いてふふと笑っている。私は気付かれたことに驚いていると、妃殿下まで揶揄いの視線を向けてきた。やはり厳しい王族教育を受けて次代を担う方には敵わないなと、リヴィアさまへと視線を戻す。


 「でも、兄さまは戦場に立ち武功を挙げ、王国では軍神と呼ばれております! 貴方には敵わないかもしれませんが、あたしも功績を頂いて少しでも兄さまの役に立てればと!」


 「気持ちは有難いし、誰しも戦場に立つならば活躍をして国に貢献したいと考えるのは当然なのだろう……」


 リヴィアさまの声にフェルスさまが眉間に皺を寄せた。戦場に立つ誰もが活躍を望んでいたわけではないことはフェルスさまも知っているはず。ただ、軍人となり戦場に立とうと決めたリヴィアさまの意思をフェルスさまは無下にできないようだ。


 「なら……!」


 どうしてあたしの気持ちを分かってくれないのですかと言いたげに、リヴィアさまは視線で訴える。このまま彼女とフェルスさまとの話し合いとなれば平行線ではないだろうか。フェルスさまはリヴィアさまに戦場に立って欲しくなかった。でもリヴィアさまは戦場に立ちたかった。動機はどうであれ、国のために尽くそうとして努力した方を無下に扱うのは気が引ける。

 

 「あの、リヴィアさまのお気持ちは理解できますし、フェルスさまが願っていることも分かります。ただ、このままでは……」


 「話の邪魔をしないでよ! あたしの横からフェルス兄さまを掻っ攫っていった癖に!」


 平行線になるだけだからと、私が話に加わろうとすればリヴィアさまが目を厳しく細めて語気を更に強くする。私は彼女から見ればフェルスさまを突然奪い盗った人間と受け取っているようだ。

 どうすれば私の言葉を彼女に届けられるのだろう。壁際で見ている王太子殿下夫妻は私が失敗したことに苦笑いを浮かべ、フェルスさまは心配そうな視線を向けている。

 私がここで引けば彼女を説得することはできないと、フェルスさまに無言で話を続けさせてくださいと願った。でも、言葉を尽くしたところでリヴィアさまには伝わらない気がする。ついにリヴィアさまは椅子から立ち上がり、更に私へ言葉を投げ始めた。


 「ずっと、ずっと、あたしが望んでいたものを貴女はいきなり奪ったの! お父さまにはフェルス兄さまの隣にいつか立ちたいって望んでいたのに! あたしのお願いはいつも聞いてくれるから、ロータス家に話を通してくれているんだって!」


 「はい」


 ついにリヴィアさまの瞳から涙が流れ落ちる。貴族女性としてあるまじきことだけれど必要なことかもしれない。


 「だから軍に志願して、厳しい訓練を耐えて乗り越えることができたのに! あたしが死んでもフェルス兄さまが知れば、悲しんで誰も娶らないまま、あたしの憧れのフェルス兄さまのままでいてくれるって!」


 「はい」


 本当に勝手な思いだけれど、リヴィアさまにとっては大事なことだったのだろう。幼い頃、フェルスさまに憧れて、彼の隣に立つことをずっと夢を見ていたようだから。それが彼の婚約者や妻としてなのか、戦友としてなのか、リヴィアさまの心の中では今では分からなくなっているのかもしれない。


 「それなのに……それなのに……どうして終わっちゃうのよぉ……うあああああああああああああああああああああああああ!!」


 ついにリヴィアさまは涙を流すどころか、大声を上げて泣き始めた。椅子から立ち上がっていた腰を下ろして顔を両手で覆っている。フェルスさまは私の隣でどうしたものかと頭を抱えたいようである。王太子殿下夫妻はやれやれと肩を竦めていた。


 「そう、ですね。どうして終わってしまったのでしょうか」


 私は二十年戦争が終わったことを心の底から喜んだけれど、目の前の彼女のように続いて欲しかったと願う人がいることも知っている。

 食うに困っている方は軍に志願して三食食べられることを喜んでいた。誰かを屠ることが止められないと酔った勢いで語る方もいた。武功をまだ挙げていないと焦る方に、故郷に仕送りができなくなると嘆く方もいたのだ。

 本当にいろいろな方がいたけれど、私は戦争が終わって家族の下に戻り平和な日常を過ごせることが幸せだから。そして好きな方が側にいてくれることが嬉しいことだと知った。でも多分、リヴィアさまに私の気持ちを説いても無駄だと分かってしまう。お互いの好きな方が同じ人だからだろうか。


 ひとしきりリヴィアさまが泣き叫ぶと、顔を覆っていた両手を外して私を睨む。涙と鼻水でお化粧がボロボロになっていた。私は見かねてハンカチを取り出せば、ぱっと彼女が取り上げて涙を拭い鼻をかむ。


 「………………なによ、貴女……あたしからフェルス兄さまを奪っているからって余裕ぶってるの……嫌な奴!」


 リヴィアさまはふんと鼻を鳴らして顔を逸らす。その先には王太子殿下方がいて、視界にとらえたリヴィアさまは気まずい表情を浮かべて視線を彷徨わせた。殿下はまるで気にしていないのか笑みを浮かべているし、妃殿下はあらあらまあまあと微笑ましそうに見守ってくれている。


 「リヴィアさまから見れば私はそう映るのかもしれません」


 「どうして嫌味を言っても怒らないのよ、貴女。他の女なら怒ってあたしを引っ叩いていたでしょうね!」


 私が苦笑いを浮かべれば、リヴィアさまはきっと一睨みする。確かにリヴィアさまの態度に私は苦言を呈しても誰も文句を言わないだろう。でも今の状況なら。


 「怒っても意味はありませんし、リヴィアさまの気持ちを受け止めるなら話に耳を傾けた方が良いのかなと。リヴィアさまにとって、一番良い方法はフェルスさまの婚約者の座を渡せば良いのでしょうが……」


 「!?」


 私の言葉にフェルスさまが目を丸くして驚いていた。最後まで話を聞いて欲しいと私はリヴィアさまに言葉を続ける。


 「それはできないので」


 うん。これだけは誰にも譲れないとはっきりと伝えさせて貰った。家同士の契約だけれど、フェルスさまは優しくて素敵な方である。彼のことを深く理解するにはまだまだ時間が必要だけれど、ずっと隣で寄り添いたいという気持ちは私の心の中に芽生えている。

 カイアスさまとは残念なことになってしまったが、フェルスさまが手を差し伸べてくれたことでナーシサス伯爵家も私も助かっていた。私がフェルスさまを見れば、彼は驚いたような顔を浮かべたあと目を細める。私たちを見ていたリヴィアさまがはあと深い深い溜息を吐いて、膝上に置いていた扇を手に持ち直した。


 「本当に貴女は嫌味な人ね!」


 扇を開いて口元を隠し私に厳しい視線をリヴィアさまは向けているけれど、少し柔らかくなっているような……気がする。


 「リヴィアさまは真っ直ぐな方ですね」


 私はそんな彼女を見て率直な意見を述べさせて頂いた。リヴィアさまは甘やかされて育ったのかもしれないが、根っこの部分はしっかりとした方ではなかろうか。そして自分に正直な方なのだろう。貴族の女性としてはどうかと思うけれど、私は彼女のような方を嫌いではないはずである。ふふと笑った私にリヴィアさまは目を見開く。


 「はあ!?」

 

 また腹の底から出した短いリヴィアさまの声に、王太子殿下がたまらず声を上げ王太子妃殿下が笑っては失礼ですよと声を掛けていた。お二人の仲睦まじい姿にリヴィアさまは目を細めて言葉を紡ぐ。


 「まあ、良いわ…………フェルス兄さまの――……」


 「はい?」


 今、リヴィアさまが呟いた言葉は貴族のご令嬢とは思えないことを呟いていた。フェルスさまは少し呆れた視線を彼女に向けていた。王太子殿下と妃殿下は離れた位置にいるため、リヴィアさまの呟きは聞こえなかったようである。えっと……フェルス兄さまの素敵な筋肉がこの先見れないなんてと、仰ったような気がするのだが私の聞き間違いかもしれない。

ざまあに走るか、走らないか迷いましたが、カイアスくんだけで良いかなあと……(苦笑

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― 新着の感想 ―
コレで諦めて一歩前進してくれば良いのですが、恋心ってのは大きいほど難しいものです。 なら思い出として糧にし、彼女なりの前進を願うばかりです
根性のある淑女だったかあ
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