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【10/14 第二巻発売】控えめ令嬢が婚約白紙を受けた次の日に新たな婚約を結んだ話【電子書籍化決定】  作者: 行雲流水
おまけの話

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26/39

26:おまけの話①

おまけの話です。一山は築けているので、暫くお付き合い頂ければと思います!(十話ほど)

 私、エレアノーラ・ナーシサスはフェルス・ロータス辺境伯子息さまとの婚約が決まり、約一年後の婚姻に向けて忙しなく動いている。


 侯爵家相当の家に嫁げるようにと幼い頃から教育を受けていたが、二十年戦争に参加したことで勉強の機会を一時失っていた。時間を取り戻すため、私はロータス辺境伯領に赴いていろいろと学んでいる。

 ロータス家の皆さまはいきなり現れた私を温かく迎え入れてくれ、忙しいながらも穏やかな日々が過ぎていた。もちろん、未来の旦那さまとなるフェルスさまも私に対して優しく接してくれ、知らないことがあれば丁寧に教えてくれる。

 

 一度婚姻先を失ってしまった私には凄く有難いことだから、なにかお返しをしたいとロータス家の皆さまに願い出て領都の中にある教会に赴いていた。


 教会の聖堂には信者の方がひしめいている。シスターと神父さま曰く、今日は特に来訪者が多く普段より賑やかだとか。それもそのはず。私が教会で領都の皆さまに向け、魔法で医療活動を行いたいとロータス家の皆さまにお願いしていたのだ。


 最初、ロータス家の皆さまは私が魔法で治癒を施すことに疑問を感じていたようである。貴族と平民とでは大きな隔たりがあるため、貴族の婦女が平民の方に触れることを良しとしていない部分があった。

 おそらくロータス家の皆さまは私を慮って今日のことを渋られていたのだろう。私は戦場に赴いて、魔法で兵士の方たちを癒していた経緯がある。そこに貴族と平民という垣根はなく、私はただ必死に失われゆく命を引き留めようと魔法を施していた。その経験があったためなのか、貴族は平民に触れてはならぬという感覚は私の中では薄れている。


 ロータスさま……違う。フェルスさま――彼の名を呼ぶことに慣れない――も私と同じ感覚を持っているようで、私と一緒に未来の義両親を説得してくれていた。

 

 教会の信徒席を利用して、訪れた方と対面している。私の後ろには辺境伯家の護衛の方が数名控えており厳しい視線を周囲に向けていた。彼らが威圧感を放っているのは私を守るためだから気にしては駄目だろう。

 圧を受けて驚いている方たちには申し訳ないが、今日のことは教会の方々が領都の皆さまに説明をしている。女の癖に生意気だと言われてしまうことがあっても、堂々として魔法を行使し治癒を施す。今日はそのために訪れているのだと私は一つ頷いて、目の前に座す男性に魔法を施した。


 「痛みは抑えられているはずですが、無理をすればまた症状が現れるかと」


 目の前に座る男性は脇腹に負傷を負っていた。終戦間際の頃、敵兵の剣に倒れてしまったそうだ。どうにか衛生兵に連れられて戦線を離脱し、後方へ下がり治療を受け一命を取り留めたものの、傷の痛みが消えないそうである。

 二十年戦争のお陰で怪我や骨折の治療技術は格段に上がったけれど、こうした痛みに関しての部分はまだ謎が多く原因が解明されていない。けれど魔力を持ち術を行使できる者がいれば解決する場合もある。本当に魔法という技術は便利であり、敵対している相手が使用できるなら厄介なものであった。


 私が治癒を施した男性は痛みを耐えていた険しい表情が和らいでいく。肉が抉れた脇腹に己の手を添えて不思議そうに撫でながら私と視線を合わせた。


 「あ、ありがとうございます! 私のような者が貴族さまから治療を受けられるなんて。そして、このような無様な傷を晒してしまい申し訳ありませんでした」


 彼は脇腹から手を離し、はだけていた服を勢い良く着直して私に頭を深く下げる。そして彼が顔を上げれば目尻に涙を貯め込んでいた。


 「いえ。申し訳ありませんが、痛みが消えるのは一時です。効果の時間も定かではありません……」


 私には目の前の男性を気遣う言葉を掛けられなかった。魔法で傷や怪我を治せても、完全に痛みを消すということは難易度が凄く高い。高名な魔法使いならばできるのかもしれないけれど私は至って普通の魔法使いだ。私は男性から視線を外して床へと落とせば、勢い良く彼が信徒席から立ち上がりまた深く頭を下げて『ありがとうございます!』と口にして場を退いていく。

 男性が去って行く背を見つめていると、聖堂横にある出入り口からフェルスさまが姿を現した。聖堂の上にあるステンドグラスから差し込む光が彼の銀髪を照らし、凄く不思議な色合いになっている。フェルスさまが私が見ていることに気付いて、小さく微笑み落ち着いた足取りで私の下へに立った。

 

 「エレアノーラ。無理をしていないか?」


 フェルスさまが落ち着いた声色で問うた。男性らしい低い声だけれど、威圧感もなにもなく耳に心地良いものだ。私は背の高い彼を見上げれば、自然と笑みを携えていた。


 「大丈夫です! まだ魔力は尽きていないので、他の方を診ることができます」


 私の返事に何故かフェルスさまが片方の眉を微かに上げて苦笑を浮かべている。そうして彼は自身の利き手を私の髪に触れて口付けを落とそうとするけれど、ごほん! という護衛の方の咳払いにはっとした顔を浮かべて顔を少し赤らめた。彼の姿を見た私も顔に熱が点っていくのが分かる。少し惜しいという気持ちと人前で恥ずかしいという気持ちがせめぎ合い、私はなんとも言えない気分となってしまった。


 「んん! 孤児院に病気の子供はいないそうだ。あと神父が今日のことを甚く感謝していたよ」


 恥ずかしそうにフェルスさまが咳払いをして、いつもの表情となる。教会に併設されている孤児院にフェルスさまは先程まで顔を出していた。貴族の務めとしてロータス辺境伯家は教会に援助している。教会が使い込んでいないか、孤児院や他の施設に不備はないかと調べていたのだろう。

 私が治癒を施していた間、子供たちの元気な声が聞こえていたからフェルスさまは彼らと戯れていたのかもしれない。親を失った彼らが生きる希望の光を絶やしていないことは素直に嬉しい。


 「孤児院の子供たちが元気でなによりです。あの……フェルスさま」


 「うん?」


 私が顔を上げてフェルスさまと視線を合わせれば、彼の銀色の瞳が細められる。戦場で見た厳しい視線ではなく、優しく甘い色を携えていた。


 「我が儘を申してしまいますが、本日のように領都の皆さまに魔法を施す機会を定期的に頂けませんか?」


 「理由を聞いても?」


 「戦争が終わっても、皆さまが負った傷は癒えていません。先程の方のように痛みをずっと背負っていかなければならない方もいらっしゃいます。自己満足かもしれませんが、一時でも痛みを感じることなく過ごすことで得られるものが増えるのではないかと……もちろん怪我だけでなく、病気の治癒も施します!」


 だからお願いしますと私が頭を下げようとすれば、フェルスさまが私の肩に軽く手を添えて動きを止められた。え、と私が顔を歪めれば、フェルスさまはそうじゃないとゆっくりと首を横に振る。


 「魔法使いが減って怪我や病気を治せる者が少なくなっているし、医師の数も多いとは言えないのが現状だ。私としては有難い申し出だが……君に、エレアノーラに益がない」


 今回、訪れた者たちから得た治癒代も教会に寄付するのだろう、とフェルスさまが眉間に皺を寄せる。私が皆さまから治癒代を頂いたのは、冷やかし半分で訪れる方を減らすためだった。

 だから治癒師の方から術を受け病気や怪我を治すより安く済んでいる。そして私が頂いたお金は教会に寄付することにしていた。本当はロータス家に渡す予定だったのだが、皆さまには私が好きに使うべきと伝えられそれならばと教会に寄付しようとなった。

 

 ロータス家にお返しをしたいと願い出たことが今日の切っ掛けだったけれど……結局、ロータス家やフェルスさまには私の我が儘を聞き入れて貰っただけ。

 

 「益だなんて……私はロータス家の皆さまに良くして頂いております。フェルスさまも私の側にいてくださっていますし学ぶ機会も頂いています。だから、なにか皆さまにお返しをと考えたのですが、これでは負担を増やしているばかりですね……」


 貴族の者が街に出るには馬車や護衛が必要となりお金が動く。私はまだなにもロータス家のために動けていないので、少し情けない気持ちが心から湧いて出てくる。


 「長い目で見れば良いし、エレアノーラは私の婚約者だ。君が領の者のために動いてくれていると、皆も分かってくれている。私もロータス家の者も。だからエレアノーラ、自分を卑下しないでくれ」


 悲しくなってしまうからとフェルスさまが目を細めながら私の頬に手を添える。


 「ありがとうございます……そう言って頂けると嬉しいです」 


 私は頬に添えられていた手に手を重ねて笑みを浮かべれば、彼は言葉を紡ごうと口を開く。


 「私は君と共に歩むと決めたのだから当然だ」


 フェルスさまがふっと力を抜いて柔らかい笑みを作る。時折フェルスさまは私が凄く恥ずかしくなってしまうような言葉を平然と紡ぐことがある。でもそれは恥ずかしいけれど、心が温かくなるものだと理解したのは最近のことだ。

 きっと彼の優しい心根が現れて口にしているのだろうけれど、後ろで護衛の皆さまが微笑ましそうに私たちを見ていることでなんとも言えない気分になる。当然、ナーシサス家から派遣されている護衛の方もいるので弟と母にも話が伝わるのだろうなあとフェルスさまの手に重ねていた手を離した。


 ――へえ。彼女がフェルス兄さまのご婚約者、ねえ。

 

 ふいに、どこからか声が聞こえたような気がして私はきょろきょろと周りを見渡す。なにを言ったのか聞き取れなかったけれど、私の背に視線が刺さっていたのは分かったのだ。でも誰もいないし、護衛の方も反応がないため気のせいかと頭を振った。


 「エレアノーラ、どうした?」


 「いえ、なんでもありません。私は治癒を続けますね!」


 よしと気合を入れた私にフェルスさまは『ほどほどに』と苦笑いを浮かべて側で護衛を務めると、暫くの間私の我が儘に付き合って貰うのだった。

2025/04/14 コミカライズ版『控えめ令嬢が婚約白紙を受けた次の日に新たな婚約を結んだ話1』が発売します! ⇓に各所店舗さまのリンクを貼りつけておりますので、どうぞよろしくお願い致します!┏○))ペコ

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― 新着の感想 ―
エレオノーラさんの有能さは王太子殿下も認める程ですし、彼女が下に自身を見る事は強引な物言いですが、その評価をくれた王太子殿下や王家への背信行為にもとれます 元婚約者の屑野郎のせいですけど、この卑下す…
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