25:愛を紡ぐ
高級宿の中に入り、受付を済ませて宛がわれた部屋へフェルスさまと共に入る。応接用の豪華な椅子に導かれて、腰を下ろしても良いと無言で示された。
捕縛されたカイアスさまは、この地を治める領主の方が預かることになったそうで、厳しい処分が下るとのこと。フェルスさまがお茶を用意させようと、宿の係の方へお願いしていた。私の足元にしゃがみ込んだ彼は、心配そうな顔をして私の顔を覗き込んでいる。
「エレアノーラ、大丈夫か?」
「私は平気です。それよりもフェルスさまの御髪が……」
見るに堪えないことになっている。綺麗な銀糸の髪はさらさらしていて、風に靡く姿を見るのが好きだったのに。
「先ほども伝えたが、また伸ばせば良いだけだ。髪が短くなったのは久し振りだから、短いことを楽しむさ」
私を見上げながら、優しく笑うフェルスさま。彼が髪を伸ばしていたのは特に理由はなく、単純に戦地へ赴くと長い間切る機会を設けられず、伸びてそのままにしていたそうだ。
手入れも女性のように頻繁に行っている訳ではないので未練もないとのこと。しかし、今のフェルスさまの髪の状態は如何なものだろう。長い髪が半分と短い部分が半分になっていて、悲惨なことになっている。貴族の髪を扱う専門の職人を呼ぶとしても、今いる領地にいらっしゃるのか謎だし……。
「さて、鋏を借りてこよう。エレアノーラ、私の髪を整えてくれるだろうか?」
唐突にフェルスさまが仰って、立ち上がる。確かにそのままでは不味いだろう。凄くちぐはぐな状態だから、感じる重みが左右で違うだろうから。
でも何故、私に整えて欲しいと願うのだろうか。こういうことは、侍女や侍従の仕事ではと、首を傾げる。そんな私を見て、フェルスさまが小さく笑って、君に切って欲しいだけだと言った。明日にはちゃんとした方を呼んで、きちんと整えるとのこと。そういうことであればと、彼の願いに頷いて借りた鋏を手に取った。
「緊張しますね……絶対に動かないでください、フェルスさま。怪我の元ですから」
専門の方ではないし、上手くできる自信はない。今より酷いことになったらどうしようと考えてしまう。
「子供じゃないんだ。急に動くなんてしないよ」
私の言葉に静かに笑うフェルスさま。上着を脱いでシャツ姿で私に背を向けて丸椅子に座っている。広い肩幅としっかりと肉を纏った首に、シャツから透けて分かる肩甲骨の厚さにがっしりとした両の腕。
私より頭一つ分背の高い、フェルスさまのうなじやつむじを見るのはなんだか新鮮。失礼します、と声を掛けて一番長い部分に鋏を入れた。鋏から伝わる、髪を切る独特の感触。フェルスさまの息遣いが聞こえてきそうな、部屋の静けさ。はらりはらりと落ちる、フェルスさまの銀糸の髪が、この一年間の出来事を振り返っているようで。
始まりはなんだったのだろう。
戦争なのか、カイアスさまから婚約白紙を突き付けられたことなのか。フェルスさまが私に手を差し伸べてくれたことなのか。どれか一つ欠けていたら、フェルスさまと私が婚約するなんてことはなく、ロータス辺境伯家とナーシサス伯爵家が縁を持つこともなかった。
人付き合いが上手くないし、友人が多いとも言い難いけれど、フェルスさまとの出会いは本当に恵まれていたのだろう。沢山の方と知り合うことができ、縁を持つことができた。これから彼らとどうなるかは未知だけれど、誠心誠意付き合っていけばきっと良縁となるはず。
「ざっとですが、整えてみました。明日、ちゃんと専門の方に切って頂いてくださいね」
「ありがとう、エレアノーラ。君の黒髪が失われなくて良かった」
フェルスさまが丸椅子から立ち上がって、私を見下しながら私の髪を一房取って指で遊ぶ。フェルスさまの短くなった髪のお姿は見慣れないけれど、精悍さが上がった気がするし、更に恰好良くなられたような。私には勿体ない方だなあとしみじみとお顔を拝見しながら笑うと、フェルスさまも笑い返してくれる。
そうして日々は過ぎて行き、長い馬車の旅も終わりを告げる。
辺境伯領都へと辿り着き、出迎えてくれたロータス家の皆さまが、髪が短くなったフェルスさまの姿を見て驚かれて。
あと暴挙にでたカイアスさまの行動を凄く憤っていた。逆恨みだし、戦争で心に傷を負ってお酒や女性に逃げる気持ちも理解できるけれど、踏ん張って耐えている人もいるのに、と。
辺境伯領邸に用意された私の部屋に足を踏み入れて、もうすぐこの家の一員となるのだなと目を細めた。ロータス家の方々は女の子が我が家にきたといって、辺境伯閣下も夫人も凄く喜んでくださっている。辺境伯領に関する勉強は一切手抜きがない所が、容赦がないなと苦笑いをしつつ、当然だから文句なんてない。
また日々が過ぎて。
今日、正式にフェルスさまとの婚姻を果たした。辺境伯領では盛大な結婚式が執り行われ、領民の方々にもお祝いの料理が振舞われるそうだ。辺境伯閣下はお元気だから、フェルスさまがロータス辺境伯家の当主を務めるのはまだまだ先だろう。その間は、フェルスさまが王国から叙爵した法衣子爵位を名乗ることになっている。
辺境伯領内にある教会で盛大な結婚式を挙げ、少し前に辺境伯邸に戻ってきた所だった。もう少しすれば身内だけのお祝いが始まる。ウエディングドレスから着替えているけれど、豪華なドレスを身に纏っているので少し落ち着かない。フェルスさまはいつも通り、詰襟の黒い礼服姿。ぴしりと着こなす様はカッコ良いし、長い髪のお姿も良かったけれど、短い髪になったフェルスさまも格好良い。私の視線に気づいたのか、フェルスさまが体を向けて真剣な顔になった。
「エレアノーラ、ずっと君に言えなかったことがある」
「はい」
なんだろうとフェルスさまと視線を合わせると、フェルスさまが息を呑んだことが分かった。
「――愛してる。言い訳になってしまうが、遅くなってすまない」
ずっと伝えたかったけれど、気恥ずかしくて言えなかったそうだ。彼が甘い言葉を囁く口ではないのは知っているけれど、言葉にして伝えられるとこんなに嬉しいものなのか。
お互いに貴族で、フェルスさまにも私にも事情があって婚約したようなものだ。フェルスさまは宛がわれていなかった婚約者を得るために。私も家のために白紙に戻した婚約を帳消しにするために、婚約先を探していたのだから。フェルスさまの婚約宣言で、たった一日で問題を解消されてしまったけれど。
「私は君を初めて見た時に惹かれていたんだと思う」
そこからあとはフェルスさまの口説き文句が凄すぎて、あまり覚えていない。口下手だからと言って、気持ちを直接伝えてくれるのは有難いですが、一気に放出しすぎではないでしょうか。とはいえ、彼の真摯な言葉に答えなければと頭に過ぎる。彼の腕の裾を持って距離を詰める。
「フェルスさま……――」
「ん?」
こてんと小さく首を傾げる彼の形の良い耳元に、背伸びをして顔を近づけた。
――愛しています。
私の言葉に顔を真っ赤に染めるフェルスさまを見て、小さく笑う。私も彼にちゃんと伝えるのは初めてだった。一年間という短い付き合いだけれど、これから先も関係は続いて行くのだから。ちゃんとお互いの気持ちを確かめ合いながら、歩んで行ければ良いなと考えているとフェルスさまの腕が伸びてきて、力強く抱きしめられたのだった。
地味極まりないですが、これで完結です。恋愛要素あったのかと問われれば微妙な所? もし面白いと感じて頂けたなら、感想・評価・ブクマお願いいたします!






