20:再会
――お互いの好きなものを先ほどまで述べ合っていた。
夜会が始まり入場を済ませて、主催者の方に挨拶を済ませれば、あとは思い思いに貴族として交流を深めていく。舞踏場で踊りを楽しんでいる方もいれば、歓談に勤しむ方、壁の花と染みに徹している方々もいらっしゃる。フェルスさまと私は婚約を結んだことを知らせるため、お声がけ頂いた方の対応に追われていた。
多くの方はフェルスさまの婚約者に何故私を据えたのか首を傾げているけれど、声にしてまで問う方はおらず彼が決めたならば文句は言えないと言葉を呑んでいるようだった。
ロータス辺境伯家と縁の強い方の対応はフェルスさまにお願いし、ナーシサス伯爵家と繋がりが強い方は私が対応していた。身分が上の方にも下の方にも、始終穏やかな対応であり隣で見ていると安心する。
フェルスさまが辺境伯家出身ということと、戦争終結に導いた立役者ということで夜会での彼は人気者である。私は彼の威光に預かっている訳だけれど、フェルスさまは戦いに終止符を打った鍵を開けたのは、敵の魔法使いを見つけた私のお陰だと、会う方会う方に語っていた。
とある貴族の方と話を終えたあと、少し話しておかなければとフェルスさまの顔を見た。
「フェルスさま。敵の魔法使いを無効化したのはフェルスさまのお手柄です。私がなにかした訳では……」
私が戦場で見つけた敵の魔法使いが、戦況を大きく左右する人物だとは全く知らなかった。ただ偶然に敵の魔法使いを見つけ、味方に魔法を打ち込まれても困ると必死だっただけだ。威力の高い魔法を既に何度か使っており、倒せるかどうかは賭けだった。威力の足りない魔法を打ち込んで、相手を挑発した挙句、味方を危険に晒した可能性だってあったのだから。
「気付いていなかったのか。あの日、君の隣を私が馬で通り過ぎていたことは覚えている?」
はっきりと覚えている。青鹿毛の大きな軍馬に跨った彼が、颯爽と私の横を通り過ぎて行ったことを……あの鮮烈な光景を忘れることなんてできやしない。
「はい。はっきりと覚えております。隠れていた魔法使いを私は見つけましたが、倒したのはフェルスさまです」
「だが君が気付いていなければ、私は敵の魔法使いの存在に気付かないままだった。だから感謝しているし、女性だからと評価が低く見積もられるのは気持ちの良いものじゃない」
私は既に軍から退役しているから、もう終わったことだ。一応、報告書に記し提出をして、評価の算定は終わり報酬も頂いているのだから文句なんてなかった。けれど目の前に立つ人は灰銀色の瞳を確りと私に向けて、正当な評価ではないと訴える。
「ありがとうございます。――」
フェルスさまがその事実を知っていれば十分で、私は彼の伴侶となるのだから問題はないと伝えようとすると、かつんと足音が鳴り私の言葉を遮った。
「――エレアノーラ……何故、俺の前に姿を現す!」
カイアスさまが怒りに顔を染めて、フェルスさまと私の前に立ち塞がった。彼の横にはアナベラさまを侍らせており、ふふと私に視線を向けたあとフェルスさまへと妖艶な眼差しを向けたのだった。
フェルスさまはカイアスさまから向けられる厳しい視線を遮るように、前に立ってくれた。最近はカイアスさまと会うたびに、一人で彼の言葉を受けていたから私を庇う大きな背に安心感を覚えてしまう。
「私の婚約者になにか用か?」
「……軍神に関係ないことだろう」
フェルスさまとカイアスさまの間でぴしりと紫電が飛ぶ。周囲にいらっしゃった方も、カイアスさまの大きな声に足を止めて様子を窺っていた。ひそひそと小声で話している方々は私たちのことを、どう見ているのだろう。
「関係ないとは言えないな。エレアノーラは私の婚約者だ。理不尽な理由で絡まれるなら、私は彼女の婚約者として立ち振る舞うのは当然だ」
フェルスさまが私の腕を優しく引き、腰に手を当てて抱き寄せた。距離、距離が今までで一番近い。どくどくと五月蠅く鳴る私の心臓の音が彼に伝わりそうで凄く恥ずかしい。
「確かに俺との婚約を白紙に戻したが、関係が切れたというわけではない。そもそも俺の視界に入ることが目障りだと言っている」
関係はもう持つことはないと考えていたのに。婚約を白紙に戻したのならば、家と家との付き合いもなくなる。だから個人の付き合いはもうないと考えていたのに。
「そうであれば関りを持たないことが一番だ。貴族であれば社交界で姿を目にすることはある。視界に入ったとしても相手にしないのが大人というものだ。彼女は君を相手にしておらず、未練を持っているのは君の方ではないのか?」
「馬鹿なことを言わないでくれ。ハイドラジア侯爵家嫡子である俺の経歴にエレアノーラは傷をつけた。貴殿の隣に立つ女は、その責任を果たしていないのだぞ!」
カイアスさまの言葉の後に、フェルスさまが私の顔を見下ろして優しく微笑んだ。心配しなくていいと伝えたかったのだろうか。無用な言い争いはして欲しくはないし、周囲の方々がどう考えるかも気になる。
「暴論だな。周りの者の目を見てみろ、君の言葉が齎す印象をよく考えるべきだ。――行こう、エレアノーラ」
フェルスさまが手に力を入れて、私の身体の方向をくるりと変えて歩み始める。後ろを振り返ると歯噛みしたカイアスさまと、悔しそうな顔をしているアナベラさまが私たちに視線を向けていた。
「すまない、エレアノーラ。出席者を聞いておくべきだった」
「いえ。社交に出れば、いつかは起こることでしたから……私のことでご迷惑をお掛け致しました。申し訳ありません」
気にしなくて良い、と笑うフェルスさま。居た堪れなくて、また頭を下げると謝らなくて良いと告げながら、私の頬にそっと触れて顔を上げて欲しいと願われた。
でもご迷惑を掛けたことは事実で、フェルスさまには関係ないことだからと伝えると、関係ないことはないと力強く言い切られる。婚約しているし、これから夫婦となり共に道を歩いて行くのだから、一緒に苦難を乗り越えて幸せを嚙みしめるものだろう、と。
それでもまだ謝ろうとしている私を無理矢理に舞踏場へと連れ出して、フェルスさまとご一緒に数曲踊り切る。上手く踊れたのか分からないけれど……彼の不思議な感覚が伝わるリードは、何故か自然に受け入れることができたのだった。






