19:ゆっくりと近づく③
辺境伯家のタウンハウスでドレスを発注して少し経ち、出来上がった順に彼からプレゼントとして贈られていた。
有難いけれど、仕立て過ぎではとナーシサス伯爵家のみんなで頭を抱えるのだが、母と弟曰く、私に似合う色だし、私の事を考えて贈ってくれているとのこと。自分ではよく分からないが、確かに辺境伯邸で思案していたフェルスさまと夫人を見ているから、贈られて悪い気はしない。ただちょっと量が多すぎるので、加減を覚えて欲しい所だけれど。
王都の各家で行われていた終戦を祝う夜会は、時間と共に減っていた。次は社交シーズンに入るので、王都のタウンハウスにまだ暫く滞在する予定である。フェルスさまと私の婚約をお知らせする為に、無理ない程度に夜会参加を増やそうと、二人で相談している。
今日は、選んで頂いたドレスと装飾品を身に纏い、フェルスさまとご一緒に夜会会場へと足を運んでいる。フェルスさまと一緒に馬車から降りて入場したけれど、わざわざ王都の辺境伯邸から伯爵邸へと迎えにきてくれるなんて考えていなかった。
会場前で合流するのが常だったし、婚姻前の関係だと主流な行動である。マメですねえ、と弟が出かける前に私を見て嬉しそうに笑っていたのは何故なのか。
母も母で、良い方を選びましたねえと感心していたし。確かに私には勿体ない方だと納得したものの、弟と母の感情にはなにか別の感情が混じっているのではないかと訝しみながら、結局それがなにかは分からなかった。
会場入りする前の控室で、入場時間になるのを待っていた。
「本当は会って直ぐに伝えるべきだったのだが……エレアノーラ、ドレス似合っている」
フェルスさまは私を見送るために母と弟がいたことで、言いたかったことを言えず仕舞いだったと、彼は少し顔を赤くしながら苦笑いを浮かべる。
私が纏うドレスは落ち着いた色だけれど、差し色として明るい色が所々に入っている。もう落ち着かなければならない年齢だし、少し背伸びしている気もするが自分に合っているのかも……? 流石、辺境伯夫人のセンスは一流で、夫人のアドバイスを真剣に聞きながらドレスを選んで仕立ててくれたフェルスさまに感謝する。
彼は私のドレスを仕立てる際についでだと言って衣装を新調しており、濃紺色の詰襟から漆黒色の詰襟の礼服となっていた。婚約を結んでからというもの、私は彼から与えられてばかりである。大したことはできないけれど、なにか彼に贈りたいのに好みや好きなものを全く知らない。ああ、こういう所を知っていかなければならないのだなあと、今更ながら理解する。
「ありがとうございます。フェルスさまも新しいご衣裳、凄く似合っております。あの……」
あまり男性に口を出すのはよろしくないけれど、聞いておかなければと意を決してみる。
「どうした?」
フェルスさまは私の言葉を拒むことなく、むしろ今の様に私が言い出しやすいようにと気を遣ってくれるので有難い。言葉にするかどうか迷っていても、急かすことも喋るなとも言わず、ただ柔らかく笑って私の言葉を待ってくれていた。
「フェルスさまの好きなものはなにがありますか?」
「私の好きなもの? そうだな……――」
彼が好むものは意外だった。辺境伯領の自然が好きだし、領都の活気ある人々を見るのも好きなのだそうだ。辺境伯領に流れる川で魚を釣るのは楽しいし、愛馬に跨り野を駆けることも好きだと。
「エレアノーラは馬に乗れるのか?」
「はい、貴族令嬢として嗜んでいましたから。従軍する際にも手解きを受けました」
私の言葉を聞いて彼は少し顔を歪ませた。どうしたのかと問おうとすると、直ぐに表情は変わり、いつもの彼の柔らかい表情になる。今度時間があれば馬に乗って領内を駆けてみようと。もちろん伯爵領でも構わないと告げながら、きっと楽しいと笑う彼に私は静かに頷く。
穏やかな季節に馬に乗って野を駆けて、作って貰ったお弁当を広げるのも楽しいし、彼と一緒であれば美味しくない料理――料理人の方に失礼だし、雇っている方々がそんなものを提供する訳はないけれど――でも、きっと笑い話になる。
「他にはありませんか? 好きな色や好きな食べ物に……」
彼の趣味や好きなものを知ることができたけれど、今の情報ではなにを贈ればいいのかさっぱり分からない。
ナーシサス家が軍馬や馬車引きの馬の産地であれば仔馬を贈るのもアリだけれど、残念ながら特に目立った特産品もなく、ナーシサス家が伯爵位足りえるのは魔力持ちを多く生み出すことと、生まれた子に宿る魔力量が多いから。長い時間をかけて、さまざまな貴族家と縁を持った結果だろう。魔力持ちの子を成せば、役目を終えていると言えるけれど。
「……エレアノーラが私のことを知ってくれるのは嬉しいが、これでは私が君のことを知ることができないのだが」
むっと顔を渋くするフェルスさま。なんだか幼く見えて可愛らしいなと、失礼なことを考えてしまう。次は私が質問攻めを受けそうだし、せっかく彼のことを知る機会を得たのに、これで終わりは早すぎる。なにか良い手はないかと考えて提案してみる。
「それなら、私がひとつ質問に答えるたびに、フェルスさまも質問に答えて頂けませんか? こうすれば公平ですから」
「ん、ああ。そうだな。それなら公平で不満も湧かないな」
特に理由もなくおかしくて、ふふふとお互いに笑いあう。夜会の入場時間になる前の、穏やかな時間がフェルスさまと私の間に流れていた。






