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15:彼女を知った経緯⑤

 私に声を掛けてくる者たちを躱しながら、黒髪の女性、エレアノーラ・ナーシサス嬢を探す。黒髪の女性は平民ではよく見るが、貴族となると珍しい配色だ。

 貴族には金髪や銀髪の者が多く、赤髪や茶髪の者もそれなりにいるのだが黒髪となると珍しい。平民によく現れる色だからか、下賤の者の血が色濃く表れていると嫌う者もいる。彼女の評価が下がってしまった理由の一端に、髪色もある気がしてならない。貴族女性であるならば、見目も評価の理由の一端になりえるのだから。


 「いない、か」


 目立つ黒髪なのだが、多く参加者がいる会場内で彼女を見つけるのは難しい。どこか一所に留まってくれれば良いのだが、それは私の都合である。

 地道に足を動かすしかないなと、顔を右へ左へと忙しなく動かしていると、会場の片隅で人の流れが変わっている場所を見つけた。何故か人だかりができて、真ん中には酔って暴言を吐いていた男の姿と、私が探していた黒髪の女性の姿が。――まさか。


 『俺の婚約者のエレアノーラが同じ戦場に立つとはな!』


 あの夜に言っていた男の言葉が蘇り、いろいろと繋がった。ハインリヒから受け取った報告書にはナーシサス伯爵家前当主が戦死して暫く、戦力提出を軍と王家から打診された伯爵家は領民をこれ以上戦場へ出せないと、伯爵家と婚約先の侯爵家に許可を取った上でエレアノーラ・ナーシサス嬢が手を上げたのだ。

 魔法を扱えることを買われ、促成教練を経て戦場に立った彼女。婚約者がいると聞いていたのだが、まさかあの男が婚約者だったとは。彼女の名前を報告書で知った時に気付くべきだったのだろうが、品のない会話を忘却の彼方へ放っていた私の記憶が気付くことを遅らせてしまった。

 

 嫌な予感しかせず、彼女の下へと足早に歩を進ませた。聞き難い言葉を男が吐いているが、戦場での男の行動は味方に被害を増やす一方で、武功なんてものはないに等しい。

 男の一場面しか見ていないので、正確な評価は分からないが、男の言動を見ていると彼女以上に功績を上げたと言い張る言葉に納得はできなかった。周りにいる者たちは面白おかしく、黒髪の女性と男と男の間女を見ているだけだ。これ以上続けるなら、場所を移せと伝えようと止めていた足を再度動かそうとした。


 「――貴様との婚約を白紙に戻す」


 渦中の男が黒髪の彼女へ告げた。なにを勝手に……家同士の婚約を、当主でない者が自身の都合で決められる訳はないだろうに。自身で上げた功績を盾にしているが、果たしてソレは功績足りえるか。

 男を諫める女性を無視して一方的に去って行く後ろ姿を、私は歯噛みしながら見ていることしかできない……待て。私にできることがなにかあるのでは、と頭を必死に動かす。戦場であれば、いくつもの手が浮かんでくるのに、何故か今は良い手が思い浮かばない。ハインリヒに事態の打開を頼むのが一番かと頭に浮かぶが、それだと親の威光を頼る子供のようだと気付く。


 黒髪の女性は男を止める間もなく、男は彼女の下を去って行った。下を向いている女性に視線を向ける。軍服を纏い、戦場で見せた凛々しい表情とは違い、理不尽に苛まれたどこにでもいる一人の女性だった。

 

 もし、先ほどの男と黒髪の女性の婚約が白紙に戻るのなら……何故、私は男と彼女の婚約が解消されることを望んでいるのだろう。

 以前から家同士で取り交わされていた約束であれば、白紙に戻されるなら問題が生じる可能性があるし、彼女が伯爵家から責められる場合もあり得る。考え事をしているといつの間にか渦中の輪は解消されており、彼女の姿も消えていた。

 

 状況が状況だけに声を掛けられなくなった。今、私が追いかけて声を掛けたところで、彼女が告げられた婚約白紙の話が立ち消えることはない。この状況で、先の事を褒めた所で嬉しくなんて思わないだろう。女性の気持ちの機微に鈍い私であっても、それくらいのことは理解できる。

 

 誰か相談できる者がいないかと、頭の中で姿を想像してみる。私の友人であるハインリヒ……間違えたことは言わないが、面白がることは確実だ。私の上官……軍の再編成で忙しい所に私情を持ち込むのは憚られる。友人や同僚……家族や恋人との再会を喜んでいる所に私が現れれば困るだけだろう。

 残りは辺境伯家の者たちか。家の人間に相談すると、貴族としての立場も加味されそうだが……今相談できるのは家族しかいないし、情報を集めたいならば家の力は必要になる。結局は相談しなければならないのだから、遅かれ早かれ家族には知られるか。

 

 少々情けない気もするが、王国貴族の勢力図をきちんと把握しておらず、社交に関しては疎いところがある私だ。聞いて損はないだろうと、王都にある辺境伯家のタウンハウスへと足を向けた。


 「まあ、フェルスが女性の話を持ち出しました! どうしましょう、どうしましょう。戦いだけが趣味だったフェルスに!」


 タウンハウスの応接室で母が嬉しそうに舞い上がり、父はその姿を苦笑いを浮かべて見ていた。


 「話を聞くにハイドラジア侯爵家もなにを考えているのだ。確か、ナーシサス伯爵家の長姉を迎え入れたのは、ナーシサス家の血を望んでのことだと聞いていたが……本当に白紙に戻すつもりなのだろうか」


 疑問に感じながらも、ハイドラジア侯爵子息の行動に両親は憤っていた。もし本当に侯爵家と伯爵家が白紙に戻すのであれば、ナーシサス伯爵令嬢を私に添わせて構わないと父と母が言い切った。戦場に立つからと婚約者を宛がわれることを拒否し続けてきたし、色恋の話がまったく上がってこなかったので、両親には心配を掛けていたようだ。

 件の彼女のことが好きか嫌いかと問われれば、悪くはないと答えられる。終戦を迎えて、次期辺境伯となるのだから伴侶を得なければならないし、丁度良いのだろうか。自身の都合で利用しているようでならないが……あのような理不尽がまかり通るのは許せないし、見ていられない。


 行き過ぎた行動なのかもしれない。しかし。夜会の会場で人目に晒されながら、背を小さくしていた黒髪の女性の姿が頭にこびり付いて離れない。まだどうなるか分からないが、戦場で見た黒髪の女性の凛々しい顔を取り戻せるようにと願うのだった。

6/3投稿分最後です。残りは明日に放出して完結させます!

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