12:彼女を知った経緯②
――聞くに堪えない場面と遭遇して、数日が経った。
戦況はお互いに消耗しはじめて、良いとは言い難い状況へと陥っていた。
轟音が鳴り響くと同時に、悲鳴と怒号が上がった。正面から敵に魔法を打ち込まれたと気付いた味方はいったいどれほどいるのだろうか。私は間一髪の所で、敵兵が撃ち込んだ魔法を避けて難を逃れた。撃ち込まれた魔法によって、幾人かの味方が爆散している。辺りには血と臓物と糞尿の臭いが立ち込めた。この状況に慣れていない者は嗚咽して、胃の中身をぶちまける。
「魔法使いを探せ! また高威力の魔法をこちらに打ち込まれたいのか!? ――どう考える、フェルス」
統合指揮官が皆を鼓舞した後に舌打ちをして、私に問いかけた。
「……奴ら、どこかに魔法使いを認識阻害魔法で隠していますね。簡単には探し出せないでしょう。私が囮になることもできますが、そうなると横からの奇襲に我らが耐えうるか……」
正面からの魔法は私をおびき出すための囮なのかもしれない。横から伏兵を我々に向け、部隊を分断させる腹積もりの可能性も捨てられなかった。一番手っ取り早い方法は隠れている魔法使いを探し出し、こちらも高威力の魔法で打ち返せれば良いのだが。
敵も馬鹿ではないから、貴重な魔法使いを無駄に失いたくはないだろう。障壁を展開できる魔法使いの魔力は互いに尽きて、あとは消耗戦となる。なにか決定的な一手が欲しいのだが、それが見つからなかった。
――総員、突撃ぃいいい!
遠くから敵司令官の声が聞こえる。どうやら私の予想は外れたようで、向こうは正面からの総力戦を挑むらしい。好都合だと口の端が歪に上がるのを自覚して、長年の相棒を務めてくれている馬の背に跨る。
「前に出ます」
「しかし、魔法使いが隠れているのだぞ! フェルス、お前を失えば我が軍、ひいては我が国の戦意が確実に尽きる!」
統合指揮官が顔色を変えて私に訴える。確かに士気は下がるだろうし、軍神と呼ばれている私が死んだと公表されれば戦意は下がってしまうだろう。だが、私が死んでタダで転ぶ軍や王家ではない。私が死んだことを利用して、私を英雄に祭り上げ復讐をと声高に唱えて次の軍神を創り上げる。偶々、私が他の誰かより突出して強く、偶々、軍神と呼ばれただけ。
「向こうも切羽詰まった状況です。切り崩すのであれば今しかありません」
「分かった、行け。だが、死ぬな! 必ず戻ってこい!!」
承知、と言い残して統合指揮官の下を離れた。愛馬の手綱を引き加速する。味方を縫って走り抜けながら、腰に佩いた剣の柄に手を掛ける。
貴族籍の軍人が集まる場所をかなりの速度で駆け抜けると、後ろから私に付いてくる者が現れた。後ろに顔を向けてにやりと笑ってみせると、彼らは私の意図を理解したようだ。貴族たるもの、皆の手本として振る舞わなければならないのだから、今のような状況で尻込みなぞ無用。敵陣に真っ先に突っ込み、武功を手にして国へと捧げるべきなのだから。
騎馬で駆けること少し、正面には敵兵の姿を確りと捉えることができた。正面に展開していた味方の歩兵が、私たちに気付いて道を空ける。視界の端に女性部隊を目に捉えた。一番前に立つ黒髪の女性に違和感を覚える。彼女の視線だけは、迫りくる敵兵へと向けられていない。この状況で何故と疑問を感じ、彼女と同じ視線の先へと目を向ける。
「……あれは?」
遠い先にあるただの岩に魔力の流れを感じた。――阻害魔法で隠れている魔法使い……そうか。先ほどの彼女がなにもない所に視線を向けていたのは、魔力の違和感を捉えたものだったのかと納得し。
「いくぞ、相棒」
ぼそりと呟いた私の声に、愛馬が短い嘶きで応えてくれた、その時。擬態して隠れている魔法使いの方へと手を向ける黒髪の女性の直ぐ横を駆け抜ける。
女性と敵の魔法使いとの距離は随分とある。おそらく彼女はあの場から魔法を打ち、敵の魔法使いを手負いにできる自信があったのだろう。
味方の魔法使いの貴重な魔力を無駄に消耗させるのは勿体ない。隠れていた敵魔法使いの居場所は知れたのだから、私が愛馬と共に駆け剣で首を落とした方が、次への展開の布石になる。彼女の手柄をかすめ取ったようで申し訳ないが、必ず報告書に認めると心の中で謝って。
「はっ!」
手綱を引いて速度を上げ、隠れているつもりの魔法使いへと迫る。一度認識してしまうと阻害の効果は大きく下がってしまう。運が悪かったなと目を細めながら、私の接近に驚き惑う魔法使いに向けて剣を抜き一閃すると、すぐさま愛馬を反転させる。総力戦となった場へと切り込んで敵を攪乱し部隊機能を低下させていると、味方が孤立している所を見つけた。
「カイアス、先行しすぎだ!!」
「今が好機だ! 多少の無茶は仕方ない!」
聞き覚えのある声に視線を向けると、数日前の夜に見た貴族籍の男が孤立し始めていた。孤立しそうな男を守ろうと、味方の下士官が犠牲になっていく。なにをしていると歯噛みしながら、これ以上無駄な犠牲を出すのは悪手と判断して男の下へと愛馬を操ろうとして、カイアスと呼ばれた男の直ぐ側に魔法が撃ち込まれ敵兵が薙ぎ倒された。
あんな威力の魔法を放てる者が味方に残っていたとは……まさか、黒髪の女性の魔法だろうか。もし彼女が男の窮地を察知して放ったのであれば、男は運が良かったのだろう。黒髪の彼女が隠れていた敵の魔法使いに魔法を打ち込んでいたならば、魔力切れを起こしていただろうから男の命はなかった可能性が高い。
「今だ、殺せ!」
事態が好転したと判断したカイアスと呼ばれた男は声高に叫んで、敵兵に止めを刺し雄叫びを上げる。
命乞いをしている者まで屠る姿に、貴族としてどうなのかと首を傾げながら、窮地は脱したので私が力を貸さなくても大丈夫と判断して、私は敵の大将の所まで突っ込んで行く。豪奢な装備に身を包んだ敵の総大将を守る者はおらず、辿り着くのは簡単だった。握ったままの剣を総大将の首元に馬上から突き付ける。
「詰んだな。どうする、投降するか?」
「ぐっ! ……全軍を武装解除させ、投降する」
敵総大将のその言葉が、二十年続いた戦争を終わらせる決め手となったと知るのはもう少し後のことだった。