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チュートリアル~VSゼータ

念願の異世界転生を成功させたものの、マッドサイエンティストであるウェスター博士に拉致され、醜い改造人間へと作り変えられてしまった男、シナキ。

辛うじて洗脳から逃れることだけは出来た彼であったが、その眼前には自分と同様に改造手術を施されたサイボーグ兵、ゼータが立ちふさがる。

ウェスター博士を捕らえに来たハンター、コトーニャを交え、シナキにとって異世界初の戦闘が開始されようとしていた。

シナキには二つの選択肢があったが、その前にまず選ぶべき道はひとつである。

つまり逃げ出したウェスター博士を追いかけるにしても、この場から逃げ出すにしても、目の前の巨大なサイボーグをどうにかやり過ごさなければ。

不安要素は数え始めたらキリがない。

それでもやらざるを得ない・・・ここを乗り越えられなければ、二度目の死が彼に訪れることになる。

そして今度は、別世界に転生できるとは限らないのだ。


学生時代に段持ちまで練り上げたことのある空手の構えをとってゼータへ相対するシナキ。

いま目の前で展開されている実戦に比べれば、あの学生時代の部活などお遊びにも程があるが、すがれるものがあるとないのでは全然違う。


緊張感と焦りを飲み込みながら隙を伺う中、戦闘の火蓋を切ったのはコトーニャであった。


グレネードランチャーの弾を装填したと同時にゼータへトリガーを引きまくるその判断の速さと肝の座り具合は、常に冷静沈着な―――否、人格を排除されてインプットされた命令のみを遂行するゼータにはどう映っただろうか。

もしくは、あまりに戦闘力の違うコトーニャなど意に介してさえいないのかもしれない。

自身の上半身と同等の大きさをもつハンマーをひと振りすることで発生する風圧がグレネードの弾道を変え、炸榴弾の行方は天井や床へ。

またも派手な爆発が二度、三度と発生してゼータ自身にはノーダメージだ。


だが、その黒煙舞う爆風の中に紛れてシナキは素早くゼータの真下へと接近しており、キャタピラを蹴って飛び上がると右手側のハンマーの持ち手を思い切り殴りつけた。


「おおあっ!!」


武装フォーマットの施されていないどころか、肌すら取り外された状態の肉体繊維丸出しかつパンツ一丁のシナキの一撃はしかし、想像以上の威力を発揮した。

大柄で重装甲のゼータの手を大きく吹き飛ばし上体を揺らがせ、ハンマーを持つ右手小指が折れたのである。


「うッ!?」


そのパワーに自分自身で驚くシナキ。

ステータス値を見るにスピードでかき回す他ないと踏んでの奇襲強襲、かつ人体の弱い部分を狙った一撃であったのだが。

これなら正面からでもいけるか―――。

と、しかしそんな甘い考えはすぐに払拭されることとなる。

なぜなら、ゼータもまた固有スキルを持った異世界人の成れの果てであるのだから。


「ヘルファイアストーム」


ゼータの顎部クラッシャーが開き、赤燈色の光が何もなかった中空に収束されて巨大な炎の塊が五つ、その巨体を中心に回転を開始する。

固有スキル・炎魔法の上位種であるヘルファイアの広範囲版である。

本来なら存在しない魔法というファクターを、異世界転生という裏技によって持ち込んだスキル。

科学と魔術の融合という夢のような舞台が、この場には用意されていた。


「まずいっ!」


コトーニャは背中に装備していた大型シールドを前面に立て、防御態勢を。

咄嗟に後方へ逃げるには隠れられる場所が無いからだ。

盾は羽を広げるように装甲を展開させ、少しでもコトーニャ本体へ熱が行かないようにする。

一方、シナキは床に着地したばかりで防御態勢がとれない。

しかし無常なるかな魔法は無詠唱で発動し、部屋全体を灼熱の五炎塊が嵐となって暴れ回る。


「くっ・・・うおおおおっ!!」


もはや部屋とは呼べぬ程にシナキごとその空間は燃え盛り、天井を破り空が見えるくらいの火柱がそそり立つ。


「うああっ!」

大楯をじわじわと溶解させられながら耐えるコトーニャ。

耐熱・耐寒仕様のボディスーツとジャケットアーマ―のバリアがあって、なお受け流せない熱量。

これはまずい。

自分は最新鋭の合金盾があってこれほどまでに熱のダメージがあるのだ。

いくら改造人間とは言え、これほどの灼熱地獄の中では生き残れないのでは―――。

そう思った。誰だってそう思う。


やがて炎が収まると、手術室だったその部屋は黒焦げの壁と溶解した鉄骨が残るだけの、さながら屋外のような開放的な場所となっていた。

部屋だったものの中央にはゼータが何事も無かったかのように佇んでおり、シナキの姿はどこにも見当たらない。

やはりあの火炎の中では生き残れなかったのか、と。

複雑な思いと共に見渡すが、ゼータがコトーニャをロックオンしてハンマーを構える以外には何も―――否。


穴だ。

ゼータの真下の床に穴が開いている。


炎というものは基本的に上に向かって燃え上がるものだ。

それは魔法で生み出された炎であっても例外ではない。

部屋が爆炎に包まれる直前に、あの膂力で床に穴を開けて階下へ逃げていたのなら。

まだ可能性はある。


キャタピラを高速回転させてコトーニャへ突進するゼータ。

盾を放棄したコトーニャもまた、ボトムアーマーの踵部に装備されたキャタピラを回して円状に動いてゼータから距離を取る。

動きの大きさとパワーはゼータが上だが、小回りとクイックネスはコトーニャが上だ。

加えて先ほどの派手な炎魔法で周囲は開けた空間となっており、つまりは広くなっている。

逃げる場所はいくらでもあるというわけだ。


「これでも・・・っ!」


くらえ、と口の中で呟いて、振り返りつつ腰部にマウントしていた虎の子の武器であるバズーカ砲を放つ。

狙いは先ほどシナキがつけた傷・・・右手の小指だ。


「ファイアウォール」


だがしかし、ゼータの魔力は無尽蔵。

巨体を中心に巻き起こる炎の柱はバズーカの弾丸をものともせずに溶解させ、結局はゼータへ届かず爆発するのみ。


「くっ・・・!」


やはり能力に差がありすぎるか。

これでもコトーニャはハンターの中では上位の実力者・ファーストクラスだ。

だのにここまで攻撃が通じないというのは、ゼータが異世界人であるというのはもちろん、改造を施したウェスター博士の技術力が突出しているためでもある。


それについては後述するとして―――追い詰められたかに見えたコトーニャへ、炎の壁を解除したゼータがなおも近づこうとした、その時。


床穴から飛び出して巨体の背中に組み付いていたシナキが、その拳を大きく振りかぶって思い切りゼータの黄色いヘッドギアを殴りつけた。


一発、二発、三発。

立て続けに腰の入った瓦割りが炸裂する。


「ここまで近づいちまえば炎は使えないだろ、がよ!!」

「危険。危険。直ちに排除」


金属がへこんでいく鈍い音が鳴り響き、頭部がひしゃげるのを感じるゼータは右手のハンマーを放棄してシナキを掴みにかかる。

赤ん坊がいやいやをするかのような緩慢な動きをバック宙で回避したシナキは、即座に床に落ちた大きなハンマーを両手で拾い上げ、それをそのまま担いでゼータの間上へとジャンプ。


「喰らいやがれ!」


改造された足腰はさながらバッタを等身大にしたかのような跳躍力をシナキに与えており、マウンテンゴリラを軽く超越するパワーと、転生のギフトたるステータス値と、武芸全般という固有スキルによって得られた『ハンマーの使い方』―――技術が。

シナキの攻撃力に変換されてその一撃の威力を増す―――!


「せいやああああああああっっ!!」


ズドン、と。

空気を伝わって響く音がコトーニャの耳にも届く。

腰を入れた重い一撃はゼータの頭を完全に潰し、衝撃は床を割って階下までその巨体を落下させていく。

肩で息をするシナキの手から離れたハンマーはズドンと野太い音を立てて床へと転がった。


改めて見回すとこの場所は地上四階であったらしく、自重もあってかゼータは幾度も途中の床を突き破りながら一階まで落ちていっているようだ。


「・・・やったの?」

「いや・・・」


煙のあがる床穴をコトーニャと注意深く見下ろすシナキ。

手ごたえのあった一撃だったとはいえ、これだけでゼータを仕留めきれたとは思えない。

それに、ここでまた炎魔法を使われたらこの研究所全てが焼け落ちてしまうだろう。


「よくもやってくれたな、薄汚いハンターども」


ややあって、再びゼータが動き出すことを危惧していた二人の元へ、耳障りな声が届く。

同時に階下方面からの地響きが研究所を襲い、ふらついたシナキをコトーニャが支えると、研究所の地面が開き、一台のポッドカプセルが飛行していくのが見えた。

ドローンのような飛行形態をもったそれの運転席には当然のようにハルトマン・ウェスター・グーリッシュ博士が搭乗しており、機体からはワイヤーが投下され、頭の潰れたゼータを引っ張り上げている。


「ウェスター!」

「そんな、包囲していたハンターたちは!?」

「ふん、そんなもの相手にもならんわ。だが、ワシの可愛いゼータがやられたとなれば話は別だ。今日のところは見逃してやる」


どうやらコトーニャの仲間を振り切って脱出に成功したらしいウェスタ―博士は、苦も無くゼータを回収するとカプセルの下部へ固定し、忌々し気にサムスダウンしながらシナキとコトーニャを見下ろした。


「ハンターども、貴様らにワシは止められんよ。貴様らとワシでは格が違う。やがてワシとワシの六聖騎士の力にひれ伏すことになろうよ。それまで首を洗って待っているがいい」

「何を・・・!」

「そしてオメガよ!おまえは失敗作だ。いずれ処分する」


コトーニャへ、そして続けざまシナキへ醒めた視線を向けるウェスター博士。

その胸中はおそらく、遊び飽きた玩具に対するものと同じなのだろう。


「せいぜい忘れんことだな。おまえのような異世界転生者が現れるたび、ワシらの戦力が増えていくことをな」

「まだ・・・オレみたいな人間を増やすつもりか!!」


悪びれないウェスターの言葉に、シナキの中で怒りがこみ上げる。

死という救いを、終わりを。

転生という希望を、始まりを。

踏みにじるウェスターの行いに、鬱で萎え切っていたシナキの心魂が。

まるで燃え盛るように怒りの色に染まっていく。


「てめぇはオレが殺す」


親指で首を掻き切るように横へ動かし、シナキは醜い顔の双眸で憎き相手の顔を目に焼き付けた。


「てめぇこそ首を洗って待っていやがれ」

「ふん、せいぜい粋がるがよいわ」


それだけの会話を終えると、ウェスターの操縦するカプセルは軽い音と共にどこかへと飛行していき、やがて見えなくなった。


ウェスターの飛び去る様を見送って、荒く肩で息を吐いていたシナキは、まるで糸が切れた操り人形のように力なく膝から崩れ落ちた。


「!危ないっ・・・!」


ゼータを叩き落した大穴へダイブしかけたシナキを咄嗟に支えるコトーニャ。

肩を抱き寄せられ、お姫様抱っこさながらに抱えあげられたシナキは虚ろになった意識の中でコトーニャの端正な顔立ちを力なく眺め、その美しさに―――


「女神かよ」


―――そう呟いた。


「そんなことは・・・ない」


少し照れ臭そうに頬を染めるコトーニャ。

目の前の改造人間がいくら醜い外見をしていたとしても、その言葉を素直に受け取れるくらいにコトーニャは純粋で、修羅場もくぐってきていた。


「全部・・・夢だったらいいのにな」


吹き抜けるような青空の下、女神に祈るように一人ごち、シナキは気を失って脱力した。

コトーニャは少し悲しそうにかぶりを振ると、迎えのヘリコプターが接近してくるのを見上げて薄い唇を開いた。


「けれど現実よ。受け入れなきゃ」


ばたばたと現場の収拾にやってきたハンターたちへ指示を出しつつ、コトーニャは無線で上司たる司令官へと連絡を行う。


「ミッション終了。これより帰投します」


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