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俺たち天使野郎

作者: 眞基子

 皆さんは知らないだろうけれど、天国はかなり忙しいのだ。世界中から人々が押し寄せてくる。沢山の神様がいらっしゃり、事務局は神様の御用を取りまとめて天使たちに仕事を割り振らなければならない。人間は、天使といえばキューピットのような愛らしい姿を想像していると思うが、本当は神様好みの姿形をしている。確かに天使にも可愛い女の子もいれば、かなりイケメンの男の子もいる。天使に頼みごとをするのに、この世界に来た人間は選り好みが激しい。煩悩が抜けきれていないせいかもしれない。俺たちは神様の悪戯か、筋肉隆々で眼光鋭い俺はノッポのポツ、相棒は頼りなくボケっとしている小太りのプク。そのせいか、なかなか天使の仕事が回ってこなかった。久し振りに事務局からお呼び出しが来たとき、俺たちは暇を持て余し、天使のワッカで輪投げに興じていた。事務局長のシュシュは、そんな俺たちを睨みつけつつ仕事を命じた。

 「日本人の成人女性が、この天国にやって来た。何でも一瞬の交通事故で本人も死んだことを自覚していなかったのだが、やっと成仏することに同意した。ただ、条件として現世に残してきた娘が幸せになるまで見守ってほしいとのことだ。お前たちは暇だし、これから地上に降り立ち、その娘を幸せに導き、幸せを確認したら仕事は終わりだ。ただし、余計なことはするなよ。以上」

 シュシュはそう言うと、娘の名前と住所が書かれた書類を二人の頭に放り込んだ。久々の地球で若い娘の見守りに付くことがポツもプクも嬉しかった。 

 娘の名前は野原花蓮、住所は東京都杉並区・・・

 早速、ポツとプクは花蓮に会いに行った。勿論、二人の姿は人間には見えない。二十三歳。スラッとした体型に、顔はメチャ可愛い。ポツとプクは一目で好きになったが、天使たるもの守るべき対象者に惚れてはいけない掟。

 「おい、プク。花蓮を守るのは大変そうだぞ。悪い虫が付かないように、始終張り付かなければ」

 「いやにポツは張り切っているな」

 「何言ってるんだ。これは仕事だぞ」

 花蓮は父の恭太郎と二人暮らしだった。母の眞美は一年前に不慮の事故で亡くなり、やっと一周忌が済み、それなりの生活が始まっていた。恭太郎は新宿署の刑事。一旦、事件が発生すると家庭を顧みることが出来ない。眞美がいるときは安心して家を空けられたが、警察官舎といえども花蓮が心配である。

 ある日、二人で食卓を囲んでいるとき、恭太郎は言った。 

 「花蓮、お父さんが仕事で帰れないときは、戸締りをきちんとするんだぞ」

 「あらいやだ、お父さん、私をいくつだと思ってるの。私の友達だって一人暮らししている人がたくさんいるわよ。警察官の割りに心配性ね」 

 「馬鹿、警察官だからだ。俺は若い女性が事件に巻き込まれたのを目の当たりにしてきた。いいか、常に身の廻りに注意しろよ」

 「分かっているわよ。それに、お母さんが見守ってくれているから大丈夫よ」

 花蓮は、仏壇の母の写真に目をやった。

 「ところで、花蓮は付き合っているやつはいるのか?」

 「もしいたら、お父さんは反対するんでしょう?」

 花蓮は、恭太郎の顔色を窺いながら聞いた。

 「そんなことは無い。花蓮も年頃だし、嫁に行かなければ、それはそれで心配だ。ただし、警察官は絶対駄目だぞ。お母さんの苦労を知っているだろう」

 二人の会話をそばで聞いていたポツとプクは、お互いに顔を見合わせた。一応、二人は天使なので、人間には見えないし、声も聞こえない。

 「花蓮は、俺たちが見守っていることに気づいているのかな」

 プクは、驚いたように言った。

 「まさか。だが、母親の思いを感じているかもな。どっちにしろ花蓮が幸せを掴む手伝いをするのが俺たちの使命だからな」

 ポツは、気合を入れるように言った。

 ある夜、花蓮が会社帰りに歩いていると、後ろから付いてくる若い男がいた。いかにも怪しげな風体である。今日は女友達との女子会とやらで、いつもより遅かった。公園近くの道は、街灯がおぼろげで薄暗い。

 「おい、プク気をつけろよ。奴が花蓮に襲いかかってきたらいいな。天使ビームで倒すぞ」

 「分かっているよ。でも、天使としては相手を怪我させるわけにはいかないよね」

 プクは、ちょっと身を引いた。ポツはそんなプクを睨みつけた。

 「天使ビームはちょっとクラッとするだけだ。それに俺たちは、花蓮を守る任務に付いているんだぞ」

 「でも、任務は花蓮を見守ることじゃないの」

 「馬鹿、ボケっと見ているうちに花蓮になんかあってみろ。まずは任務遂行だ」

 ポツは強い口調で言った。そうこうするうちに、男が花蓮の後ろに近づいてきた。ポツとプクが男目がけて天使ビームの発射体制を執ったとき、いきなり横から熊のような男が現れ、あっという間に若い男を倒した。

 「ああ」

 花蓮は声を上げて、しゃがみこんだ。一瞬、花蓮は何が起きたのか分からず、震えていた。熊男は、若い男を捻り上げると花蓮に声を掛けた。

 「花蓮、大丈夫か?」

 花蓮は立ち上がり熊男を見た。

 「大祐さん」

 その後、若い男は警察に連行され取調べを受けた。他に何件も事件を起こし、指名手配されていた男だった。熊男の名前は相川大祐。警視庁捜査一課の刑事だった。ストーカー事件が多発しており、警戒していたときに花蓮を見かけたので、声を掛けようと追ってきたらしい。そして、そのタイミングで花蓮を救うことができた。大祐は花蓮の大学の先輩で、一年前から付き合っている。花蓮は両親に紹介しようとしていた矢先、母の眞美が交通事故であっという間に亡くなり、二人のことは宙に浮いたような状態になっていた。ただ、この一件で、恭太郎の知ることとなった。

 「花蓮、他のやつならいいが、刑事だけは絶対に駄目だと言っただろう。仕事がら家庭のことはお母さんに任せていた。花蓮が苦労するのは目に見えている」

 父親に反対された花蓮は、意気消沈し暗くなってしまった。

 「ポツ、どうしょう。花蓮が可愛そうだよ」

 「勿論、何とかして二人の仲を父親に認めさせなければ。俺たちは、花蓮を幸せにする任務に付いているんだからな」

 「でも、どうやって二人の仲を認めさせるんだ?」

 ポツは、考え込んだ。

 「そうだ。恭太郎に眞美との幸せだった時間を思い起こさせるんだ。眞美が愛してくれたのは恭太郎自身であり、仕事ではない。勿論、刑事としての恭太郎を誇りに思ってはいたが、それは愛する恭太郎の仕事だったからだ。刑事の妻としての大変さはあったかもしれない。でも、眞美は一度も大変だとは思わなかったはずだ」

 「分かったよ、ポツ。でもどうやって思い出させるんだ?」

 「簡単だよ。恭太郎の夢にお邪魔すればいいことだ」

 ある夜、恭太郎は夢を見た。たまたま入った喫茶店でアルバイトをしていた眞美と出合った。可愛い眞美に一目ぼれした恭太郎は、非番の日には必ず喫茶店に通った。幸せだった。結婚し、花蓮が産まれ、何もかもがこのまま続くと思っていた、あの暴走車に眞美を奪われるまで。ただ、二人で過ごした時間は、愛し合った時間は、永遠に消えることは無い。大切なのは、愛する人と一緒にいた時間。

 翌朝目覚めると、恭太郎は花蓮に大祐との結婚を許すと言った。

 花蓮と大祐の結婚式当日、二人を前にして恭太郎は言った。

 「二人で紡いできた時間、これから紡いでいく時間を大切にして欲しい。それだけで、これからの人生は幸せなのだから」

 それを聞いたポツとプクは、花蓮の幸せを確信した。これで二人の任務は終了となり、天国に戻る。きっと新しい仕事が待っている。これからも亡くなった人の遺族を癒す手伝いをしなければ。天使のワッカで遊んでいる暇は無い。


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