あの銀髪の青年一ヶ月飲まず食わずで吟じてるらしーぜ!
「あの銀髪の青年1ヵ月間飲まず食わずで吟じてるらしーぜ!」
「それどころか一睡もしてないらしい!」
「その間紙切れの1枚たりとも見ずに、しかも1度も噛んでないらしいっ!」
「えー!そんなの人間に可能なの?!」
「だってよー、ここって砂漠のど真ん中のオアシスだぜ!」
ふむそういうことか。俺を中心として10日くらい前から増え続けている人だかりの理由が俺の高速ブルークリスタルの300鍵ピアノ伝説独自解釈吟じであることを知り納得する。
何せしゃべってる内容が神ってるからな。
世界のどこかにブルークリスタルでできた300鍵のピアノがあるとか、ふつうにロマンが溢れすぎてるからな。
先ほどから群衆の中の女たちの目がハートになっているが、ピアノを求める英雄セブドールの圧倒的チートのくだりを吟じているところだから当然だろう。
決して俺が銀髪を左側だけかきあげ、右へ流すアシンメトリーな髪型と切れ長な大きな目で涼しげなイケメンをかたどっているからではないだろう。
格好はターバンにマントにダボダボのズボンといったダサいものだし。
「吟遊詩人様かっこいい!」
「もうかっこよすぎて私の内容なんて全く頭に入ってこないよー!」
「私の内容なんてどうでもいいから私たちと遊んでくださーい!」
え?いいの?砂漠を行くための薄手を何重にも重ねる対象でも隠し切れない女たちの色んな膨らみを見てでれっとする。
「俺の名前はセブドールからとったらしいが、セブランという。よければ君たちの名を教えてくれないか?」
とたんに後方で聞いていた男連中からブーイングが上がる。
「ンだよー!連続吟じの伝説誕生の瞬間を目の当たりにしてたってのに!」
「中断さすなよ女ども!!」
俺はためらいなく女どもを擁護する。
「キミたち女の子たちのために吟じていたけどこの暑さでは熱中症を誘発してしまうかもしれない。木陰に移動しようか」
速やかに木陰に移動しようとする俺に男連中がたちまち残念そうな声を上げる。
「なんだよ初日と変わらん涼しい顔してたのにとっくに限界だったのか?!」
砂漠はぬるくない。砂漠に置いてもぬるいやつはぬるい。
「俺は真夏の密室で1ヵ月の間ず食わずどころか一睡もしないで曲を作ってたこともある…。こんなの苦の域にも達してない」
「す…すげえなんだそれ?!お前は本当に人間なのか?!」
「さあなー」
思いがけず真夏密室英雄譚の方が男連中の食いつきが良かったことに若干落胆しつつ俺は適当に女どももあしらってオアシスを後にしようとする。
生粋の作曲家である俺はそもそも落胆していた。
1ヵ月前俺は優雅な宮廷作曲部屋でむちゃぶりくらいあんと、つまり国王への腹いせに未だかつてない壮大なシンフォニック・ロックの曲を完成させたのだ。
なんと国王の60年目の生誕祭の際に実際のオーケストラを後方に配置して生演奏させるためのキラーチューンにせよとの事だったのだ。
まだかつてない壮大さと言い切ったのは、そのオーケストラの中でも制約がある弦楽器の中でも目立つ高音を担当するファーストバイオリンの譜面に仕込んだ爆弾にある。
‘’下げ弓のみーーー‘’。
かつ超ロングトーン。
弦を上げ下げして小刻みに動かすバイオリンの本来の奏法から著しく逸脱したクレイジーな譜面だ。
生演奏不可として仕込んだこの爆弾はいざ組み込んで完成させてみると、通常の奏法を用いただけとは比較にならないほど壮大にして雄大な広がりと奥行きを感じさせる、まさしくキラーチューンと呼ぶにふさわしい曲の完成に役立った。
カナメである。
これぞ作曲。
これぞ不屈の作曲脳ではないか。
俺は評価される自信があった。
そしてその自信通り国王生誕祭で演奏される審査に通った。
すぐに生演奏不可なことに気づいて修正依頼が来るだろうが。
…容赦はしない。
思いっきりギャラを釣り上げてやるつもりだった。
その連絡をエロ冊子を見ながら待っていた折、オレは一ヶ月前宮廷作曲家の地位をクビになり、追放されてしまった。
落胆してしまうのも仕方がないと言うものだろう。だが俺は本心では修正依頼など受けたくないと思っていた。
あの爆弾はパーツとして骨格を成している。
外すことはすなわち別の劣化した曲になってしまうことを意味した。
ただし現時点では‘’生演奏不可ーーー‘’。
どんなに有名にあの曲がなったとしてもオーケストラの生演奏で弾く事は生涯叶わないのだ。
あの恵まれた個室のある宮廷作曲家の環境に戻りたいとは思うものの、追放されてキラーチューン修正への感傷は皮肉なことに少しだけ和らいだ。
修正どころかお蔵入りになりそうな勢いだからだが。
砂漠の都ウォータリングサンド。
人づてに聞いてはいたがここまで立派な都市だとは。
霧雨の水のドームのバリアをくぐり中に入ると中央は小高になっていて、噴水が優雅に吹き出している。
その渓流を組んで細い噴水が数しれず流れては枝分かれしていく。
驚くべきは噴水の高低差を利用して物の物品交換が行われているらしいことだ。
高いところから低いところでは流れるプールに流れる流しそうめんのごとく、低い所からは噴水の打ち上げる力を利用して運んでいるようだった。
澄み切ったブルーと砂漠のレモンイエローのみで構成された水の都の美しさをしばし堪能する。
すると徐々に人々が集まってくる。中央の噴水の奥にはどうやら王宮があるらしい。
噴水の手前の広場で様子をうかがっているとみんな王宮から本日出る御触れを待っているらしいことがわかってきた。
「あ!オアシスで1ヵ月間吟じ続けてたやつだ!」
その声に、まぁ自分のことだろうなと思い振り返る。屈強そうだがすらりとした長身いわゆる細マッチョなスキンヘッドが目を輝かせて俺を指差していた。
「こいつすげーんだぜ!」
「何?!過酷なオアシスで1ヵ月も?!」
「す…すごい」「てかそんなんいたら、誰も勝てなくね?」「確かに王様はブッ飛んだアイディアや体力自慢が大好物でいらっしゃるって噂だし…」
むぅ。俺は御触れの何か勝敗を決めるものにエントリーする予定だと思われているのか。今しがた到着したばかりだしほんの少しだが疲れてもいる。一通り都の様子を見学したら宿でも取ろうかと思案していただけなのだが。
王のためにアイディアや体力自慢をする気など毛頭ない。なぜなら知らぬ王。尊敬も畏敬も持ち合わせてはいないのだ。
とは言えこんな立派な水の都を統治する張本人にいくばくかの興味が湧かないわけでもないが。ざわざわし始めた頃。
「ォァシスで1カ月間吟じ続けたってそんなすごぃのかなぁ?」
本当に小さい声。だが聞いたことのない甘美な音色。俺はその文章の内容が否定形である事に落胆する。
肯定形であったなら理性を保てなかったであろうほどの神の声。
声の持ち主はおそらく絶世の美女か美少女だろうと推測する。
ゆっくりとあたりを見回すが、いるのはむさ苦しい男連中と女と言えば長いストロベリーブロンドをポニーテールにしたメガネの女くらいだ。まさかこのメガネではあるまい。
しかし不思議なのは他の男連中が今の声に全く反応していないことだ。
本当に小さい声だったとは言えここまでの声であれば男として反応しないのはおかしい。
「うん俺も全然凄いと思わない」
とりあえず冷静を装ってそう返答した。実際すごいと思ってないからなあ。その時ギィィ…と重い扉が開かれる。