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4話:くつろぎ

◆あらすじ

女神は冒険者となって家に帰ることにした。

 日が落ちきる寸前、カイとアッシュはどうにか空き部屋のある宿を見つけた。石レンガ造りの重厚な建物内には宿泊客が全て収まるほどの大広間があり、暖炉の熱が温かく満ちていた。

 客たちは広間のテーブルで思い思いに食事を摂っており、漂ってくる匂いが空腹感を増大する。と思ったのは見た目だけで、アッシュの鼻には嗅ぎ慣れない匂いが漂った不思議な空間に思えた。その理由は後でわかることになる。


「まだ空いてて良かったねカイ」

「じゃあ一人ずつで二部屋頼みます」

「えぇっ? それだとお金余計にかかるよ?」

「未婚の男女が一つの部屋で宿泊など」

「なんつう固いやっちゃ……」


 結局カイが押し通し個別に部屋を取ることに。荷物を置き一息ついた後、広間で夕食が出されたが、それが昼間に見たようなモンスターたちを食材としたメニューだった。


「こ、これは……」


 肉食魚ブラッディの塩焼き

 サンドワームのロースト、クリムゾン香草添

 コカトリスのブルースープ

 食用スライムゼリー


 テーブルに並んだ見慣れぬ料理にアッシュがおののくが、カイが先行して口をつけるのを見て、自身も勇気を持って食べ始める。女神として捧げものを無下にするわけにはいかないのだ。


 ブラッディは獰猛な肉食魚でグロテスクな見た目の川魚である。たしか毒の部位があったはずだが上手く取り除いたのだろうか。

 川が多く流れるターミンの町は昔からこうした川の幸を名物の一つとする。それが今はこのブラッディであるらしい。


 サンドワームも危険な魔物で砂漠に住むハンターだ。形が芋虫に近く、虫食自体がアッシュには慣れなくて抵抗が強い。

 コカトリスは肉質が鶏に近いとはいえ、これも危険な魔物である。どうやって捕らえたのかがアッシュには疑問だったが、それ以上に青く染まったこのスープはなにを素材に使っているのか。


 最後のコレはなんであるのか。小さなスライムを混ぜ込んだゼリーがデザートとしてついてきている。見た目がプリンとしているからって食べれそうだと思った狂人がいるのか。


「んん……匂いが」

「これでも頑張って抑えてあるんだ」

「色がすごい……」

「味はまあそれなりだから」


 最初はクセの強い料理たちだったが、結局は空腹がそれを上回る。時に薬膳めいた味と匂いがしたがそれも慣れ、ほどなくアッシュの胃袋に収まることとなった。


「思ったよりイケるじゃない、私の創ったモンスターたち」

「……」

「うっ……なにか怒ってる?」

「いや、モンスターも人間も、アンタからしたら全部が自分の生み出したものなんだな」


 カイの感心したような驚いたような表情が意外だったので、アッシュは少しおかしくなった。


「そ、そーねぇ。私のことは遠い遠いお母さんと思ってくれてもいいのよ?」

「……」

「な、なんでもないですぅ……」

「いや怒ってないよ?」




 客に紛れて吟遊詩人が音曲を奏でる。陽気すぎず哀しくもない、ゆったりとした音色で食事時を彩ってくれた。


 広間は他の宿泊客も揃って賑わっているが、それはアッシュの想像した歓談とは少し違っていた。

 冒険者達が旅の成果を語り合う景色などはない。商人が不景気を嘆き農民が不作を嘆く。どこかの町が魔物に襲われたと騒ぎになる。村一つが無人となり逃散か襲撃かと疑惑になる。そんな調子だ。


 景気が良いのは魔物を狩るハンターの界隈で、また多くの肉や素材が回収されたことなど話題になっているが、その陰では命を落としたハンターを惜しむ声が漏れ聞こえてくる。


 なお二人は会話しやすいよう、また余計に絡まれないよう隅っこのテーブルに座って食事をしていた。


「もう少し乱痴気騒ぎ、ってほどじゃなくとも騒がしくなるかと思ってた」

「まあ、酒もあまり飲めないからな」

「お酒が? ああ、原料があまり採れないのか」


 酒の主な原料となる麦や米、果実などは、酒に回すよりも食用に納入されるようになり多くの酒蔵が廃業した。

 元から醸造用に育てていた品種も冬の時代となったことで実りが悪く、出来上がった酒は低質なわりに高価なものとなる。


 一方で家畜の乳を醸造した乳酒や蜂蜜酒などが以前より多く造られるようになり、どうにか市場の大穴を埋めるようにシェアを広げつつあった。


 いずれにしろ酒の供給量は全く足りておらず、庶民向けには水で薄めた安い酒がようやく出回る程度。これでは酔うこともできやしない。


「俺もまともな酒は、何年も前に祝いで飲ませてもらったぐらいだ」

「いいなーお酒飲みたいなー」

「金に余裕ができない内は無理だな」

「だよねー……。けど“お金”で買い物しないのにやっぱり“お金”て言うんだよね」

「まあ俺は普段、王都に詰めているからな。都市部ではどうにか通貨が通用しているから」


 やがて屋内に聖香が焚かれ始めた。魔の力が増してしまったこの世界では、町中でも夜になれば霊が偲び出てくるという。


「ほ、本当にこんな町中でもお化け出るの?」

「というか、さっき歩いてる時も物陰にいたぞ」

「ヒギッ」


 そうした環境であるため聖油や聖香は生活必需品となり、積極的な増産が進められ手に入りやすい品となった。ところによっては政府から配給されるようにもなっている。


「けど建物はだいたい護符が施されているし、香を焚いておけば中まで入ってくることはないさ。タダで夜廻りしてくれてると思っておけばいい」


 事実、霊が夜の街を徘徊するようになってから、都市部の夜の犯罪率が大きく減少していた。一方で国の力が及ばない辺境では無法地帯が広がりつつあるのだが。


「そういうわけでアッシュ、夜は絶対建物から出るなよ」

「あのぅ、今夜一人で寝ないとダメ?」

「頑張って」


 話を聞いていたアッシュは、その魔除けの力は貧しい人や弱い立場の人たちの手にも届いているのかと気にかかった。だが今は踏み込んだ話をしてもカイを困らせるだろうと思い、何も聞かなかった。



 ***



 あらかた平らげた二人に、給仕がなんの葉を使ったかわからない茶を出す。茶を飲む文化は東方から茶葉とともに輸入され、主に上流階級の間で好まれるようになった。他方、民間ではこれを真似て、茶葉に近い植物を見出し“お茶もどき”を飲むようになる。


 だがこれも『大災厄』によって東方との交易が途絶えると、茶は自家栽培も未熟だったため衰退した。結果としてしぶとい植物の葉を“もどき”にして飲む文化だけが残った。


 そんなお茶のような何かをすすり、草葉の風味を味わいながら、カイは今後のことについて話し始めた。


「ここらで整理するけど、アッシュ。アンタ帰る場所はどうなってるんだ?」

「帰る場所……」


 アッシュは弱った顔をしながら天井を、その上のはるか空を指差した。


「天界に帰らないといけないんだけど……」

「天界……ね。やっぱり雲の上に神殿でも建ててるのか?」


 カイのイメージする神の住まい観がアッシュにはいまいちわからないが、詳しく説明するのも難しいためそういうことにしておいた。


「それで、女神様は空を飛んで帰ったりできないのか?」

「で、できませぇん……」

「まあ、できたらとっくに空へ帰ってるものな。どうやって帰るの?」

「わ、わかんない……」


 アッシュの表情がどんどん暗くなっていく。周りの客が見れば別れ話のカップルか、解散寸前の冒険者パーティーに見えたかもしれない。


「私って実のところ、地上に降りてきたのは今回が初めてで……、そもそも地上と行き来する想定すらしてなかったから……」

「ううん……」


 カイも黙って天井を見上げたが、そうしてばかりもいられないので話を切り替える。


「俺の方の話をしよう」


 そう言いながらテーブルに獣皮紙の地図を広げるカイ。そのうち一点指し示したのは彼らが今いるターミンの町である。


「これから最終的に、この国の王都を目指す」


 ターミンは『カイドゥ王国』の東部に位置しており、地図を西へ辿っていくとやがて王都ポロニアに行き着く。


「そこに俺たち聖火隊の拠点がある。帰還し報告するまでが、今の俺の任務だ」

「へ、へぇ。遠そうだね……どうかご無事で……」

「アンタも来ればいい」

「私も?」

「当てが無いならひとまず王都まで一緒に行こう。その間でも後でも、なにか考えが浮かぶだろう」


 渡りに船、天上から蜘蛛の糸。捨てられた仔犬のように弱っていたアッシュの表情が晴れかかったが、すぐにまた曇る。


「でも私、すでに服も宿も世話になってるのにお返しする当ても無くて……。もう体を売るしか」

「アホか。……まあなんだ、アンタは命の恩人なんだから、むしろこっちがお返ししてるのさ」


 イケメンかよ。アッシュの心の中で華やかなBGMが流れた。


「マジっすか、いいんすか、あぁんお願いします一緒に連れてって!」

「なんだその喋り方……とにかく決まりだな。準備が整ったら王都に向けて出立だ」



 ***



 時刻もすっかり遅くなり、広間の宿泊客たちもぞろぞろ部屋へ戻り始める。

 アッシュも自分の部屋に入ったが、とにかく今日は出来事が多かった。すっかり疲れてすぐにベッドで横になったのだが、なにやら異質な気配がする。


(歩く気配じゃない。でもなにか動いてる?)


 窓から外の様子を覗いてみる。すると寝静まった夜の町、その街路に薄っすらと霧のような人影が動いていた。


「本当にお化け!?」


 思わず声が出たアッシュ。カイの言っていたとおり、町中でも幽霊が徘徊しているようだった。そんな幽霊の一人が声に反応したのか、アッシュのいる宿の方を向く。


(hがいヵえdふじこ!)


 窓から離れ布団に潜り込むアッシュ。息を殺してしばらくやりすごしていたが、こっそり窓の様子を見てみると、そこにいた。

 なにか生命の輪郭を持った存在が、窓から中の様子を伺っているのだ。


(悪霊退散! 悪霊退散!)


 これもカイの言っていたとおりだが、彼ら幽霊は建物の中まで入っては来れないようだ。それでもコツコツと窓を叩く音がする。

 これでは末法の世だ。この世界の人々はこんな夜を毎日過ごして気が持つのだろうかとアッシュは信じられない気持ちがした。


 


 カイはすでにまどろみの中にいた。この日はカイも朝から活動しっぱなしで、着替えてベッドに体を横たえるとすぐに眠気に襲われた。粗末な造りのベッドだが野宿も多い仕事柄、屋根の下で寝れるのはありがたい。


 ぼんやりとした意識の中で女神ディーヤ――アッシュと出会ったときのことを思い出す。否、頭を捻っても思い出せない。気づいたときにはそばにいて、怪我の治療をしてくれた後だった。

 わかっているのは地面に大穴を開けるほどの珍事が起き、おそらくそれに巻き込まれたのだろうが。

 アッシュは天界から落ちてきてしまった、と説明をしていたはずだが、それならなぜあの女は生きているのかもカイには謎だった。女神だからか。


(まったく妙な出会いだ……)


 夢に出た女性のことを思い返す。アッシュに似た女性が涙を流していた。あるいはあれがアッシュで、記憶の空白の出来事だったのかもしれない。

 アッシュにそれを尋ねてもよかったが、今はその時ではない気がした。遠慮もあるが、今の流れがなにかが変わってしまう気もするからだ。

 もう少し打ち解けた後ならば……。


(……やはり出たか)


 窓の外に霊がうごめく気配を感じていた。だがカイには慣れたこと、どうせ入っては来れないだろうと体はスムーズに眠りへと移行していく。

 仕立て屋に頼んで直してもらった衣類を受け取ったら、早いところ旅立とう。王都に帰還し、聖火隊に報告をして、その後は――。


 しばらく経った後、カイの意識がわずかに覚醒する。何かの気配がした。

 月明かりもない部屋の中で体に緊張が走る。その“何か”はすでに肌に触れるほど接近しているではないか。

 こんな近づかれるまで気づかないとは深く眠りすぎた。注意散漫だ。


(しかし何か、やわらかい……)


 そこで気づいたカイは、暗闇の中、布団の内でもぞもぞ動くそれに声をかける。


「……何してるんだ?」

「……いやその、お化け出てるし、一人で寝てて寂しくないかな、と思って……」

「帰れ」

「お願いします一人じゃ寝れないんです!」

「……女神なのにお化けが怖いのか」

「女神でも怖いものは怖いんだよぅ! 悪いかよぅ!」


 仕方なくこの夜は同じベッドで寝ることにした。カイは床で寝ようとしたが、アッシュが誰かそばにいないと嫌だと駄々をこねたため、やむを得ずだ。


 幽霊が恐ろしいのは事実なようで、外でうめき声などがするたびにアッシュの身体が震えるのがわかった。今もカイのシャツを掴みながら布団に包まっているが、それにも疲れたのか、アッシュはようやく寝息を立て始める。


(本当になんなんだか)


 女というものに詳しくないカイでも、アッシュはおかしな女だと思う。

 だが悪意が無いことはわかる。今しばらくはこのままの距離でいいだろうと、自分に言い聞かせ、カイ自身も眠りに落ちていった。


 翌朝、カイはアッシュに関節技をかけられるような寝相で目を覚まし、もうこの女を布団に入れないでおこうと思った。

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