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2話:市場にて

◆あらすじ

親方、空から女の子?が!!!!

 馬に揺られているうちに日が中天にかかる。とは言っても、年中曇り空のこの世界では天体で時間や方位を知ることは難しい。旅は自身の感覚や経験、目印などに頼るところが大きいものとなっていた。


「あった、目印の石」


 街道沿いに一定間隔で置かれた石は次の町へたどり着く指標となる。だが女神のディーヤにはそれがいくつ目の石かもわからず、終わりなき道行きに心が折れそうになっていた。


「お尻が痛い……」


 カイの馬であるトテモハヤイに一緒に乗せてもらっている女神である。

 女神のやや浅黒の肌にアッシュブロンドの髪をなびかせた姿は、見る者に神秘的な美しさを抱かせる。だがこの日は朝から馬に揺られ続け、臀部の痛みに悩まされていた。


「カイ。……カイさーん、あとどれぐらいかかりますか?」


 手綱を握るカイに問いかけるも返事が無い。これまで長い、退屈、尻が痛いとあれこれボヤいても何らかの相槌が返ってきたが、いよいよ沈黙に支配されてしまった。

 不安になった女神はカイの袖を引っ張ってみる。


「カイさーん、怒ってる?」


 やはりカイは反応が無い。それどころか、トテモハヤイが街道から逸れても手綱を引かなくなってしまった。


(まさか……)


 顔を覗き込んでみると、カイは騎乗したまま眠っていた。

 考えてみれば無理もないと女神は気づく。昨夜は一人で焚き火の番をしてくれていたのだから昼間眠くなるのは当然のことだ。

 それにしても馬に揺られながら眠るとは器用なのか鈍いのか。それともレンジャーと呼ばれる役職はこれぐらいお手の物なのか、女神にはわからない。


 そのうちにトテモハヤイは足を止めて草を食み始めた。日照りが弱く痩せた草だがもしゃもしゃと美味そうに食べている。

 その馬がふと顔を、上げ女神のほうを横目で見てきた。


「ごめんね、重かった?」


 女神は尋ねるが馬は気にした様子も無い。


「ご主人は少し寝させてあげよっか」


 カイを起こさないように囁き声で言うと、馬も理解したようで再び草を噛み始める。

 それから女神は両腕でそっとカイを支え、落ちないように注意した。

 風が少し冷たいが、涼しいのは嫌いではないと女神は思った。


(私が創った世界なのに、実際にこうして降りてきたのは初めてなんだなあ。しかもあんな落ち方になるなんて……)


 しばらく遠景を眺めていたが、女神の目から見てこの世界は色彩に乏しい。

 草木はところどころ枯れていて花も少ない。空は鈍色の曇天が続き、たまに灰が降ってくることもあるようだ。


(大災厄か……)


 少しの間だけ静かな時が流れ、ようやくカイが目を覚ました。キョロキョロと首を左右に振ると後ろで縛った黒髪が揺れ、馬の尻尾みたいだなと女神は思った。


「俺、寝てたか?」

「少しだけね。もっと休んでもいいんだよ」

「いや、町についてからにしよう。だいぶ進んだはずだろうから」


 実際、はるか遠くに薄っすらと城壁の影が見えるようになっていた。ここまで来ればほどなく到着するだろう。


「それに、早いところアンタの服をなんとかしないと」


 カイは女神の方を見ずに言った。現状、女神はマント一つ羽織っている以外は、カイから借りてブーツを履いているだけだ。これではとても町の中を歩いて回ることなどできない。


「女神お金持ってない……」

「それは俺がなんとかするよ。助けてもらった恩に報いないと。それより……」


 一旦話を切ったカイは、言葉を選ぶようにして口を開く。


「これから先、人前で女神だとか名乗らないほうがいい」

「あ……中二病かイカれと思われるかな……」

「いや何というか、たぶん面倒なことに巻き込まれる。その危険が大きい」


 カイの言い方ははっきりしなかったが、女神としては案内される身なため忠告に従うことにした。


「そういうわけで、女神とかディーヤとか呼ぶことはできない。何か偽名を考えよう」

「偽名か~、それって後から変えられるやつ?」

「好きにしたらいい」

「うーん何がいいかなぁ」



 ***



 二人が訪れたターミンの町は、大きくはないが城壁を構え、広い平野部に造られた比較的豊かな町である。いくつかの街道が合流して物資や情報が集まりやすく、交易拠点としても栄えている。否、栄えていた。


 大災厄以降、各地で生産活動、商業交通が衰退し、どの町も苦しいやりくりを強いられているのだ。


 この町も城門が古くなり崩れかけているが、修復するだけの余裕も無い様子だった。それでも衛兵たちは一定の秩序を保っているようで、町の周囲に賊や魔物が蔓延っていないのを見るに安全な土地と言えた。


 町に入る際には衛兵に軽いチェックを受ける。ボロボロの格好の二人、特に一人は謎の美人とあって好機の視線を集めたが、カイが聖火隊の紋章を見せるとチェックはすぐに終わった。


「聖火隊のレンジャーか、町中では火を起さんでくれよ」


 そう言って愛想よく中へ通してくれる様子から、聖火隊という身分が低くないものであることがわかる。


「大災厄からこの方、世界中で魔物の動きが活発になっている。昨日の夜に死霊がさまよってただろう。ああいったことも増えている」


 カイの説明では、そんな諸問題に対して退魔の力を持つ聖火隊が活躍し、各地で重宝がられているという。だが女神はそれよりも、この世界で魔物や死霊が蔓延っているという事態が気にかかった。


「昨日の死霊は確かに多かったもの。本来なら冥府の役人が連れて行って、順次生まれ変わりの手続きをするはずなのに」

「大災厄が原因だとか言われているが、詳しくはわからない。女神なら何かわからないのか?」

「いやホントどうなってるかわからなくて……」


 石造りの街並みを進んで中心部に入ると人通りも増えた。それに伴い女神に視線を送る人も増え始めたため、マントのフードを深めに被り口数も減った。

 早いところ服装だけでも改善するため、疲れはあるが仕立て屋を探す。


 店は市場の一角にあった。


「私こういうお店は初めて」


 やや興奮気味に扉をくぐる女神の目に、様々な衣類が陳列された店内の様が映る。

 見てすぐに気づくのは、厚手の服や防寒具の類いが目立つということだ。今日も気温が低く道行く人々も上着を着込んでおり、それがこの世界のスタンダードと化しているのだろう。

 町の仕立て屋とはいえ派手な衣装や若者好みしそうなものは少なく、実用性を重視した作りの商品が多い。


「何がほしいんだい?」


 初老の店主が応対に出てきた。カイは二人分の衣服や外套など、直しで済むものは直してもらい、足りないものは新調するよう話を進めていく。


「並んでる商品から合いそうなものを選んだらいい」


 カイの勧めで女神は女性用衣類の陳列棚に向かう。

 商品は厚手のものや毛皮の施されたものが多い。その中から比較的可愛げのあるを見つけたが、野外を歩くのにフリフリのヒラヒラは都合が悪いだろう。

 結局、旅向けで実用的、かつ安いものの中で女神の好みをある程度満たす服をバランス良く選び出し試着してみた。


「胸がちょっと窮屈だけど、これ以上贅沢は言えないか……」

「嬢ちゃんキレイじゃないか、服も喜ぶよ」

「やだぁ~キレイだなんて~!」


 女神のショッピングが終わる間にカイも注文を終え、カウンターで精算の段に入る。


「締めてこれだけだ。何で払うんだい?」

「この町での相場は?」

「あれを見な」


 店主が指し示した壁には、長々と文字や数字が並んだ表札が掲げてある。取引相場を記したもののようだが、よく見ると毛皮、麦、肉などが重さでどれだけの価値になるか書かれていた。


「え~これってもしかして、物々交換の相場?」

「あぁ、この美人の嬢ちゃん都会暮らしかい。貨幣はここらじゃあまり使わんよ」


 詳しく見てみると、他に布や塩、鉄、木材などとの交換相場が書かれている。食料品は重さの割に高いように思えた。中には魔獣の皮なども扱われるようだが、端の方に貨幣の相場も書かれている。

 だがそこに見えたのは銅貨が最も優良な貨幣で、対象的に金貨銀貨がどの品目よりも安く最低という相場だ。今回の取引を金貨で支払おうとすれば一億ゴールドを超える計算になる。


「ハイパーインフレやん……」


 驚く女神は置いておいて、カイは荷物から瓶を一つ取り出した。


「これでいくらになるかな?」

「お客さんそれ聖油かい、確かめていいかな?」


 店主は瓶を受け取ると匂いを嗅ぎ、暖炉の火に一滴垂らして燃える色などを確認した。


「本物の聖油だね。こりゃあいい、結構な額になるよ」



 ***



 支払いはそれで完了し、後日に繕ってもらった衣類を引き取りに行くことで話はついた。

 店を後にした二人は次にブーツや雑貨を揃えに向かうが、道中に女神が質問をぶつけてくる。


「私の世界、貨幣価値が暴落しちゃったの?」

「ああ。俺の生まれる前は普通に金貨銀貨で売り買いしていたらしいんだけどな……」


 聞けば大災厄より以前、勇者が出現した頃のこと。勇者は不思議な魔法をいくつも使えたが、中でも錬金術が世界に与えた影響が大きかった。


 勇者は金銀を無限に生み出し、それを軍資金として魔王討伐のために惜しみなく投じたのだ。まず土地を買い、物資を集め移民を受け入れ勇者のための町を創り出した。

 そこには世界で腕利きの戦士や技術者、職人らが高待遇で集められ、彼らが扱う武具道具も世界から最高級のものが掻き集められた。


 食料その他生活物資と人材は優遇的に集められ、時には徴発され、それらの命令は魔王討伐の大義と金の力で全て実行に移された。

 徴発に抵抗する者もいたが保障として多額の金が支払われた。勇者の戦闘が周囲に被害を与えた時、あるいは勇者かその仲間が法を犯した時、賠償として多額の金が支払われた。


 諸国の支援・便宜を取り付けるための賄賂にも、余計な紛争を避けるための買収にも、気分が良い時の施しにも、個人の欲求を満たすにもそのつど多額の金がばらまかれた。


 結果として世界には金銀が溢れた。国庫から市民の財布、乞食のポケットまで金貨で満たされた。

 ある国では蔵に収まりきらない金を鋳潰し、王の黄金像をいくつも建てたが、国民が不満に思うことすら無かった。

 人々の間では金貨を積み上げる遊びが流行り、発展して競技にまでなった。

 世界大会が開かれ、優勝者には賞金に金貨と金を融かしたトロフィーが贈られた。


 世間は魔王討伐までの一時的なことと考え我慢し、金の価値を暫定的に固定するなどして生活を営んでいた。だがかの『大災厄』が世界を揺るがした。


 未曾有の災害はすでにタガの外れていた世界経済に物理的なダメージを与えてその命脈を絶った。

 人々は資産を物の形で保有することに奔走し、生活必需品の価値が高騰した。その流れから振り落とされた者たちは路頭に迷って行き倒れるか、犯罪に手を染め賊に成り下がるなどして治安が劇的に悪化した。


 一時の混乱が収まった今でも貨幣が通用するのは主に都市部であり、それも勇者が見向きもしなかった銅貨が主流となる。

 ただし銅貨だけでは到底経済規模に見合った流通量を賄えず、硬貨を輪の形に鋳造し直してある。金銀は誰も欲しがらず銅貨は足りず、経済は混迷を極めたまま現在に至る。


(勇者のヤロウなにしてくれてんだ……)


 女神は愕然としたが、その人物に勇者の称号を与えたのは女神であり、特別な力を持たせたのも女神であった。


「そういえば勇者ってのはどんな人物だったんだ? 女神が選んだと聞いているが……」

「そ、その話はやめとこ……」

「あっはい……」


 気まずい空気が流れそうになったので話題を変える二人。


「それにしてもあの聖油って、随分価値が高いんだね?」

「ああ、これか」


 カイは同じような小瓶を腰のベルトや鞄の中にいくつも用意してあった。昨夜はこの油の香のおかげで安心して眠ることができたのを女神は覚えている。


「今の時代、夜は町中でも死霊が徘徊していることがある」

「マジデスカ」

「だから日が落ちる頃に、暖炉や街中の松明なんかに、この聖油や聖香なんかを入れて備えるんだ。生活必需品だな。特に俺たち聖火隊の物は純度が高い」


 カイは他にも聖水やら何やらを見せてくれ、ある意味これも商人のようだと女神には思えた。


「へぇー、何かすごい素材でも使ってるの?」

「作り方は俺も専門じゃなくて。ただ神の御加護が宿ったものだとは聞いている」


 言ってみてカイの目の前にその神なるものが立っていることに気づく。


「もしかしてあんたの御加護?」

「いや全く身に覚えが無いけど」

「じゃあ誰の加護なんだ……。まあアンタが本当の神様かどうかも謎だが」



 ***



 買い物しつつ歩き、やがて二人は市場の中でもひときわ活気のある食料品エリアにやって来た。

 色とりどりとは言えないが多様な食材が並び、人々が買い求める姿には元気がもらえそうだった。


「ほら嬢ちゃん買ってかないかい?」

「べっぴんさん美味いのがあるよ!」


 そう声をかけてくれる人がいたが、金も無いので愛想よく手をふることしかできなかった。


「やっぱり麦とか野菜なんかは高いね……」

「作物はずっと不作続きで、そのへんはもう嗜好品だな。果物なんかは王様や貴族でもたまにしか味わえないって話だ」

「じゃあ皆、普段は何を食べているの?」


 女神の問いに対し、カイは市場の一角を指差した。そこでは他所以上に客が集まり盛んな取引が行われているようだった。


「あのへんが安くて人気だ」

「どれどれ……豚肉牛肉鶏肉、なんだ色々あるんじゃない、それに手頃な価格ね」

「全部魔物の肉だ」


 カイの言葉に女神は一瞬動きを止めた。


「今なんて」

「魔物、モンスターを狩って売りさばいているんだ」


 豚肉のようなものは、ホーキーという危険な猪の肉である。牛肉はグレートホーンと呼ばれる巨大な牛、鶏肉はコカトリスなどの魔物を解体したものだった。


「毒は処理してあると思うぞ」

「いやいやいや魔物を! さあ! 食べるの!?」

「作物が育たないなら、なにか別のものを食べないと生きていけないだろう」


 カイの「そりゃあそうだろう」といった反応に女神は面食らった。

 だが大災厄以後の環境にあっても魔物は数を増やしているという。ならばそれを新たな食料源にするのは当然の帰結なのかもしれない。


「パンが無いならモンスターを食べればいい理論か……」

「言っておくけど、今朝食べた肉も似たようなものだぞ」

「マジっすか」


 大災厄以後に魔物が増加した原因はまだ特定されていない。

 学者たちは、魔物は日光が嫌いで、空が雲に覆われたことで活発化したとか、魔王城周辺の爆発により魔力を帯びた灰が降り注いだためだ、など様々な学説を述べ立てている。


 ともかくその魔物たちに対し、聖火隊やハンター、戦士たちが日夜討伐作戦を展開している。

 そんな戦いが終わった後、『ハゲタカ』と呼ばれる解体業者たちが戦場に現れては、魔物の死体を切り分けて肉や素材を取り出し、町で売りさばいているのだ。


 食用としてはクセがあるが、下処理の試行錯誤によりどうにか食べられるレベルに達している。栄養バランスが偏るのは今後の課題だろう。


 また魔物の皮は羊皮紙に代わって獣皮紙として使われるなど、素材も様々な活用がなされ、魔物の命は今の時代にあって極めて貴重な資源となっているのである。


「モンハンみたいなものかぁ」

「モン……? まあたぶんそういうのだ。……さて」


 市場で買うものを揃えたところで、いい加減に宿を探そうと思ったカイであったが、にわかに周囲が騒がしくなる。

 人混みでなにが起きているかわからないが、威勢のいい声だけは伝わってきた。



「  神 は 死 ん だ !  」



「ハイッ!?」


 伸びやかな大音声に女神が思わず反応する。ほどなく人垣が割れて仰々しい団体が練り歩いてくるのが見えた。


「面倒なのが現れたな……」

「え、なになに?」

「あれが『ケイオス教団』だ。さっさと離れよう」


 それは『大災厄』後の混沌とした世界にあって、飛躍的に勢力を伸ばしている宗教勢力の一角だった……。

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