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24話:追跡

◆あらすじ

アッシュが消え魔女が空を飛ぶ。

 北へ走る一団があった。王都を抜け出しひたすら北へ。しばらく馬を走らせた後、街道を逸れて道なき道を。

 一団の中心には馬車がいて、その周りを騎馬が守るようにして駆ける。服装を見れば商人のようにも映るが、この急ぎようは普通ではなかった。


(夜になる前にできるだけ進む)


 彼らを率いる傭兵のゼノアは用心深かった。誰にも彼らの行いは見られていないはずだが、聖火隊が絡むことである。速やかに王都から離れてしまいたい。


 日が落ちれば魔の時間が訪れる。魔除けに聖香が要るし、足下を照らす灯りも無ければ進めなくなる。

 だがそうなれば発見される恐れが高まるため、今は急ぐのだ。


 行き先は決めてある。王都からしばらく北に向かったところ、林の中に廃屋がある。大災厄によってか、あるいは魔物の襲撃により無人となった物だ。




 夜までに小型の魔獣が現れたぐらいで、特にトラブル無く目指す林が見えてきた。ここで一晩明かし、攫った女を最終的な引取先へ連れていく。もう一山、二山あるだろうが、今の所順調である。


(しかし妙な仕事だぜ)


 走りながらゼノアは考える。金さえ払うならどんな汚れ仕事も請け負ってきた。盗み、破壊、殺し。デマを拡げたり、他人を陥れることもあった。誘拐も珍しい依頼ではない。

 だが今回の仕事には拭い難い違和感があった。依頼主と誘拐した女が線で繋がるように思えないのだ。


(まあ、誰が何を求めようと関係無いと言えばそうだが)


 夕刻を過ぎれば日が落ちるのは速く、周囲は一挙に暗くなる。傭兵たちは林の中に進んでようやく明かりを灯し始めた。しばらく進むと下調べしておいた廃屋を見つける。馬車を側に留め、人が一人入るほどの大きな木箱を下ろした。


「痛っ、もっと優しく運んでー」


 木箱の中から声がして、傭兵たちは一瞬ビクッとした。中の女は薬で眠らされ、まだ目を覚まさないはずなのに。


「あ、到着した感じですかー?」

「……運び込め」



 ***



 周囲はすっかり暗くなってしまった。この闇の中を僅かな灯りだけで駆けるのは危険なため、速度を落としながら慎重に進む。

 カイとエド、リタの三人はアッシュを探して北に向かっている。彼らを先導する光の蝶がアッシュの魔力を探知したおかげでここまで来れた。

 だがその蝶が、ここに来て動きを鈍らせた。目的を見失ったようにフラフラと飛ぶようになったのだ。


「これは?」

「魔力を感知できなくなりましたね。時間が経つと薄くなってしまいますから」

「じゃあこれ以上は追えないのか?」


 リタは黙って首を横にふる。その淡々とした態度にカイの焦燥感が増したのか、リタの肩を掴んで詰め寄ってしまう。


「頼む、何か他に探す方法は無いのか!?」

「ちょ、ちょっと」


 リタが何か言おうとした途端、エドの手がカイを掴んで思い切り引き剥がした。


「カイ、少し落ち着けっての」

「……すまない」

「方角が分かってるだけでも大助かりだろう。なに、きっと見つかるさ」




 しばらく走らせた馬たちも疲労していて、休息するには丁度いい頃合いだった。風の当たらない地形を見つけると、適当な低木をむしって火を起こし簡易のキャンプとする。リタが魔法で火をつけてくれたため、焚き火は勢いよく燃えてくれた。

 ようやく腰を落ち着けて気づくが、カイは王都に着いてから少しも休んでいなかった。ここにきて急に目が霞んできた気がするも、気を強く持つため己の顔を叩く。


「明るくなってから捜索再開だ。今は休め」

「……ああ」


 エドはそう言うが、カイとしてはこの間にも誘拐犯が遠くへ逃れていないかと気が気じゃない。


「それに、シャロン隊長たちも部隊を連れて合流してくれるだろう」

「ああエド、隊長に伝えておいてくれたのか。俺は焦って気が回らなかったよ」

「あん?」


 エドとカイが顔を見合わす。


「カイ、隊長に俺たちの行動を伝えていないのか?」

「お前が言ったんじゃないのか?」

「そういうきっちりした事は俺よりお前さんの仕事だろう」

「……じゃあ、俺たちが城外にいることを誰も知らないのか!?」


 二人で言葉を失い口をパクパクさせる様を見て、リタが溜息をついた。


「お二人共マヌケですね」

「ぐぬ……」


 ――ぐるるる……。

 追い打ちをかけるように腹の虫が鳴った。慌てて出てきたため食料も備えていない。そんな二人を見かねてリタが道具袋から何か取り出した。


「非常食がありますけど、食べますか?」

「この魔法使い、できる……」

「我々はモノづくりにも精通していますから」


 差し出されたのは見慣れない練り物だったが、エドはすぐさま齧りつき、そして吹き出しそうになった。


「うぼるるるおぇっマッズッ!」

「美味しいとは言っていません。長期保存可能な特殊栄養食です」


 魔物食が定着したこの世界だが、それでも尚この栄養食の味は酷い。しかし、食料の乏しい時代だからこそ無駄にしてはならないという観念に迫られ、二人はどうにか食事を進めていく。


「……精が付きそうだな」

「材料は魔獣の精巣や虫の臓腑を薬剤に漬け込んで」

「言わんでいい!」


 水もわずかしか無いため飲み込むのに苦労したが、ひとしきり食べ終えると人心地がついた。


「私の通信魔法で師匠に連絡を入れますから、聖火隊の方々にも事情が伝わるようにします」

「魔法すごい……助かります」


 リタが師匠たる星の賢者にコンタクトを取っている間、手持ち無沙汰になったエドはカイに話を切り出した。


「……それで、俺たちが救いに行く姫君とはどうやって知り合ったんだ?」

「姫君?」

「エド、ややこしくなる表現はよせ。リタが真に受ける」


 カイはアッシュと出会った時のことを思い出すが、どう説明したら良いか悩む。


「ターミンの町の近くにいると空から落ちてきた」

「空からって……お前、変な言い方ではぐらかすなよ」

「そのままの意味だが」

「私も知りたいですね」


 リタが会話に混ざってきた。かいつまんで聞いた事情では、彼女の師匠という賢者が、アッシュの出現を感知したらしい。であるから弟子のリタもその辺りの事情に興味があるようだ。

 カイとしてはこの小さな魔法使いに助けてもらっているが、アッシュと出会った日の夜を思い出しどうにも言葉を選んでしまう。


 そうして言い淀んでいると、リタが立ち上がり周囲を見回した。


「どうしたんだ?」

「周りに放っていた使い魔が反応しました。何かがいます」


 “使い魔”というこれまた馴染みない言葉。改めて魔法の便利さに関心するのも束の間。カイとエドもすぐさま警戒態勢に移った。


「夜のお客さんご到来ってね」

「死霊か魔物か、王都近辺で危険な魔物は少ないだろうが……」

「ああ、このあいだ魔鳥が出たぞ。この天才が射止めてやったが、また奴ら勢いを増してくるかも……」

「静かに、あちらの方から近づいてきます」


 リタが示した方角、漆黒の闇の中で何かがきらめいた。それは焚き火の光を反射した一対の眼、獣の双眸だった。

 その情報を元にカイとエドは瞬時に敵の姿を推し量る。体型、体高、標的までの距離。

 エドは咄嗟に弓を構えた。普段軽いノリ男が警戒を強めたのを見て、カイも刀の柄に手を添える。


「……先に仕掛けるか?」

「お待ちを」


 つぶやいたエドをリタが止めると、手に魔力を集中して光の玉を形成した。


「これで姿を晒してみますね」


 放り投げた光球が周囲を強く照らし出すと、茂みの側にいた巨体が顕になった。


「キャウッ!」

「!?」


 突然の光に驚いたのか、浮かび上がったのは大型犬じみた獣のシルエット。というより犬であるが、とにかく大きい獣だった。


「え……」

「デカイぞ、まさか魔犬じゃねえのか!?」

「焼き払いますか?」


 警戒するエドとリタを制し、カイが一人踏み出す。


「おいおいカイ殺されちまうぞ!」

「ここは任せてくれ」

「ちょっおま」


 見覚えがあった。そうだ、あんな姿はそう簡単に忘れられやしない。


「お前、あの時の魔犬シヴァか?」

「ウゥゥ……」


 カイとアッシュがサヒカウで出会った魔犬。人間に飼われていたあのシヴァであった。


「どうしてこんなところに……。まさかあれ以来、ずっと近くに潜んでいたのか?」


 アッシュがいなければこの魔犬との意思疎通はできない。だが魔犬は人間たちが思う以上に相手の感情を読み取っていた。カイの声にこもる不安。汗に臭う焦燥。


「ワウッ」


 魔犬はカイの袖を噛んで引っ張った。着いてこいと言わんばかりにある方角へ行こうとする。


「……カイ、変な知り合いが増えたんじゃねえか?」

「何か伝えたそうですよ、この犬」


 三人と一匹はランタン片手に闇を進んだ。その進路は当てずっぽうでなく、明確な目標に向かっていることが分かる。

 途中、小さいが魔獣の死体が転がっていた。人間の手で討たれたものだ。


「まさか、俺たちの追っている奴らがやったのか?」

「この犬、案内する気なのでしょうか」


 カイには魔犬の意図が分かってきた気がした。アッシュが攫われたことをすでに感じ取っている。ここを通過したアッシュの臭い、カイの焦燥などを嗅覚及び五感で感じ、危機を察知したのだろう。

 そもそも彼がカイたちの近くにいたのは何故か。野山で生きろと解き放ったこの魔犬がである。


(ずっと、借りを返す機会を伺っていたのだな)


 律儀な犬だなと微笑ましく思う。




 やがて林の傍に通りかかった時、魔犬の足が止まった。カイの方を振り返ってまた何かを言いたげにする。


「近いんだな?」

「こいつマジで俺たちを案内してくれているのか……」


 エドは訝しがったが、明かりを消して気配を殺しつつ林に入り込む。すると木々の間から嗅ぎ慣れた匂いがしてきた。魔除けのために焚かれた聖香の匂いだ。

 魔犬が鼻をぐずつかせる。魔獣に聖香の匂いは辛いのだろう。それでもここまで案内してくれたことにカイは感謝し、顎の下をかいてやった。


 更に進むと、かすかな光まで目で捉えられるようになった。廃屋がある。窓は閉じられているが隙間から光が漏れていた。


「周囲に見張りが何人かいるな」


 エドが目を凝らして呟いた。弓の名手であるエドは目も常人より遥かに良い。周囲は悄然とした闇に包まれているが、わずかな影の動きで見抜いてみせた。


「正確な人数は分かるか?」

「三人は見えたが、陰の方までは分からん。建物の中にも潜んでいるのは間違いねえ」


 少しずつ状況を把握しながら、カイは頭の中で作戦図を拡げ始めた。この場合に優先されるのはアッシュの発見、及び安全の確保であるが、味方の人数が少ないため困難は明らかである。


「私の魔法で皆殺しにしますか?」

「この子物騒だね……」


 すでに臨戦態勢のリタだが、カイはそれを制止した。あそこにいるのは高確率で誘拐犯だろう。本音では今すぐにでも踏み込みたいが、肝心のアッシュの姿も確認できていない。危険を犯すには情報が少なすぎた。


(奴らを見張り続けて、アジトを見つけた上で聖火隊本隊を呼び込む。それが無難な判断なのだろうが……)


 考るカイだが、周囲の状況の方が先に変化しつつあった。エドの目が木々の間を移動する別の集団を見つけたのだ。


「松明の数だけでも十以上、結構な団体様が近づいてくるぜ」


 誘拐犯の仲間だろうか。だとすれば、想像していたよりも強力な組織が背景にいることになる。カイの焦燥が一層重みを増すようだった。



 ***



「あのぅ、これから何処に連れてくんでしょーかねぇ?」


 アッシュの問いかけに傭兵たちは答える気配が無い。物でも見るような視線を送るだけで、交代の見張りを務める意外はただ静かに時間の経過を待つ。

 アッシュに対しておよそ人間らしい反応を示さない彼らの徹底ぶり。だがアッシュは、それはそれで分かりやすい人たちだと考えるようになった。


「貴方たち真面目だね」


 その言い方に傭兵たちが一瞬視線を返したが、やはり言葉は無い。アッシュの危機感の無さに呆れる者、言葉の選択にきょとんとする者と反応は様々だが、一人だけアッシュに留めた視線を離さない男がいた。


「ずっと観察してきたが、やっぱり変な女だな」


 アッシュはその男を一団のリーダー格と目していた。話しぶりや周囲との距離感からそれくらいは察しがつく。


「あなたの顔、何処かで見たような気がしてたけど思い出した。たしかサヒカウで会ってる」

「へえ、気づいたか。アホっぽいけど記憶力は良いのかもな」

「アホって言われたんですけど……」


 膨れるアッシュだが、その目は相手の観察を続けている。後ろ手に拘束されていて逃げられないが、少しでも状況を把握しておけば無駄にはならないはず。

 いずれカイが来てくれる。女神は何の根拠もなくそう思っていた。


「なら随分と付きまとってくれていたようだけど、何が目的なの? 自分で言うのもなんだけど私を攫ってもたいした価値は無いと思うけど?」

「俺にもよく分からん。ただの下請けだからな」

「えぇそうなの……」

「だが個人的な興味はあるな」


 その男――傭兵を率いるゼノアは椅子を持ち出し、アッシュの手前で腰掛けた。


「俺たちの依頼主はアンタに随分と期待しているらしい。アンタいったい何者だ?」

「……他人のことを聞く前に、あなたも自己紹介してみたらどう?」

「俺はゼノア、ただのしがない傭兵さ。報酬さえ払えば何でもするぜ、仕事の内容はご覧の通りさ」


 裏稼業の人間にしてはよく喋る。アッシュはこの男の心理状態に言いようのない不安を覚えた。

 常人が踏みとどまる一線を、躊躇なく大股で越えていきそうな男。それがアッシュのゼノアに抱いた印象だ。


「私は……アッシュ。名前はアッシュよ」

「名前というより呼び名、渾名みてえだな」

「色々と事情があるの」

「事情ねえ。それは地面に空いた大穴とも関係があるのか?」


 それはアッシュが地上に降りた時のクレーターのことだろう。そこまで調べてあるのかと、アッシュは徐々に不利になる情勢を恨んだ。


「ターミンでは災獣も出たが、どういうわけか退治されたらしいな。何か知ってるかい?」

「な、何も知りませぇん……」

「……依頼主が探してるような人材とは思えねえ。だが普通の人間でもない。仕事とは別に興味が湧くね」


 にじり寄るような問いかけに困り果てた時、急に廃屋の扉が開く。


「君がそんなことにまで関心を持つとはね」


 落ち着いた声。廃屋に入ってきたのはフードを深く被った男だ。純白の外套は清潔感を、フードから覗く表情からは知的な印象を受ける。


「どうしてアンタがここにいる、合流はまだ先の予定だったろう?」

「なに、早くお会いしたくて気が逸ったまでのこと」


 男はゼノアにはあまり関心を払わず、それよりもアッシュに向き直り熱心な視線を注ぐ。


「縄を解いて差し上げろ」

「……解いてやれ」


 男の指示で傭兵たちが動く様子から、この人物がゼノアたちの依頼主か、その関係であることはアッシュでも分かる。

 アッシュの身が自由になったのを確認すると、男はアッシュに対し跪き頭を垂れた。


「このような無礼を働いたこと、お許し頂きたい。私はメサイア教団の司祭、ロビンというもの。あなたを教団にお迎えしに参りました」


 その名乗りにアッシュは目をパチクリさせ、また厄介な話になりそうだと明後日の方角を見やる。

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