22話:絡みつくもの
◆あらすじ
猫とまた会った。
王都の城壁外を取り巻く難民キャンプ。その存在そのものが、苦難の旅を越えてきた新たな難民の希望を打ち砕くものだった。目に映る彼らの姿がそのまま、今後の自分たちの運命を示していると分かるからだ。
カイとアッシュ、ウルフたちが同行してきた難民たち。彼らの大移動は事前に把握されていたようで、王都の守備隊の方から接触してきた。
一瞬、何か救いの手が施されるのかという期待が湧く。だが何のことはない、王都の中に滞在はできないこと、壁の外に留まるのは許されること等が説明されただけだった。
本来なら城壁外にたむろすることも禁止したいのだろうが、現状手のつけようがないのが実情だ。
「では、我々はどうしたら良いのでしょうか?」
「ここに留まることまでは禁じないと言っている。聖堂の司祭たちが慈善活動をしているから、連中に相談してみろ」
無慈悲な言いようだったが王都の許容量はとうに超えている。聖職者や慈善活動家たちがたまに食料の配給を行なっているが、基本的には自給自足が求められる。
「カイ……」
覚悟していたことだが、アッシュは無念そうにカイを見る。
「……やれるだけのことはやった」
そこで難民たちとは別れるしかなかった。最後に助けになるよう、聖堂の治療師に傷病人の手当てをしてもらえるように連絡を頼む。
「猫はもうしばらく彼らとともにいるよ」
ウルフともお別れとなった。この巡礼者が難民たちに寄り添ってくれることがせめてもの慰めだった。
病気の子供を抱えた母親が立ち尽くしている。その姿に後ろ髪を引かれた。アッシュは暗い未練を残しながらも、カイとともに王都の城門へ向うしかなかった。
***
聖火隊であるカイはすんなりと城内に入れられ、同行者のアッシュも多少の確認事項だけで通された。城門をくぐると視界いっぱいに広がる建物群。人と声、雑踏。
「ようやく戻ってこれた……」
ほっとしたカイの声。その表情を見て、ここが彼のホーム、帰るべき場所なのだなとアッシュは納得した。
彼女の目に映る王都の町並みは、なるほど今まで見た町とはものが違う。建物は伝統を感じさせる様式のもとに建てられどれも古そうだ。規模から言えば前に訪れたサヒカウとも比較にならない。
城壁は町の内側にも二重、三重とそびえ立ち、区画を分けるとともに厚い防御を備えている。
中に入ることができなかった難民のことは今でも気にかかるが、それとは別にアッシュの目は王都の様子をつぶさに観察していた。
「それにしても……」
アッシュが想像していた都の様子とはいささか異なる。
とにかく人が多い。だが雑多でけして綺羅びやかとは言い難い。今いるのが市民たちの居住区なこともあるが、喧騒と悪臭がそこかしこに漂っていた。
大災厄の当初に難民や流れ者を多く受け入れた結果、街全体が変質するのを避けられなかったようだ。治安と衛生環境は昔に比べ悪化し、城壁内でも一部がスラム化しているとカイは話す。
道の端で物乞いをする貧民。路頭に迷う人。たまに窃盗犯が走るのも見かけた。総じて言えば幸福な町とは言い難い。
一際高い丘の上に宮殿が見えるが、あの中で暮らす人々はどんな日々を送っているのか。下層で暮らす人々との間には、文字通り天と地の差が横たわっている気がした。
「これでも他所に比べればマシなほうだ。貴族や商人には倹約と寄付が奨励されて、どうにか貧しい人たちに食料が回るようになっている」
カイはそう言うが、アッシュはどうしても救いを求めてしまう。だがそれをカイに話しても困らせてしまうだけなので、黙りこくってしまった。
「アッシュ、これから本格的に天界へ帰る話になるが」
具体的には、天界へ続く道があるはずの『天の塔』を目指すことになる。
「その前に、あそこへ入ろう」
カイが向かった先は下町の安い宿だった。
「カイの家に行ったら良いんじゃないの?」
「家……というか聖火隊の宿舎になるけど、準備がしたいから」
「ああ部屋を片付けるのね」
「そうじゃないが……」
扉をくぐり中に入る。今は日中のため人は多くないが、誰かのリュート演奏とともに歌声が流れてきた。
「そして男は~魚人の娘にぃ別れを~告げ~……」
これは『真珠の恋』とかいう恋の歌だったはずだが、カイはその手のことに詳しくない。ふと視線を送った先で、見覚えのある顔が女に挟まれリュートを演奏していた。
「おうカイじゃねえか、帰ってきたのか!」
その男、聖火隊のエドは目ざとく同僚を見つけ歩み寄ってきた。
(面倒な奴に見つかった……)
めぐり合わせの悪さに肩を落とすカイだが、話しにくい相手に見つかるよりはマシかと諦めた。
「大遅刻したなあカイ。けど生きてて良かったぜ」
「そいつはどうも」
「お前が死んでいないか皆で賭けてたんだぜ」
「それで、お前はどっちに賭けたんだ?」
「安い方さ」
二人の会話を物陰から観察するアッシュ。カイの知人というものが初めてで、何となく遠巻きにしている。
「しかしエド、何でお前がこんな所にいるんだ?」
「今日は非番だ、俺がどこにいてもいいだろう。ここは落ち着いた宿だし、女の子もカワイイからな」
言いながらエドは宿の女中に愛想よく手を振る。
「人気なようで結構なことだ」
「お前さんこそ。そちらのご婦人がお前の遅れた理由かな?」
カイとアッシュが同時に肩を震わす。
「エド……」
「さっきチラッと見えたが。俺の目は美人を見逃さないんでね」
隠しきれないと見てカイはアッシュを招き寄せた。するとエドだけでなく、周囲で野次馬のようにこちらを見ていた客たちまで一瞬目を奪われる。それほど女神の存在は、この地上にあってどこか浮世離れしていた。
「……こいつは驚いた」
「エド、話すと長くなるんだが……」
「お前さんも童貞を捨てたか」
カイの拳がエドの腹に突き刺さる。悶絶して膝をつくエドには目もくれず、カイは宿の主人と話して部屋を一つ借りると、アッシュを連れて部屋に押し込めた。
「いいか、俺は上の人間にアンタのことを話すが、協力が得られるとは限らない。話がつくまでここにいてくれ」
「う、うん。分かった」
「扉には鍵をかけておいて」
慎重過ぎる気もするが打てる手を打ち、ようやく聖火隊の聖堂へ向かう。
「どうも穏やかな様子じゃねえな。あの美女何者だ?」
後に付いてきたエドが探るように聞いてきた。女性にだらしがない男だが、見るべきところは見ていると言うべきか。
「事情が複雑で軽々しく話せることではない」
「ふぅん……。ところで手紙にあった、災獣が出たって話は本当か?」
「ああ、本当だ」
「マジかよ。俺も一度だけ見たことあるが、あんなもん誰がどうやって退治したんだ?」
「今は話せない」
カイの反応に訝しがるエドだが、それ以上は詮索せず代わりに肩を組んで来る。
「何にせよ、よく無事で帰ってきたな」
「お互いにな」
王都を出立してから一月以上経っているが、聖火隊の聖堂は以前と変わらず神秘的な佇まいでカイを迎え入れた。
「遅かったな」
上官のシャロンが待ち構えている。遅刻に対する怒りや落胆は見受けられないが、冷静で感情に乏しい。そういう所から取っつきにくいという隊員もいるが、カイにすれば信頼できる上官だった。
「カイの奴、旅先でやっちまったみたいですよ」
「お前の話はいい」
虫でも払うようにしっしと手を振るシャロン。そんなやり取りも日常が戻ったように感じてしまうカイだったが、今はそれより役目がある。
「期日に遅れてしまったことは申し訳ありません」
「よい。手紙も受け取った、なかなか危険な旅だったようだな」
「ハッ、そのことでお話したいことがあるのですが……」
「まあ落ち着け。帰ってきたばかりだ、少し休むが良い。話は場を改めて」
「いえ、できるなら今すぐ」
カイの語気に若干熱が入る。
「どうやら余程のことが起きていたようだな」
「……ええ。シャロン隊長と、できればグレン大隊長にも聞いていただきたいのです」
「分かった伝えよう」
シャロンが踵を返すと、エドが話の切れ目を感じて立ち去りかけた。だがカイがその襟首を掴む。
「待て、お前も同席してほしい」
「あぁん、俺まで聞く必要は無いだろう?」
「さっき見たものについて、誰にも漏らさないでもらいたいんだ」
「ふうん……」
こんな言い方では大げさに思われても仕方ない。だが二人はカイの抱える何かを察してくれたようで、すぐに話の段取りを付けてくれた。
***
人間やることが無いと思案の沼に足を取られてしまうものだが、それは女神であろうと変わりがなかった。アッシュは宿の部屋を行ったり来たりしながら様々なことに思いを巡らす。空を覆う雲。難民。魔物、災獣。カイのことなど。
カイが人々に対して、自分のことをどう説明してくれるか。受け入れられるか。天界に帰れるのか。考えても答えは出ない。
(せっかく長い旅して王都に来たのにね……)
そこに達成感はあまり無かった。本当ならこの街をカイとともに歩き、様々なものを見聞きしたかったし、カイの属する聖火隊がどのような組織かも興味があった。
だがここ数日は思考が堂々巡りを繰り返し、カイとも楽しい会話をした記憶がない。
(ホントに私ったらパッとしない……)
――コンコンッ
ドアをノックする音で我に返った。
「宿の者ですが、あなたにお客様がお見えですよ」
呼びかけを聞いてアッシュはすぐに立ち上がる。案外早くカイが戻ってきたかと思い、鍵を外してドアを開いた。
「……?」
ドアの向こうには壮年の男が立っていた。まず宿の従業員かと思ったがアッシュは違和感を覚える。
服装や身だしなみは普通の市民風だが、表情にやや険があり、瞳には不遜な輝きがあった。そして姿勢が良い。野生動物が獲物へすぐに飛びかかれる、そんな隙きの無さがあった。
直感的に危険を感じドアを閉めようとする。その途端に嫌な臭いがした。体がぐらりと崩れる。これはマズいと頭では思っても体が言うことを聞かない。
そのまま床に倒れそうになるが、部屋に入り込んできた男が体を抱え、音も立てずにドアを閉めた。
「ホレ、早く運んじまえ」
アッシュがいる部屋の窓は路地裏に面していて、そこでは商人風の男たちが待ち構えていた。
「髭剃ってスッキリしたなゼノア」
「ただの町民にしか見えねえや」
「お前らはもう少し変装を磨け。盗賊っ気が抜けてねえぞ」
彼らは傭兵。標的であるアッシュを薬で眠らせると、待機していた仲間が箱に詰め、馬車に積んで運び去る算段である。
(……ヤバイ)
アッシュは自身の置かれた状況を把握して焦っていた。本来ならばしばらく意識が戻らない薬なのだろうが、女神の抵抗力と回復力ですでに意識が戻っている。だが体に上手く力が入らない。脱出は不可能だった。
(またカイを困らせてしまう)
そこが特に気にかかった。カイが戻ってきた時に自分がいなくなっていたらどう思うか。勝手に出ていったと思い怒るか、心配するか、呆れるか。すでに相当呆れられているだろうが見放されるのは考えただけで辛くなる。
(……でもこの人たちは何だろう?)
気が動転するぐらいが真面目な反応なのだろう。だがアッシュとしては、自分を攫おうとする人間が存在することに率直な驚きがあった。呆気にとられたと言ってもいい。
抵抗はできないが、せめて何か手を打ってカイへの迷惑を減らしたい。考えたアッシュは箱に詰められる直前に、腰に挿してあったダガーへ指をかける。
上手く握れなかったが、どうにか鞘から引きずり出すと地面に転がすことができた。
(気づけー、気づけー)
そこで女神は木箱に閉じ込められ馬車の荷物として運ばれていく。行き先は何処か。目的は何か。皆目検討もつかないが、アッシュは瞳を閉じて時の流れを待つことにした。




