21話:難民たち
◆あらすじ
宝箱に木の棒が入っていた。
「この人たちは、もしかして難民か?」
カイは一行を取り巻く集団を振り返りつつ、猫のウルフに尋ねた。
「ああそうさ。あれから道中行き合って、とりあえず王都まで同行することにしている」
ウルフは人々に猫の癒しを提供するという巡礼目的からそんな行動に出たのだろう。事情を説明してもらい難民たちはようやく警戒を緩めてくれた。
「二人ともターミンの町から急に姿を消したから、ちょっと心配していたんだぞ」
「ありがとうウルフ。あなたも無事で良かったわ」
アッシュはウルフの顎の下をかいてやった。
だが旅は道連れ、と容易に運びそうではない。
カイたちが荷物を置いた場所に戻ってくると、馬と荷物が難民たちに軒並み抑えられていた。
「返す、返すよ」
「置いて何処かに行っちまったと思ったのさ」
そう言いながら返却してきたが、食料の一つ二つは抜き取られたかもしれない。
「アッシュ、荷物を取られないよう気をつけろ」
「う、うん。でもあの人たち困ってるんだよね?」
彼らは餓えて困窮している。村か町が何らかの理由で住めなくなったのだろう。
魔物か野盗か、あるいは災獣などの脅威か。はたまた作物が壊滅的な被害を受け村を捨ててきたか。
棲家を追われた彼らは王都を目指し、長く苦しい旅を越えてきたのだろう。それは問うまでもなくわかる。手癖は悪かったが生きるため必死なのだ。
「こちらも食料に余裕があるわけじゃあない」
「私は多少食べなくても大丈夫だよ?」
「ざっと二十人はいる。彼らに行き渡るだけの食料なんて無い」
食料だけではなく防寒具が足りない者もいる。母親が抱える幼い子どもは動きもせず、ぐったりして具合が悪そうだった。
「何かできることは……」
「なあアッシュ。俺は今、あんたを無事に王都へ連れていくことで精一杯なんだ。全ての難民を助けることなんてできない」
そう言われるとアッシュには返す言葉が無かった。
(我ながら情けない……)
カイは心底自分が情けなくなった。カイ自身も昔は難民になったことがある。その苦しさは身にしみて分かるが、彼らを救うだけの力は無い。
(祝福なんてもらっても、何もできない)
情けない想いはアッシュも同様だ。女神など名ばかりで、この地上にあっては無力だった。悔しさで今にも泣きそうになってしまう。
「……今夜は俺が見回りをする。王都まで彼らを護衛する。それが限界だ」
「……うん」
そうしてぎこちない同居が始まった。カイは各所で焚かれた焚き火に聖油や聖香を配って魔除けとし、また魔物の襲来に備えて周囲を警戒した。
アッシュはウルフとともに人々を訪ね、何か困ったことは無いか聞いて回る。
宮殿の崩れかけた外壁に身を寄せ合い寒さに耐える人々。僅かな食料を火で炙り口に運ぶが活力は無い。
「この子がずっと調子が悪くて……」
幼子の容態を心配する母親に、アッシュはカイから持たされていた薬を渡してあげた。薬と言っても病気を治すというよりは栄養剤であるが、効果はあるはずだ。
「やはり聖火隊がいると助かるな。猫も彼ら難民と旅をしてきたが、魔物を追い払うのも一苦労だった」
「ウルフも魔物と戦えるの?」
「ウルフはこう見えて猫拳法の使い手だぞ。今度教えようか?」
言いながらシュッシュと拳を突く真似をするウルフ。その邪気のない人柄は場を明るくする力があったが、それでも難民たちは疲れ果て、空元気も出せない様子だった。
「……王都まで行けば何とかなるんだよね?」
「む……」
アッシュの問いにウルフは即答しなかったが、それ自体が答えとなってアッシュの心を暗くした。
世界中で難民が発生していることはすでに知っている。そしてその受入に限度があることも、溢れた難民がカルト団体に流れていることも聞いた。
それでも彼らの苦しい旅に救いがあって欲しい。そう思い、願わずにはいられないのだ。
(私がもっとちゃんとした女神だったら、こんなに皆を苦しませることもなかったのに……)
地上に降りてから何度も思ったことだ。苦しむ人々や災厄の跡を見る度に女神の胸はざわつき、鷲掴みにされるような痛みが走る。
「悩んだ顔をしているな」
ウルフの猫じみた目がアッシュを覗き込んでいた。
「うん、私ったらこの旅で悩んでばっかり」
「今の世の中、誰だってそうさ。猫だってそう。なら一人で背負わず誰かと共有すればいい」
「共有する……かぁ」
だが女神の悩みは誰がともに背負ってくれるというのか。
カイにはあれこれと世話を焼いてもらい、感謝してもしきれない。だが一人の青年に女神の悩み、多くの人々を救いたいという願いを背負わせるのは限度があるだろう。
「ウルフの悩みは誰と共有しているの?」
「ああ、多くの人とともに悩んでいるとも」
悩んだ挙げ句に水を向けてみると、ウルフは何故か楽しそうに答える。
「ウルフは他のニャーマンの巡礼者たちと悩みを背負っている。みんな世の人々のためになりたいと旅をしている仲間たちだ」
「ああそっか、他にもたくさん仲間たちがいるんだね」
「それにアッシュも仲間だ」
「私も?」
「そうだとも。アッシュも目の前の人達を救おうと懸命になってくれている。短い付き合いだが猫は知っている」
なるほどウルフは人を勇気づける能力がある。アッシュは感心しながら胸が熱くなった。このあっけらかんとした猫ならば、行く先々で人々に元気を分け与えてきたことだろう。
(私も強くなりたいな……)
ウルフのようにたくましくなりたい。カイのように力強くなりたい。そしてなにより優しくなりたい。
こういう時、人間ならば神に祈るのだろう。ならば女神は誰に祈れば良いのか。
「あの……お姉さん」
アッシュに声をかけたのは、さきほど薬をあげた母親だった。手には粗末だがカップを持ち、満たされたスープが温かな湯気を上げている。
「たいしたものではありませんが……」
「これ……私に?」
「ほんのお礼です」
難民たちのなけなしの食料から持ってきたであろうスープだ。受け取ると手にじわりと熱が伝わってくる。
「もらったら良い」
「……うん」
また目に涙が滲んだ。地上に降りてからそんなことが多い。
心がくしゃくしゃになってスープの味もわからなくなった。だが体の奥底から温かくなるのが分かった。
二人ははしばらく周囲の様子を見て回った後、余も更けた頃に眠った。
今日感じたことを言葉で表現するのは難しい。だがカイの手が空いたら話してみよう。そんなことを思いながら女神は夢に引き込まれていった。
***
勇者の町、その廃墟群を臨む小高い丘の上。茂みに身を隠しながら様子をうかがう男がいた。
黒い衣に身を包んで闇に溶け、両の目だけが獣のような光を帯びている。
男はしばらく身じろぎ一つしなかったが、やがて立ち上がり明後日の方向へ走り出した。
「今夜はあの廃墟で過ごすようだ。あの二人の姿も確認した」
丘を二つ三つ越えた窪地に野営地がある。駆け込んだ男の他に二人、火に当たりながら交代であの廃墟を見張っていた。
「ようゼノア、交代まで眠っていたらどうだ?」
問われた相手、ゼノアと呼ばれた男は考え事をしていて返事をしない。掌に乗せた水晶の球を転がしたまま上の空だ。
三人とも旅慣れた様子という以上に、訓練された戦士の趣がある。服装は夜に目立ちにくい黒尽くめで統一し、スキのない動きをする。寒空の下、長時間の活動にも眉一つ動かさない強靭さがあった。
「上からのお達しを待っているのか?」
ゼノアが視線を上げたのは、それが的を得た問いだったからだ。
「正直俺たちには分からねえ。あんな二人組みを見張り続けて何になるのか」
彼らは歴戦の傭兵で、普段であれば黙って実直に役目を果たす。だが目的もわからない追尾任務に焦れてきているようだった。
無理もないとゼノアは思う。ターミンの町で噂を聞きつけ、探した挙げ句にサヒカウの町で見つけた標的。アッシュと呼ばれるよく分からない女と聖火隊のレンジャー。女の方とは客を装って近くで観ることもした。
二人のことを雇い主に伝えると、観察を続け逐次報告するように返事が来た。そのためサヒカウで、その後の道中で、そして今は勇者の町まで遠巻きに観察し続けてきた。
妙なところはいくつかあるが、これが雇い主の探している人物なのかと疑問に思う。
不意に、ゼノアの持つ水晶球が薄い光を浮かべた。三人の傭兵たちは緩みかけていた空気を改め、その球に意識を向ける。
『……聞こえるか?』
「ああ、聞こえているぜ」
その水晶球は遠くの相手と言葉をかわす魔道具だった。
『貴公らの報告を幹部たちとも精査していた』
「本題に入る前に、何か一言かけてくれてもいいんじゃねえのか?」
『労いの言葉でも欲しかったかね?』
「寒さを吹き飛ばすジョークでも言ってくれよ」
『……』
「ただの冗談だ」
冷たい沈黙の後、通信の相手はようやくと言いたげに本題に戻る。
『例の女、やはり我らの望む人物であろうとの結論に達した』
「あの女がねえ……。そこまでの存在には見えねえが」
『貴公は疑問を挟まなくて良い。後は手はず通りに』
「あいよ」
それで会話はプツリと途絶え、水晶球は音も光も発せぬただの球に戻った。
「やるのか?」
「あの難民どもに囲まれてちゃ紛れが起こりかねん。手下どもと合流して念入りにやるさ」
「だがあいつら王都を目指しているみたいだ。あそこに入られたらやりづらくなる」
「なに、心配いらんさ」
ゼノアが口角を釣り上げると暗い笑みが顔に広がった。
***
カイとアッシュは夜が明けてから再び王都を目指す道を歩んだ。
だがここからは難民たちに付き添った旅となり、その速度は牛の歩みのように遅かった。
「あと少しだ、頑張って」
カイは彼らを護衛するため馬で駆け、行列の先頭から後続まで忙しなく往復する。難民たちにとってこの壮健な若者はありがたい存在となった。だが当人は励ましの言葉しかかけられない己を呪っている。
(言うまでもなく頑張っている、必死だ。そして頑張った先に何が待つかだが……)
「王都に着けば……」
誰かが呟いたがそれは想定でなく、期待でもない。願望だ。
彼らが王都に辿り着いても城内には入れてもらえないだろう。すでに王都は受け入れの限界だ。多少の食料は支給されるかもしれないが、住居などは保証されない。結果として城壁の外縁に広がる難民キャンプが拡張して終わることになる。
(力が無い……)
カイの神経はただでさえすり減っている。アッシュを無事に王都に迎えるため長い旅をしてきた。その上多くの難民たちの先行きまで差配する余裕は無い。
(王都に着けば……)
カイもそんなことを考えてしまう。王都に着けば聖火隊の本隊と合流でき、ようやく信頼できる相手に女神のことを相談できる。
だがその先の展望は未だ見通せない。
アッシュは勇者の町以来、カイと落ち着いて話せないままここまで来てしまった。カイの方は忙しく、またアッシュの側でも難民たちにできる限り面倒見ているうちに数日過ぎた。ウルフも手を貸してくれているが、途中で行き倒れてしまった者には何もできず、悔しさに唇を噛んだ。
特に幼子を連れた母親が気がかりだった。相変わらず子どもの方は元気がないので、王都に着いたら医者に診せてあげたいが、それも可能かどうか。
「おい、もしかしてあれが……」
難民の一人が遠くを示した。霞のかかった地平の向こうに非自然的な影が浮かんでいる。近づくほどに影は濃くなり、それは人々の目に確かな姿を現した。
「あれが王都ポロニア……」
感慨深く呟くアッシュの目に映るのは、歴史を感じさせる長大な城壁。巨大な尖塔。そしてその足下に広がる難民キャンプのテントやバラック群。風に乗って流れてくる雑多な音と臭い。
それら全てひっくるめ、これが王都なのだ。




