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20話:勇者の残骸

◆あらすじ

カイとアッシュは勇者がかつて築いた町へ家探しに行く

 かつてそこに栄華があった。かつてそこに熱情があった。


 『勇者の町』は今や人の影はなく、その残骸が静かに佇むだけである。

 建設途中で放棄された城壁は、規模こそ大きいがボロボロに崩れ、ところどころ植物に侵食されている。

 街路もデコボコで草が生え放題。建物も使われなくなって久しい。それどころか資材を持ち去られた形跡まである。


 そうして欠落した箇所に砂塵や降り掛かった灰が積る様は、サヒカウの旧市街よりも寂れた様子だった。


「ま、盗賊が根城にしていることも想定していたから。それよりはマシだな」


 まだ日中だが風が寒い。廃墟の様と合わせて心まで冷えてしまいそうだ。


「ここに多くの人が集まって、魔王討伐を目指していたんだよね……」

「ああ……そう聞いている」


 かつて勇者が本拠地として人と物をかき集め、この町ができた。そして勇者の消失とともに廃れた。


「一番大きな建物なんて宮殿でも造ろうとしたみたいね」

「実際そうだったのかもな」


 噂によると勇者は、魔王を討った暁にはカイドゥ王家の姫と結婚する予定だったという。勇者はこの地に自分の王国を作るつもりだったのではないか。そんな話が信憑性を帯びて語られてきた。


「私が能力を授けた勇者、正直に言うと普通じゃなかった。心の読めないというか、底が知れないというのかな……」

「……まあ世界を救うほどの男が普通なはずもないが」

「そうだけど、あれは何か違う。黒い何かが心の底に巣食っているようで、少し怖かったのを覚えてる」


 アッシュの勇者評にカイはいささか戸惑う。問題はあったが世界を救おうとした男。そんな評価に留まらない何かを彼女は感じていたというのか。


「……もうじき日も暮れてくる。今夜はここで寝る場所を探そう」




 廃墟を歩きながら家屋などを調べる。建物は木材という木材が剥ぎ取られ、そこかしこに焚き火や野営の跡が残っている。

 鍛冶場や工房の跡もあったが、薪を置いてあったであろう場所にはただ砂塵が山をなすだけだった。

 ここに世界でも有数の職人が集められ、勇者たちのために武器や道具を作っていたというのが嘘のようだ。


「使えそうな木材なかなか見つからないね……」

「旅人や難民の団体がここで寝泊まりしたんだろう。それと野盗なんかも」


 そうして便利そうな場所を探すうちに、嫌でも目立つ宮殿跡までやって来た。

 人気無く生活の跡も草木に隠れた宮殿の廃墟。荘厳だが諸行無常な寂しさが二人を迎えた。


「造りだけは立派だ」

「雨風は凌げそうね」


 馬も連れ込み適当な場所で荷物を下ろす。するとアッシュがウキウキ顔で散策を始めてしまった。


「随分と楽しそうだな?」

「だってさ、こういうところには何かありそうじゃない」

「何かって?」

「ほらぁ、隠された宝箱とか!」

「あぁハイ」


 そうだろうかとカイは思った。すでに長い月日を経て多くの人が行き交い、盗掘などもされたであろうこの地だ。そもそも住民の引き上げ時に価値のあるものは持っていったのではないか。


 だが分かれて行動するのも不安であるし、薪材を探すついでにアッシュに付き合って周囲を散策した。


 厨房には無論食べ物など無く、蜘蛛の巣やネズミが見られるだけ。居室には動かすのが面倒そうな家具が残されていたが、それ以外は粗方持ち去られた様子だ。


「……魔物が巣食っていないだけ救いかな」


 王都や都市部に近い分、周囲に住む魔物は少ない。かと言って、この地を町として復興させようとする者もいないようだ。


「う~~~ん何もない……」


 アテが外れたと言いたげなアッシュだったが、とある場所に行き着いたところで目を輝かせた。


 それは勇者の町の倉庫群。国庫金庫、穀物倉、資材倉庫。つまり勇者が各地よりかき集めた富の集積所だった。


「これはある、きっと何か残ってるに違いない! グヘヘヘヘ!」

「女神とはいったい……」


 そんな期待を膨らませて突撃したアッシュだったが、どの倉も開け放たれ、というかドアなどは持ち去られている様子からお察しであった。

 中には麦の一粒も残っておらず、使いみちの無いゴミだけが転がっていた。


 金庫に関して言えば、物はあった。だがドアも無い入り口から金貨銀貨が溢れている様を見て期待は打ち砕かれる。


「無限増殖した金銀は誰も持っていかなかったのかな……」

「それか、持てるだけ持ってもこれだけ余ったのかも」

「せめて銀に魔物特攻の効果でも設定しておけば、もっと使われてたのかなあ」

「設定……?」


 最後に残った宝物庫には点々と箱が放置されていた。やはり多くは持ち去られた後で、残っているのは空箱ばかりである。


「一つくらい何か入ってないかな……」

「全部開けて確認するのか?」

「仕方ない、女神スキルを使うわ」

「また何かやるのか」


 女神であるアッシュには「女神アイ」のような特殊スキルがいくつもある。そのうち一つがこの「女神センサー」である。


「この技で中身が残ってる箱を探り当てるわ!」

「おおっ!?」


 アッシュの体がわずかに光って見える。集中しすぎて目をひん剥いているのは恐ろしいが、ただならぬオーラがカイにも感じられた。


「……! そこの隅の箱に何か入ってる!」

「これか!」


 倉の隅に残された箱を明るい場所に運ぶ。その際に中から物音がするので、二人はわずかな期待とともに蓋を開けてみる。


 ――木の棒。


「……」

「……」

「カイ、あげる」

「燃やすのに丁度いいな」


 


 日が落ちるまで歩いたが、いくつかの木クズと棒が手に入っただけで成果は皆無だった。


「まあこんなもんだよ」

「ぐぅ~~悔しい。地上に降りて初めてのダンジョン探索なのに……。てゆーか宝箱に木の棒だけ入れておくとか嫌がらせ?」


 その宝箱もカイが潰して木材に加工してしまった。


「一晩過ごすには十分だろう」

「まだよ、まだ諦めない。こうなったら……」


 アッシュが呼吸を整えて身構える。目が本気だ。


「スーパー女神センサー!」


 女神の力――カイの祝福の分だけ低下しているが、持てる限りの力で感覚を研ぎ澄まし、周囲の物体を探った。


「~~~~~~~~~!」

「なんか出た?」

「……ある。下の方、地下かな?」


 荒い息をしながらアッシュは感知した方位を示した。石畳の地面より更に下、地下室だろうか。


 ランタンに火を灯しながら地下への道を探した。少し時間はかかったが、方位さえ絞れば見つけることは不可能ではなかった。


「まさか、手つかずの地下室があるとはな」

「や、やったぜ、お宝ゲットだぜ」

「まだ宝とは限らないけど」


 そこは物置のような部屋で、ホコリと蜘蛛の巣まみれの雑貨類が安置されていた。


「家具に食器……安物ではないが、使わなくて仕舞っておいたという物じゃないかな」

「うーんそっかー……って宝箱」


 もう何度目にしたか分からない木箱。わずかに期待は残るが、尽く裏切られてきたためさすがにテンションは上がらない。


「開けてみるね」

「うん」


 御開帳。布で包まれた板状の物体が姿を現す。


「肖像画……?」


 身分の高そうな女性の肖像画。美術品というよりは単純に個人を描いたものに見える。


「どこかのお姫様?」

「……そうだな。もしかすると、勇者が結婚する予定だった女性の肖像かもしれない」


 相手はカイドゥ王国の先代王の妹の一人だったと聞いている。現国王の叔母にあたる人だ。今は他国へ嫁いでしまっているはず。

 肖像画だが、豊かな金髪や表情の端々に王家の面影が感じられる。もっともカイがよく知る王家の人間とは、聖火隊に加わっているナンパな男になるのだが。


 ……この肖像が何故こんな地下室に放置されていたのか理由は分からない。誰かが隠したのか。元々ここに放って置かれていたのか。大事に仕舞っておいたのか……。


「分かりはしないが……」

「これはこのままにしておこうか……」


 画を戻し箱を閉じる。その地下室は見なかったことにし、全て眠らせておくこととした。




「探検もこれで仕舞いかしら」

「満足したか?」

「ん、まあぼちぼち」


 諦めが付いたのかアッシュの口調に悔しさは感じられない。勇者の事績も辿れるだけ辿り気は収まったろうか。


 地下から階段で上がると地上もやはり闇に包まれている。転倒しないようアッシュに袖を引かれながら歩くカイだが、その足が急に止まる。


「どしたの?」

「シッ――」


 人の気配。それも複数だ。

 過去に多くの旅人がこの地を通過したであろうことは分かっていた。だが実際に遭遇する確率を甘く見積もっていた。


「そこに誰かいるのか?」


 カイとアッシュの存在に気づいている。

 瓦礫の向こう側に神経を集中するカイ。身動ぎする気配。衣擦れの音。松明の灯りの具合などから五、六人の集団と推測。


「カイ」

「アッシュは身を隠していろ」


 物陰から覗いても、この集団には統率や統一感が見られなかった。武器といえば手に棒を持っているくらいか。身なりも良いとは言えず、ボロをまとった者までいる。


(盗賊にしても頼りない。恐らく……)


 カイは勢いよく身を乗り出し、瓦礫の上まで駆け上がる。


「俺は聖火隊のレンジャーだ。敵ではない、武器を下ろしてくれ」


 機先を制する呼びかけに、相手の集団は目に見えて警戒した様子だ。だが敵意と言うよりは戸惑いが強く、戦える集団には到底見えない。


(やはり難民か……)


 ランタンの火に聖句を呟き、青白い聖火を燃やす。


「これを見ろ。青い炎を灯せるのは聖火隊の者だけだ」

「……おい、どうする?」

「どうったって……」


 反応が鈍い。集団を統率する者がいないのだろうが、何か引っかかるものを覚える。


「アンタもしかして、ターミンにいた聖火隊じゃないか?」


 奥の方から聞き覚えのある声。暗がりから人をかき分け現れたのは猫の獣人。


「お前……猫のウルフか!」

「やっぱりアンタか、無事だったんだなサイゾウ」

「カイだ」


 ようやく話がしやすそうな相手を見つけ、カイは高台から駆け降りる。


「こんなところで再会するとはな。マッシュルもいるのか?」

「アッシュな。ちゃんといるぞ」


 ウルフはニャーマン族の巡礼者で世界各地を旅して回っている。カイとアッシュが東部のターミンで一悶着あった時、偶然知り合った旅仲間のようなものだ。


 ひとまずの安全は確保できたと見て、カイはアッシュも呼び出す。だがこの思いがけない遭遇にカイは一抹の不安を拭えないでいた……。

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