19話:王都
◆あらすじ
魔犬は森へ帰り旅は続く。
カイドゥ王国は国土の中央に山地が縦断し、それを境に風土が東西に分かれる傾向がある。
王都のある西部は早くから開発が進み、町も人口も多い。東部は歴史的に開発が遅れがちではあるが、広大な沃野を開拓し多くの物産を生み出してきた。
大災厄に見舞われた際にはカイドゥ王家が緊縮財政を敷き、国民の救済に尽力したこともあって、国の屋台骨はどうにか保たれた。
他国では困窮した民が暴動を起こして崩壊した例もある。それを思えばカイドゥ王国の舵取りはマシと言えた。
海に近い平野部に広大な城塞都市が広がる。歴史ある王都ポロニアの城壁は重厚長大。この冬の時代にあっても多くの人々を修め、ささやかな平穏を保ってきた。
一方で城外では各地からの難民が集まり、バラックのスラムを形成している。
そんな難民窟の雑多な通りを往く騎馬がある。馬上では若い男が聖火隊のマントを翻していた。
さらりとした金髪に整った顔立ちは見るからにエリートだろう。長旅が伺える砂塵にまみれた姿だが、それでもなお貴公子然とした輝きを保っていた。
「またテントが増えたかな」
大災厄以降、世界中で村や町が潰れ多くの人々が難民となり、その多くが都市部を目指した。
そこに行けば何かの助けがあるはず。無くともここよりはマシだ。そう念じつつ遠路を歩き、あるいは行き倒れながら王都にたどり着く。
ポロニアでは当初難民を受け入れて保護していたが、城壁内に受け入れられる人数はすぐに限度を超えた。大半の難民は城外で過酷な生活を余儀なくされ、餓えや寒さで命を落とすものが続出した。
一時の混乱期を乗り越え気候も少しは落ち着いたが、テント村はいつしかスラム街となり王都の範囲を勝手に外へ外へと広げている。
「兄上も気苦労が絶えまいな」
視線の先で遊ぶ子どもたちはここで生まれ育った子かもしれない。痩せて薄汚れて、そして無邪気だった。
「あんちゃん何か食べ物ちょうだいよ!」
物怖じせずそんなことを言う子どもたち。男は荷物を探ろうかと思ったが、ひとかけらの食料しか無いのを思い出して中止したそんな雀の涙では却って奪い合いになる可能性がある。
爽やかな愛想笑いだけ振りまいて行き過ぎたが、その背中にケチなどと野次が飛ぶ。この程度のことは慣れたもので構わず通り過ぎていった。
不意に、大きな影が難民窟の上を横切る。男は頭上を見上げ、その秀麗な眉をしかめた。
魔鳥ヘルコンドルだ。大鷲など遥かに上回る猛禽が地上を睥睨している。
無防備なバラックやテントなど彼らにとっては障壁になり得ない。無慈悲な双眸は地上を狩りやすい獲物が這っているとしか見ていなかった。
魔鳥が急降下し、その強靭な足で子どもを捕まえた。ヘルコンドルは仔牛や鹿も捕まえると言われるハンターである。
各所で悲鳴が上がるも何もできない。たちまち子どもは空へ連れ去られた。
衛兵などはいない。城壁上にはいるが難民窟は放置されているのが現状だ。
男は魔鳥を追って馬を走らせた。弓を構えるとすぐに矢をつがえ、引き絞る。
上空高く逃げられれば矢は届かない。周囲の空間を把握しつつ息を吸い込んだ。
――放つ。矢は光のように空を裂き、標的を貫いた。
魔鳥が落ちる。同時に子どもも落ちたが、真下に一際大きなテントが張られていて、その布地が荒いが子どもを包み込んだ。
子どもは打ち身擦り傷はあるが生命に別状は無い。
周囲の難民たちはしばし呆然としていたが、すぐに喝采が上がった。
「すごいぜアンタ!」
「あの魔鳥を一撃だぜ!?」
全て男の狙い通りだった。テントの位置把握もそうだが、矢は魔鳥の頭部を貫き一矢で絶命させていた。
「どうやったらこんな芸当ができるんだ?」
「なあに、天才だからな」
男は白い歯を見せて笑った。その余りの自信ぶりに周囲の人々は少し面食らった。
一方で魔鳥の死体にはすぐに人が集り、その肉を解体し始めていた。今夜は鳥料理だろう。
「助けていただきありがとうございました!」
「ありがとー!」
子どもと母親が涙を浮かべつつ礼を言った。加えてなけなしの財から謝礼を払おうと申し出てきたが、男は丁重に断る。
「ご婦人よ、涙を拭いてください。キレイな笑顔を見せてくれれば、それが一番の報酬になります」
そのキザな発言に周囲の人々は割と面食らったが、母親は精一杯の笑顔で男に報いた。
***
「聖火隊きっての貴公子エドウィン、北部巡察任務より帰還しました」
「遅い」
そこは聖火隊が居を置く聖火聖堂。カイドゥ王国における聖火隊の司令部だ。
「期日には間に合ったでしょうに」
「ギリギリだろうが」
「ヘイヘイ、申し訳ありませんでした小隊長閣下」
金髪のレンジャー、エドウィンはわざとらしく頭を下げかしこまる。
対するのは長い黒髪の女性隊員、シャロン。聖火隊で一個小隊を率いる女隊士だ。
整った容姿だがキツめの印象があり、片目を覆った眼帯と刺すような声、妥協のない態度から鬼の小隊長などと呼ばれている。
「どうせまた遊び歩いていたのだろう」
「いやぁ、行く先々で歓迎を受けましてね」
「主に女性からか」
「おや、よくご存知で」
「馬鹿め」
吐き捨てるようなシャロンの態度だが、このようなやり取りは慣れたものである。
「それで、我が隊は俺が最後ですかね」
「いや、二人戻っていない者がいる」
「へえ、俺より真面目な奴は誰ですか?」
「ビリーが殺されたと報告があった」
同じ隊の仲間である。彼らレンジャーは定期的に各地へ巡察に出て、土地の情勢や魔物の動きを報告する役目を負っている。
当然、魔物やその他様々な危険に脅かされることが少なくなく、死者が出ることも珍しくはない。
「あのお調子者、賭けの負け分を残して逝きやがって……。誰にやられたんです?」
「一般市民だ。旅先で酒に酔って、女性に夜這いをしようとしたところ亭主に殴られた。当たりどころが悪くてそのまま死んだらしい」
「うん、死んで良かった」
「お前も気をつけろよ」
この件に関して師団長と大隊長は謝罪文を書いて送るハメになった。隊員の練度と規律を保つことは常に課題となっている。
「もう一人の遅刻は誰です?」
「カイだ」
「へぇ……」
エドウィンは意外そうな反応を示した。その気持は上官であるシャロンにもわかる。
「あの真面目一徹が期日に遅れるとは、十中八九何かのトラブルですかねえ」
「あいつはお前と違ってしっかり者だから、手紙を送って状況を知らせてくれた」
だが問題は手紙の内容である。
『ターミン付近で“災獣”に遭遇。災獣は撃退され町に小規模な被害。遅れます』
「忙しい時の伝言かよ」
「災獣の報告は確かに複数もたらされている。だが撃退された状況がわからない」
「さて、勝手に自滅したのか、それとも勇者が復活して倒してくれたのか」
「勇者に関する報告は何も入っていないな」
勇者の復活とは、けして根拠の無い冗談ではない。何年も前から巷で噂されていることだ。
勇者と魔王はともに消息不明だが、その死を確認した者は誰もいない。
そのため両者がどこかで生きている、あるいは復活するといった噂が絶えない。
そこに何処かの高名な魔術師が両者の復活などと予言を始めたため、真に受けるものが増えてしまった。
魔術師の予言は国家レベルの未来予測に影響を与えることもある。それ以降、大真面目に捜索するものも現れ、聖火隊でも程度の情報収集を継続してきた。
特に熱心なのは新興カルトのメサイア教やケイオス教だ。彼らの待望する救世主や破壊の王などを勇者、あるいは魔王と同一視する声がある。
「希望にすがるしか無い時代だからな」
それから巡察中に見聞きしたことなど話した。北部では天の塔を中心にメサイア教団が日々勢力を増しており、現地の領主との衝突も起きている。社会不安は増大する一方だった。
そのうち聖堂の奥から見慣れた顔が歩いてくるのが見えた。
一方は聖火隊のカイドゥ王国における責任者、マーカス師団長。そしてもう一人はシャロンらの小隊をまとめるグレン大隊長だった。
「よう、お前たちか」
「大隊長、それに師団長閣下まで」
シャロンとエドウィンが敬礼する。師団長たちは急ぎ気味に答礼し、どこかへ向かう様子だ。
「どちらへ向かわれますか?」
「うむ、急に国王陛下の下での会議に呼ばれてな」
グレンは大隊長の一人だが、急遽都合がつく人員の中から随員として同行することになった。
「お前たちも護衛として同席してみるか? 滅多に無い機会だぞ」
***
「エドウィン様も来られましたか」
宮殿の一室には国王に召集された大臣、将帥、宮廷魔術師。そして聖火隊の面々が揃っていた。
カイドゥ王国の要人たちは皆エドウィンには丁寧に挨拶していく。
「私は今や一介の聖火隊士です。他の方と同じに扱っていただきたい」
「ですがエドウィン様、我らにとっては今でも王子は王室の一員です」
エドウィン・アークライト。カイドゥ国王の第五王子の名である。
「ささ、陛下がお見えです」
室内の者たちが注目する先をエドウィンも見た。兄たる国王アラン四世は少しやつれた顔をしつつも、堂々たる威厳を持って皆の前に立った。
(また痩せたな……)
現国王は大災厄から復興もままならぬ中で王位を継ぎ、様々な課題や軋轢に晒されながら国を統治してきた。
「皆に集まってもらったのは重要な議題を共有してもらうためだ。先日、余のもとに珍しい客人が訪れたので引き合わせよう」
国王が合図すると、部屋に見慣れない風体のものが案内されてきた。
(小さい……女? この格好はまるで……)
魔女のようだと誰もが思った。小柄な身体に不似合いな大きさの三角帽。漆黒のローブ。そして容姿はまだあどけなさの残る少女と来ている。
「使者殿よ、皆にも用件を話してくれ」
「はぁ」
やる気の無さそうな返事をしたその少女はスタスタと進み出て、何やらゴソゴソと物を取り出す。
「師匠よりお話があります」
「名前名前」
「師匠の名はテラといいます」
「いやまず君の名前を……」
「……リタです」
リタは円盤状の物体を卓上に置き手をかざす。すると円盤から淡い光が生じた。
「魔法? 幻術か?」
やがて光の中で何かの形が明確に浮かび上がる。
それは奇怪な覆面で顔を隠した、これまた魔術師風の人物であった。怪しい。
『私の声が聞こえているかな?』
「投影魔術?」
『そんなところだ』
「返事をした!?」
皆が驚くのも無理はない。これは音と映像を組み合わせた通信系魔術であり、高度な技術を要するものだからだ。
この時代、諸事情から魔術師の数は少ない。技術も停滞衰退の傾向にあり、今詰めている宮廷魔術師でも扱えるとすれば、声のみ、あるいは映像のみといったところだろう。
「テラと言ったか……まさか“星の賢者テラ”であらせられるか?」
『そのような呼び方をされることもある』
「おお、噂の賢者がついに我が国にも」
近年、各国で噂になっていた正体不明の賢者がいる。
年齢性別人種国籍一切不明。今回のように使者を介してのみ人前に現れる謎の賢者。その知識は海のごとく深く、魔術理論は神秘そのもの……などと囁かれている。
『私が諸君らに接触したのは、このカイドゥ王国に異変を察知したからだ』
「異変ですと?」
『日頃から私は世界中の動きを観測している。だが先日、この国に異常なまでの高エネルギー反応を感知した』
「はぁ……それはつまり、どういう?」
雲をつかむような、と言いたげな大臣たち。
『わかりにくい表現であることは承知している。だが私にも初めての事例で、この地に何が起きたのか未だ掴めていない』
「具体的にどれほどの力が観測されたというのです? 誰かが強力な魔法を使った痕跡とか?」
『そうだな。例えるなら………………』
深い沈黙の後、賢者テラの紡いだ言葉に一同は真顔になる。
『魔王が出現したかのような……』
「…………」
背筋に氷魔法を当てられたような悪寒。群臣たちは助けを求めるように国王の顔色を伺った。
「……国内で何か変事が起きたという報告は?」
国王の問いに大臣たちが答えるも、小さな出来事ばかりだ。将軍の中には賢者の言葉に懐疑的なものもいた。
「そもそもこの魔術師の言葉がデマカセという可能性は?」
「信じられないというのなら帰りましょうか、師匠」
賢者の弟子リタの発言に慌てるもの、帰れば良いと突き放すものが出て議場は一時騒然とした。
「発言してよろしいでしょうか?」
騒ぎに割り込むようにしてシャロンが手を上げた。師団長のマーカスが国王に視線を送り許可を求める。
「言ってみよ」
「はっ。先日、東部のターミンで災獣が出現したと報告がありました」
「そのことは耳に入っておる。珍しいことだが、すでに撃退したそうだな」
災獣の出現は頻度こそ少ないが、有り得ないことではない。よってこの場にいる者の反応は大きくない。
「はい、おっしゃるとおりです。気になるのは、ターミンには災獣に抗し得るほどの戦力が無いことです」
「災獣が自壊しただけのことでは?」
「いえ。私の部下が現場にいましたが、報告の手紙に“撃退”されたと書いていました」
『……そこで何かが起きたと言いたいのだな』
賢者も興味を示し、ようやく話がまとまった。
まず災獣が消滅した原因を再調査するため人を送る。また各地に問い合わせて異変の有無を調査させるよう指示が出た。
会議が終わり皆退出する中、王と聖火隊、そして賢者と弟子が残った。
「賢者殿、助言を頂いたばかりで恐縮だが、このリタ殿をしばらく借り受けたい」
『元よりそのつもり。我が弟子には皆様との橋渡しを務めさせます』
「……まあ構いませんけど」
リタは聖火隊の聖堂に滞在することとなった。宮廷に迎えれば何かと近寄ろうとする輩が出かねない。
その点、聖火隊は世界各地に部隊を駐留させる中立機関であるため都合が良かった。
「私はエドウィンと申します。お嬢さん、聖堂へご案内いたしましょう」
「リタとやら、この男には気をつけろ」
リタはシャロンに伴われて部屋を出た。エドウィンが帰りがけ、兄たる王に向き直る。
「兄上、もう少し体を厭ってくださいよ」
「そうしたいところだがな。問題は山積みだ」
体調が優れない様子の兄に別れを告げ退出する。
***
同じ頃、王都ポロニアを目指す途上のカイとアッシュ。西部に来てからは旅も順調である。
王都に近づくにつれ人の姿も増え、治安が安定しているのを感じられる。
「この調子なら王都も近いのかな。どんなところだろ~」
呑気に言うアッシュは旅を楽しんでいるようだった。近ごろは野宿にも慣れて手際良くなったものだ。
「楽しみにするのも良いが、天界に戻る算段を考えないとな」
「帰る……? ああ、そうだった!」
「忘れてるんじゃないぞ」
二人で馬を進めていると街道の分岐点が見えてくる。
「王都はこっちの道だ」
「もう片方はどんな場所に行けるの?」
「ん……それは」
カイが言い淀んだのはアッシュに説明するのがためらわれたからだ。
「かつて町だったところがある」
「ああ、滅んじゃった町なの……」
「滅んだと言うか廃れたかな。町の名前は……」
『勇者の町』。それはかつて勇者が冒険の本拠地として建設した、勇者の、勇者による、勇者のための町。
魔王討伐の大義の下、強権的に人と物を集め建設されたその町は、日の出の勢いで栄え勇者の消失とともに衰亡した。
「あの勇者がそんなものを……」
アッシュの顔が引きつっている。
「その町は今は誰もいないの?」
「廃墟になっているはずだけど、気になるのか?」
「ん~ちょっとね。女神としてあの勇者がやったこと、見ておいたほうがいいかなと」
寄り道になるが大した距離ではない。少しぐらいはいいかとカイも頷いた。
(……それに、気になることもある)
ここ数日、誰かに見られているような気配を感じることがあった。意識過敏かもしれないが、ここらで回り道しながら様子を見てみるのもいいかもしれない。
「よし、行こうか」
馬の向きを変え勇者の町、その跡地へ進む。
カイ自身まだその地を訪れたことは無い。どのような土地か。今は何が残っているのか。それを確かめるのは少し興味がある。これではアッシュのことを気楽とは言えないと自嘲した。




