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17話:魔犬(前)

◆あらすじ

稼いだ後の一杯は美味しい

 街の喧騒もこの旧市街までは届かない。文字通りのゴーストタウン。

 人々を集住させて守護する代わりに打ち捨てられたこの区画、今は吹き溜まりの廃墟と化している。


 カイとアッシュは周囲を警戒しながら旧市街をさまよう。

 街の実力者ペリーの飼っていた魔犬はどこかにいる。目撃情報からもその可能性が高いだろう。


 寒風が吹き抜ける。一時間ほど歩いたが、まず生き物の気配がしない。


「相手が魔犬なら、向こうが先に俺たちに気づくだろうな」


 犬の嗅覚が人間より遥かに高いことは言うまでもない。反応として考えられるのは、獲物と見なし襲いかかるか、避けて遠ざかるかのどちらかだろう。


「こっちが見つけるより、向こうに見つけてもらうほうが早そうだ」

「なら呼びかけてみようか?」


 アッシュこと女神にはあらゆる生物と対話する能力があり、この件における切り札とも言える。

 元々飼育されていたのであれば、魔犬といえども話が通じる可能性はあるはずだ。


 アオオオオオオォォォォン


 アッシュの呼びかけは犬の遠吠えという形で発せられた。少し間を置いて、遠くから別の遠吠えが返ってくる。


「今の声は?」

「うーん普通の犬かな」

「何か言っているのか?」

「お腹すいたって」


 反応が得られることはわかった。次は具体的に問いかけてみる。


 ――すごく大きい犬見なかった?


 そんな呼びかけを再び飛ばしてみた。

 今度はしばらく待っても反応が無い。

 二人は顔を見合わせていたが、代わりに側で人の声がした。


「あんたら何してんだよ、野犬が集まってくるぞ」


 こそこそ隠れたその人物は奇妙な男だった。衣服は薄汚れているが肩に羽織った布切れはやけに清楚だ。浮浪者にも見えるが目には不遜な活力がある。

 そもそもこの旧市街に人がいる事自体が珍しい。


「あんたは何者だ?」

「俺はヨナ、ここに住んでるのさ」

「この無人地帯にか?」

「ハッ、この天下のいたるところが俺の棲家さ」


 カイがアッシュを庇うように立つ。警戒しているのだ。


「そう睨みなさんな。俺が何か悪巧みする気なら、声なんてかけねえよ」

「……それもそうか。ところで、さっき何か言っていたな?」

「野犬が群れているのさ、聞いてないのか? 餓えてギラギラした奴らだ」


 そんな獣たちが人間の食料をくすねたり、わずかに巣食うネズミなどを取り合っている。それが旧市街の日常のようだ。


「あなたはここに住んで危なくないの? 野犬がいるし、夜は幽霊が湧くんでしょ?」

「へっ、俺は死神にだって捕まらねえ男さ」

「あんた盗賊か?」


 カイの言葉にヨナは一瞬目つきを鋭くした。


「あんたのかけてる布、それは何らかの祝福を受けたものだろう。どこで手に入れたか知らないが、おかげで霊を寄せ付けないわけか」

「……良く見てるな。そう、潰れた聖堂からお救いしたのさ。どこかの聖人様を包んだ布らしいぜ」


 悪びれた様子も無く布をひらひらさせる。カイはムッとしたが今は追求している時ではない。魔犬のほうが優先だ。


「ヨナとやら、見なかったことにする。その代わり情報が欲しい、大きな犬を見なかったか?」

「代わりってか、まあいい。あの化け犬のことだろう」

「見たの?」


 ヨナが言うには、最近この旧市街を巨大な犬が闊歩するようになったと。


「噂は聞いてる。ペリーの奴が飼ってた魔物らしいな」

「ここまで噂が流れてくるのか」

「仕事であっちこち出入りするんでね。んで、俺が見るにあの犬は出口を探してるんじゃねえかな」


 城市の外に出たがっているということか。飼い主の元に戻りたいのなら市街のほうへ行けばいい。

 なお旧市街の城門は放棄された際に封鎖されていて通行できない。市内への通路も検問があって通れない。

 この状況で魔犬は何を想いながら廃墟を彷徨っているのだろう。


「おっかねえ犬だから、早いとこ連れ帰ってほしいね」

「善処するよ」



 ***



 途中、数名のハンターと行き合った。ペリーに雇われているフリーハンターたちのようだ。

 互いに情報など交換し合ったが、まだ彼らも魔犬を見ていないという。


「問題はどうやって探すかだよなあ……」

「それについては考えがあるの」


 言いつつアッシュは茂みを探るように歩き始めた。放置された旧市街は家屋も街路も草が伸び放題――痩せているなりに――の状態で、そんな捨てられた街が世界各地でも見られる。


 そのうち、茂みの中から小さな影が飛び出した。


「ストップ! 止まって、ドングリあげるよ!」


 アッシュの手にはどこで用意したのか、ドングリやらクルミなどの木の実がジャラジャラとしていた。

 そんな呼びかけに足を止めたのは一匹のネズミだ。アッシュとコミュニケーションが取れたらしくチロチロと駆け寄ってくる。


「ハイお食べ」

「さすがビーストテイマー」

「ねえ君、この辺りで大きな犬を見なかった?」


 この質問にネズミは立ち上がり前脚をフリフリして応えた。


「もっと大きい奴かなあ。普通の犬よりすごいらしいの。見たことある? ホントに?」


 何かが合意できたらしく、ネズミが二人を先導して歩き始めた。


「よし、君の名は今からミ○キーだ、案内頼むよ!」


 元気に駆けてく一人と一匹の後にカイも続いていく。


「それでさ、魔犬を見つけたら、まず私が話しかけてみるね」


 アッシュが語りかけて魔犬が従い、ペリーのところへ連れ帰れるならば万事解決だ。しかしそうならなかった時は捕獲する必要がある。


(“祝福”の力を使えば魔犬といえども捕まえられるはずだ)


 あの災獣にも対抗できた力、それがもう一つの切り札となるだろう。




 しばらく歩き旧市街の中程に来た。ここらで魔犬を見たらしいが今はその姿も無い。

 それでも魔犬がこの辺りを通り道にしていた可能性はある。


 先導する○ッキーが十字路に差し掛かる。その時、物陰から飛び出した野犬がミッキ○に噛みつ、き連れ去ってしまった。


「ああぁぁぁミッ○ーーーー!!!!!!!??」


 アッシュの叫びも虚しく響くだけ。ネズミは厳しい食物連鎖の犠牲になってしまった。


「落ち着けアッシュ!」


 ネズミの悲劇に涙している場合ではない。

 街路の先には別の野犬が現れた。それも二頭。


「アッシュ、意思疎通できるか?」

「うーん、何だか落ち着きを失ってる感じ……」


 その野犬は殺気立って今にも襲ってきそうだった。

 あれらの野犬は普段、一般区画にも忍び込んで餌を探していたのだろうが、今は道が封鎖されていてそれも難しい。相当餓えていそうだ。


 避けて通ろうかと振り返ると、背後でも野犬が道を塞ぐ。挟まれる格好になった。


(追い払おうか……)


 そう思ったカイが動く前に、野犬たちは突如逃げ散って行った。怯えたような弱々しい鳴き声を残し。


「……カイ」

「油断するな」


 やがて廃墟の先から悠然と歩む獣の姿。明らかにそこいらの犬より大きく、獰猛な双眸でこちらを見据えている。

 素人目で見てもその姿は、狩るために特化した機能的な美しさを備えていた。


「あれが……魔犬シヴァ……?」

「いや、あれは狼だ」

「狼かい!」


 魔犬ではないが、狼が城壁内にいるなど異常事態に違いない。

 城壁に穴でも空いていて紛れ込んだのか。あるいは金持ちが飼い慣らそうとして手に余ったのか。魔物が飼われるぐらいだから有り得る話だ。


 事情はわからないが野犬などより遥かに危険な相手である。


「アッシュ、呼びかけ」

「っとそうだ、私たちは食べれないよ!」

「それたぶん無駄!」


 狼は構わず接近してきた。


『ニク、ニク、ニク』


 呼びかけても止まる気配が無い。二人が肉にしか見えていない目つきだ。


「“祝福”の力で追い払う!」

「えっあっ、ちょっと待ってカイ!」


 アッシュの制止を聞かず飛び出すカイ。


 あの日、災獣と戦った時の感覚を思い出す。アッシュが触れた途端に身体の内側から力が湧いてきたあの感覚を。

 精神を研ぎ澄まして再び呼び起こす……。


(あっ、全然来ない)


 全く手応えが無かった。狼はもう目の前だ。

 地を蹴り飛びかかる狼。咄嗟に持ってきていた鎖を噛ませて食い止めた。


「カイ! 祝福はそのままじゃ使えないよ!」

「それ早く言って!」


 強すぎる力なので試す機会も無かったが、確認せずにいたカイにも甘さがあった。そして事情を斟酌するはずもない狼の猛威に晒される。


 できることなら祝福の力で圧倒し、狼の方から退いてもらいたかった。

 だが躊躇していれば誰かが怪我をすることになる。覚悟を決めて刀を抜こうとした、その時。


「――――!」


 急に狼が飛び退き、そのまま逃げ去っていった。まるで狼が犬になってしまったように尻尾を巻いていた。


 沈黙が流れる中、アッシュが駆け寄って来た。表情が不安そうなのは、この静寂が意味するところに気づいているからだ。


「……いるよ」

「……ああ、来たな」


 獣の気配を塗り替えて、魔性の気配が辺りに漂う。ひた、ひた、と足音が近づき、一際大きな獣の影が二人の前に姿を現す。


「魔犬シヴァ」

「あれが……っ!」


 その体格は狼などより一回りも二回りも大きい。ピンと立った耳に油断ない目つき。ちらりと見えた牙は容易に肉を裂き、骨を砕くであろう凶器そのものだ。

 それでいて夕日のような赤毛と白毛が優しいコントラストをしており、野性味の中に温かさを内包して見える。

 ペリーが入れ込むのも納得だとカイは思ってしまった。


「って柴犬じゃねーか!」

「アッシュ、刺激するな」

「いや柴犬」

「シヴァ」

「柴」


 そんな言い合いをしているうちに魔犬はそっぽを向いて歩き去ろうとする。二人にまるで興味が無さそうなのは余裕か、単に無関心なのか。


「待って魔犬さん、あなたに話があるの!」

『こちらに用は無い、立ち去れ』


 犬とは思えぬ明瞭な言葉が返ってきた。話自体はできそうだ。


「あなたの飼い主に頼まれて探しに来たの、一緒に帰ろう」

『飼い主だと?』


 立ち止まった魔犬だが、軽く牙を剥いた表情は狼のそれに近い。到底快くはなさそうだ。


『我に主などおらぬ。あの場所に戻る気も無い。あの男にそう伝えろ』

「で、でも……」


 取り付く島もなく踵を返す魔犬。だがアッシュはあることを思い出し、魔犬の背中に呼びかけた。


「肉があるよ、お腹空いてるでしょ!」


 立ち止まった魔犬は躊躇しつつこちらへ振り返った。尻尾が軽く揺れている。やはり肉だ、肉は全てを解決する。




 カイが3000オモタス(約3キログラム)もの肉を包んで来ていたが、魔犬によって軽く平らげられた。

 よくよく考えてみれば、こんなものを持ち歩けば野犬や狼に狙われるのも無理はない。だが魔犬の興味を引くことができたので無駄ではなかった。


「美味しかった?」

『……』


 魔犬は応じない。肉を食べるは食べたが、気を許したわけではないと言いたげだ。


「さっき戻る気は無いと言ったそうだが、事故などではなく自分の意志で脱走したわけか?」


 カイが魔犬に、アッシュを通して尋ねる。


『我は魔物。貴様ら人間に飼いならされるつもりは無い』

「だが考えてほしい。申し訳ないが人間にとって、お前たち魔犬は危険な存在だ。このまま放置しておかないだろう」

『であろうな。我が父と母も貴様らの仲間に殺された』


 苦々しげに述べる魔犬。人と魔物の違いはあろうともその気持はわからなくはない。


「主、ペリーから話は聞いている。そのことを恨んでいて脱走したのか?」

『……あの男を恨んではいない。そこまではな』


 魔犬は複雑な心象を表すために、噛み砕くようにして言葉を選ぶ。


『我が赤子の頃に家族皆殺された。本来なら我も、その時に殺されるところだったのだろう。赤子であろうと成長すれば脅威となるからな。

 だがあの男は我を育てた。それ自体は貸しと言わざるを得ない』


 遠い目をしていた。魔犬にペリーが注いだのは彼なりの愛情だったろうか。だが魔犬は自分のいる場所にずっと違和感を感じ続けていた。


「……今、人間たちはお前を捕まえるか、殺すべきだと話している。それをペリーが押し留めているところだ」

『……』

「どうしても戻らないのか?」

『……無理だ』


 それだけ言い残して魔犬は歩き始めた。今度は止まらず、振り返らず、廃墟の中へその姿を消した。



 ***



「結局、捕まえられずか。けど生きて戻ったなら大したもんだ」


 先刻に会ったヨナのところで一息ついている。二人とも表情は重い。

 あの魔犬に鎖をかけて、無理にでも連れ帰ることはできたかもしれない。

 だがカイもアッシュも、あの魔犬をどう処置すれば良いのか答えが出せずにいた。あの様子では無理に連れ帰っても、また脱走を繰り返すのではないか。


「ところでヨナだったか、城門以外に抜け穴のようなものは無いのか?」

「抜け穴? ……さあて、どうだろうな」


 カイの問いにヨナは微妙な返事で濁す。

 こういう盗賊なら逃げ道の一つは確保しているのではないかと踏んだのだ。あるいは旧市街には、外部と行き来するネットワークぐらいあるのではないか。


「あるような、無いような……何か考えでも浮かんだのかい?」

「……いや、まださ」


 現状、何が最善手か決めかねる。カイたちは一旦、旧市街を出て方針を練り直す。


「祝福を使うには条件があったのか……」


 狼相手に祝福が使えなかったことをカイが問い直した。


「条件というかさ。カイにはまだ感覚が掴めてないの。素人が急に高度な魔法を教え込まれたようなものだから」

「何事も簡単には行かないってことか」

「カイ、ちょっと手を出して」


 言われた通り手を差し出すと、アッシュの手が包み込む。するとカイの体内に何か温かな鼓動が生まれる気がした。

 災獣と戦った時も似た感覚を得た、そんな気がする。


「これは私がカイの中の力を呼び覚ましたの。使い方に慣れるまでは、私が側にいれば祝福を使うことはできるよ」

「なるほどな」

「手袋越しより肌に触れたほうが感度良いかな?」

「いやそこまでしなくても。待て手を入れるな」


 などと話しているうちに、再びペリーの屋敷に戻ってきた。魔犬のことを一度報告するかたわら、現在の情勢も確認しておきたい。


 だが魔犬の反応を思い返すと、連れ戻すのは難しそうである。なまじ相手の考えがわかるだけに悩むのかもしれない。


 この事態がいかなる形で収束するか、運命の天秤は揺れ続けてまだわからない。

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